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第10章 生徒会長の嘘

 水曜日。

 自分が裁かれる六花廷を明日に控えた今日、俺はシュウから与えられた宿題をこなすべく、今一度生徒会長との接触を試みていた。


 ただ一年生の俺が、日中に上級生のクラスへ足を運ぶわけにもいかない。また期待していた食堂でも会うことができなかったので、結局は放課後になってしまった。


 今日は俺の件とは別の六花廷が開かれる。

 絶対に会長を逃すまいと、俺は傍聴席に座った。


「男が女を好きにならなければ、人類は滅亡する!」


 相変わらず飛ばしてんなぁ、周防先輩は。原告一同、唖然としてんぞ。


 本日の告発内容は、訴訟人(お嬢様)がスマホを操作していたところを、被告人A(男子生徒)が後ろから覗きこんでいたというものだ。決して不純異性交遊を指摘しているのではない。どう解釈したら今の発言が出るのか、甚だ疑問である。


 ちなみに俺は今日の開廷内容には一切触れていない。弁護団が訴えられるという前代未聞の事態となったため、お休みである。明日の六花廷が有罪だろうが無罪だろうが、その後もちゃんと参加できるらしいことだけは幸いだった。


「あのマッチョ先輩、言ってることが八割方意味不明なのよねぇ」

「――――ッ!?」


 隣の席に座った女子生徒が、俺に話しかけてくる。

 顔を見ずとも、すぐに誰だか分かった。


「ちょっと。なんで離れるのよ」

「いや、ほら、髪の毛が当たるからさ」


 割とマジで。大きめの麦わら帽子だって、掠りもしない距離なのに。


 俺の隣に座った千石千代子は、腕と脚を組み、不遜な態度で鼻を鳴らしていた。半眼で睨むその瞳が怖い。まるで俺を人間とも思っていないような表情だ。


「明日の六花廷、心配だわさ。あんな雑な弁護されたら勝負が一瞬で終わっちゃうもの」

「それについては大丈夫だ。俺の友達が俺を無罪にしようといろいろ調べてくれてる」

「いろいろって、どんなこと?」

「それは……」


 そもそも千石にとっては、俺が有罪であることは絶対なのだ。どんなに調査しようが関係ない。俺が繚乱倶楽部の部室を訪れ、偶然にも千石の裸を目撃してしまった。絶対に起こったこの事実を覆さない限りは、俺が無罪を勝ち取ることはない。


「そういえばさっき、水波先輩が奇妙なこと言ってたわ。昨日の放課後に、繚乱倶楽部の部室で御ひげ様に会ったって。まさか貴方たち、ウチの部室に忍び込んで変なことしてたんじゃないでしょうね?」

「シテナイヨ。だいたい御ひげ様って何だ? 俺に髭は生えてない」

「ま、そうよね。スカートらしかったし、女装して女子の部室に侵入とか普通に犯罪ですもの。六花廷どころの騒ぎじゃないわ」


 コワイヨー、ドキドキが止マラナイヨー。

 実は俺たち、相当危険な綱渡りをしてたんじゃ?


「お友達がどんなに頑張ったところで、どのみち貴方は有罪確定。ホント、呆れちゃうわよねぇ。弁護団のくせして、訴えられるなんて」

「うくぅ……」


 返す言葉もない。誤解だと反論したいのは山々だが、俺の脳裏には千石の裸が焼き付いて離れないからな。


 とその時、生徒会長が卓上ベルを鳴らし、議論の終結を言い渡した。

 被告人は有罪。今日から一週間、自分のクラスのトイレ掃除をすることになった。

 会長が閉廷を宣言し、当事者や傍聴人などが席を立ち始めた。


「あなたの罰は、ボランティアなんかじゃ終わらせない。ちゃんと責任を取ってもらうんだから」


 不敵に笑った千石もまた、周囲に倣って席を立った。


 挑発か宣戦布告のつもりだったんだろうが、俺の闘争心にはまったく火が点くことはなかった。なぜなら、もし千石と二人きりで話せる機会があれば、俺には絶対に彼女に言わなければならない言葉があったからだ。彼女の顔を見た瞬間から、ずっとその言葉が頭の中を満たしていた。


「なぁ、千石」


 生徒会室から出ていこうとする千石の背中へ呼びかける。

 五日も間が空いてしまったけど、やっと面と向かって言えることができた。


「本当に、ごめんな」

「…………」


 完全な敗北宣言だ。六花廷で討論するまでもなく、自分の非を認める言葉。


 俺はずっと自分のことばかり考えていた。周りの目とか、今後の学校生活とか、どうすれば六花廷で罪を軽減できるかとか。被害に遭った千石のことなど一ミリも考えなかったことが、本当に嘆かわしく恥ずかしい。今の謝罪には、誠意ある謝罪が遅れたことの意味も含まれていた。


 しかし千石の反応は……。


「…………」


 怒ることも呆れることもなく、また俺が罪を認めたことで嘲ることもなく……ただただ俺を見据えるばかりだった。どこか寂しげな雰囲気を漂わせながら。


「やぁ、野村君! 傍聴してくれていたのか。俺の弁護はどうだった?」

「うぐぅ……」


 背後から肩を叩かれる。身長が一センチくらい縮むかと思った。

 振り向くと、茶褐色のデカい熊がいた。


「周防先輩。心臓に悪いので、いきなり後ろから叩かないでください」

「おぉ、悪い。時に野村君、今話してたのは明日戦う予定の千石さんかな?」

「え? あぁ……」


 ツインドリルの小さなお嬢様は、すでにここにはいなかった。

 俺はため息を漏らし、気を取り直す。


「先輩、今日も当然のように負けましたね」

「はっはっは、今年度に入って九連敗だな」

「笑い事じゃないです。明日はしっかりしてくださいよ。俺が裁かれる六花廷なんですから。あなたの弟とシュウも、一生懸命情報収集してくれてますんで」

「うん? 俺は君の弁護はしないぞ」

「…………?」


 何言ってんだこいつ。

 弁護団に所属している熊……もとい周防先輩が弁護してくれないのなら、誰が俺を助けてくれるというのか。


「なんでも明日の六花廷は、弁護団所属の男子生徒が訴えられるという前代未聞の案件であるため、特別処置が施されるらしい。と、生徒会長殿が言っておられた」

「特別処置?」


 そういえば昨日の昼休み、生徒会長を籠絡するという作戦が功を奏し、明日の六花廷を俺たち弁護団の優位に運んでくれるって会長が言ってたっけ。それと周防先輩が参加しないことに、何か関係があるのか? ある意味ありがたいけどな。


 っと、しまった。こうしちゃいられない。生徒会長と話すために傍聴してたんだった。


「すみません、先輩。ちょっと生徒会長に用事があるので」

「待ちたまえ、野村君」

「ぐへぇ!!」


 急いで立ち去ろうとすると、首根っこを掴まれた。一般男子高校生の三倍はあるかもしれない握力が、俺の首を絞める。血を吐くかと思った。


「ちょっと小耳に挟んだのだが、君は昨日、生徒会長殿に色目を使ったんだとか?」

「色目? あぁ……」


 色目というよりプロポーズだったな。話の内容は誰にも聞かれていないと思うけど、一緒に食事を申し出ただけでも、ナンパ目的があったと勘違いされてもおかしくはない。


 つーか、昨日の出来事なのに、すでに上級生にまで噂が広がってんのかよ。しかも俺個人まで特定されてるし。


「気をつけろよ、野村君。君の行動に、あまり快く思っていない人物もいる」

「誰……ですか?」

「誰、と特定の人物を示すことは俺にもできん。平たく言えば生徒会長の信奉者だ」

「信奉者……」

「彼女は昔、常に複数の下僕を連れて回るほど周囲に対して高圧的に振る舞っていたそうだ。今はだいぶ落ち着いているが、未だに彼女を狙っている男子は少なくない。なにせ彼女を娶るだけで、大企業の社長の椅子にぐっと近づくんだからな。特に、あいつだ」


 耳元で囁く周防先輩が、視線だけで方向を示した。

 コの字に並べられた長机の一角で、生徒会長と一人の男子生徒が会話をしている。


「生徒会副会長の鵜飼(うかい)先輩、三年生だ。あいつは会長殿に取り入ってもらうためだけに、生徒会副会長に立候補したとまで噂されている。もし一年生の分際で、堂々と会長殿に手を出したら……」


 ふと、生徒会長と話していた鵜飼先輩の顔がこちらへ向いた。柔和な笑みから一転、恐ろしく無機質な無表情へと変化する。逆光で光るメガネが彼の眼力を遮っているが……間違いなく、彼は俺を見つめていた。


「……というわけだ。気をつけろよ、野村君」

「えぇ。忠告、ありがとうございます」


 軽く俺の肩を叩いた周防先輩が去っていく。同時に会長たちの会話も終わったようだ。


 会長に一礼した鵜飼先輩が、機敏な動作で俺の横を通り過ぎて生徒会室から出て行く。その際に窺えた彼の顔は、能面のように冷淡としていた。会長と話している時は、人当たりの良い営業マンのような笑みを張り付けてるというのに。


「おっと、こうしちゃいられない。会長!」


 帰り支度を始めている会長を、慌てて呼び止めた。

 彼女は少しだけ驚いた表情を見せるも、俺の姿を認めた途端いつもの無表情に戻った。


「こんにちは、野村君。まだ一日しか経っていないのに急いで私に会いに来るなんて、よほど欲求不満なんですね」

「ちょ、ちょっと……」


 やめてくれ。まだ何人か室内に残っているってのに。

 俺が渋い顔をしていると、表情を崩さないまま会長は舌を出した。


「ジョーダンですよ。そろそろ野村君も、私の冗談に慣れてくれてもいいのでは?」

「会長の冗談は、いつも心臓に悪いので」

「常に刺激のある学園生活の方が楽しくありませんか?」

「時と場合によると思います」

「なるほど。野村君は昼休みの食堂でこそ、刺激を欲していると」


 ホントごめんなさい。あれは出来心だったんです。


「ところで野村君。貴方は良くても、私は欲求不満なんです」

「な、何を言ってるんですか!?」

「顔を真っ赤に染めて、貴方こそ何を勘違いしてるんですか? 私は別に卑猥な意味で言ったわけではありません」


 とは言いつつも、会長はしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべた。


「野村君の、私に対する呼び名です」

「呼び名?」

「いつまで私のことを会長と呼ぶのですか?」


 ん? この人、生徒会長じゃなくなったのか? 任期は九月までのはずだけど。


「昨日の昼休み、最後には名前で呼んでくれたではありませんか」

「あー……」


 フルネームで呼んじまったよな。プロポーズの前に。


「小鳥遊生徒会長」

「赤点です」

「小鳥遊先輩」

「平均点です」

「小鳥遊さん」

「及第点ですが、もう一声」

「小鳥遊百合奈」

「その選択肢はあり得ませんね。貴方は知り合いをフルネームで呼びますか?」


 くすりと笑われる。何度も先輩の名前を呼ぶ俺の方は、顔が真っ赤だった。


「じゃあ何て呼べばいいんですか?」

「ご自由に。ただファーストネームで呼んでいただいた方が、女性にとっては気持ちの良いものですよ」


 そういうものなんだろうか。男女関係なく下の名前で呼ぶのはシュウだけだから、こういうのには疎い。友人は友人として線引きしたいという理由ではなく、ただ単純にどう歩み寄ればいいか分からないだけだ。


「では……」


 相手も望んでいることだし、たまには俺の方から前進してみよう。


「百合奈さん」

「ご馳走様です」

「ご馳走様!?」


 どゆこと? 名前呼ぶ度に何か奢れって意味じゃないだろうな?


「といったところで閑話休題といたしましょう。野村君は、私に何か用があったのではないですか?」

「相変わらず、気持ちの切り替えが早いですね」

「相変わらずと言えるほど、私と野村君の付き合いは長くないと思いますが?」


 それもそうか。

 会話中、大半が無表情なもんだから、話題の内容を次から次へ流れ作業のように切り替えていくのが得意な印象が俺の中にはあった。


「先週の金曜日の放課後について、詳しく話を聴きたいんです」

「詳しく、ですか? この前お話した以上のことは特にありませんが」

「知りたいのは当日の生徒会役員の動向です。本当に会長……百合奈さん以外は、誰もいなかったんですよね?」

「そうですね。毎日生徒会室へ顔を出さなければならない義務はありませんので。集まる日程を事前に決めていないかぎり、来る来ないは基本的に自由です。各々の仕事がちゃんと完了していれば、が前提になりますけど」

「なら変ですよね。書記の人は自分の仕事を忘れて帰ってしまったわけですから」


 いつも調書のサインを貰いに来るのは、書記の男子生徒だった。だからこそ、会長が弁護団部室へ来たことに驚いたんだけども。


「仕事を忘れることもありますし、仕事より優先される用事があったのかもしれません」

「金曜日に用事があったのなら、前日でもよかったはずです。忘れるにしても、あの日だけ頭から抜け落ちるのは作為的な何かを感じずにはいられません。つまり書記の人は何かしらの事情でサインを貰いに行けなかった、と俺は考えています」

「どうして彼はサインを貰いに行けなかったのでしょう」

「考えられる可能性としては、調書がなかったから。ですが現実的に考えて、先ほどまで使っていた調書を紛失するとは思えません。おそらく誰かが意図的に隠したのか、『後ほど自分が貰いに行く』と言って受け渡したか、です」

「誰が隠したり、代わりに持っていくと言ったのでしょうか?」

「その場合は百合奈さん以外には考えられないと思いますけど」

「……どうして私がそのようなことを?」

「その理由を聞きたいのは俺の方です」


 真剣な眼差しで会長の顔をじっと見つめていると、彼女は不意に視線を外した。


 ずっと目を見て話すことに居たたまれなくなったからだと思ったが、違った。いつの間にか生徒会室には、俺たち以外誰もいなくなっていた。会長はそれを確認したのだ。


 再び俺と視線を交差させた彼女は、ふっと笑みを漏らした。


「負けました。降参です」

「降参、とは?」

「戦いや争いに負けて、相手の意向に従うという意味です」

「いえ、言葉そのものの意味を訊きたいわけじゃなくて……」


 ペースを乱されるなぁ、ホント。


「六花廷で判決を下す立場の私が、繚乱倶楽部と弁護団、どちらかに肩入れするのはあまり良いことではありませんが……まぁ、自分の行動くらいは語っても構わないでしょう」

「行動、ですか?」

「ごめんなさい。実は私、野村さんに対して一つ嘘をついていたんです」

「嘘?」

「ええ。金曜日の放課後、本当は私の他に男子二名は残っていました。そしていつも通り書記の彼がサインを貰いに行こうとしてたんです」

「でも実際に来たのは生徒会長だった。えっと……どういうことですか?」


 やはり理由まで推理することはできなかった。

 おそらく生徒会長は、自分がサインを貰いに行くと言って書記から調書を受け取ったのだろう。でも、何故? どうして行きたくもない繚乱倶楽部の調書まで受け取って、俺に任せたのか。


「ちょっとしたお節介のつもりだったんですよ」

「お節介?」

「はい。以前、千石さんが貴方に惚れていると言ったのを覚えていますか?」


 昨日の昼休みの耳打ちのことか。

 周防の分析から、千石が俺に惚れていても不思議ではない、という曖昧な結論は出た。けどそれは吊り橋効果だし、あくまでも生徒会長の主観にすぎない。本人がそう言ったわけでもないし、証拠もないのだ。


「生徒会室から外を覗くと、慌てて校舎へ走っていく千石さんを偶然にも見つけました。そこで老婆心ながら、余計なお節介を焼いてしまったのです。私は貴方に繚乱倶楽部へサインを貰いに行かせるために、書記から調書をもらいました」

「ちょっと待ってください。話がまったく繋がりません」

「どんな理由があろうと、自分の好いている男性が会いに来てくれるのは、女性にとって嬉しいものなんですよ」


 うーん……さっきの名前と同じで、俺には理解できない感覚かなぁ。

 でも、ようやく全貌が見えてきた。会長のお節介の意味も。


 生徒会長は千石が俺のことを好きだと思い込んでいる。だから千石に気を遣ったのだ。俺が直接会いに行った方が、千石は喜ぶだろうと思って。


 もし会長が千石の姿を目撃しなければ、いつも通り書記の人が調書を持ってきたのだろう。そして事件は起こらなかった。


 はぁ~……。つまりこの人がすべての元凶じゃねぇか!


「まさか、俺が千石の裸を目撃することまで予想してたわけじゃありませんよね?」

「それは断じて違いますので、誤解なきようお願いします」


 どうだか。雨に濡れながら部室に戻ったのなら、シャワーを浴びていることも容易に想像できただろうに。本人が否定しているので、これ以上は言及しないでおくが。


「それじゃあ核心的な部分をお訊きします。百合奈さんはどうして千石が俺に惚れてると思ったんですか?」

「六花廷での討論の最中、彼女の目を見ていればなんとなく分かりますよ」


 やっぱりリーディングなんたらって能力だったかぁ。信憑性が薄いなぁ。

 となると、あとはこの事実をどう六花廷で主張するかだ。


「……俺が千石の裸を目撃してしまったのは、お遣いをさせた百合奈さんの責任である。って主張はどうでしょう」

「無理だと思いますよ。お遣いと千石さんの裸を見てしまったこと……というよりも、勝手に部室内に入ってしまったことは関係がありませんからね」

「やっぱりかー」


 落ち度は完全に俺の方にあるもんなぁ。頭が痛い。


「百合奈さんも知恵を貸していただけませんか?」

「残念ながら私は生徒会長。あくまで中立の立場ですので、弁護団だけに肩入れするわけにはいきません」


 それもそうか。会長の話を聴けただけでも、十分に有意義だった。


「肩入れといえば、特別措置の内容はお聴きになりましたか?」

「いえ、まだ……」


 周防先輩が弁護しないという話しか聞いていない。

 会長は、明日の六花廷で執り行われる特別措置とやらを話してくれた。


 なるほど。確かに前代未聞の六花廷にふさわしい特別措置だし、そちらの方がやりやすい。ただ欲を言えば、もうちょっとだけ弁護団に有利な内容にしてほしかった。


「すみません。あまり贔屓すると、繚乱倶楽部側から不平の声が上がりますので。もしあちらが対等の条件を提示してきた場合、受け入れざるを得ません」


 仕方がないか。繚乱倶楽部側からすれば、生徒会長が俺に肩入れをする理由が分からないもんな。


「野村さんさえよければ、貴方が八百長を申し出たことを暴露して、露骨に有利に進めてあげても構いませんよ」

「勘弁してください」


 八百長云々を暴露するなら、プロポーズの話もせねばならないだろう。それだけは本当にやめてくれ。また別のところから刺されそうで怖い。


 と、プロポーズという単語で思い出した。


「話は変わりますが、百合奈さん。とても個人的なこと……訊いてもいいですか?」

「はぁ。別に構いませんが」


 無表情だった会長が、少しだけ目を見開いた。

 リーディングなんたらという能力で心内を見透かされそうで、俺はついつい視線を逸らしてしまう。


「百合奈さんは、副会長の……鵜飼先輩のことをどう思っています?」

「どう、とは?」


 首を傾げる。その無垢な仕草が、見た目よりも幼く感じられてドキッとした。

 しかし、すぐに俺の気持ちに思い当たったようだ。口元を手で隠し、魔性の女じみた笑みを浮かべる。


「もしかして、嫉妬しています?」

「そういうわけではないんですが……」


 こんな質問をしている手前、そう捉えられても仕方がないんだけど。


「意地悪はやめておきましょう。鵜飼君は、私の大切な仲間ですよ」

「仲間、ですか」

「えぇ、かけがえのない仲間です。鵜飼君本人も、とても良い人ですしね」


 会長がそう言っているのなら信じるし、それでいいと思う。たとえ鵜飼先輩の内心がどうあれ、彼女と心地良い関係を維持しているのなら。


 彼女の回答には満足いった。当日の動向についても、もう尋ねることは何もない。


 時間を取らせてしまった謝罪とお礼を言って立ち去ろうとすると、会長は意外にもにっこり微笑んで見送ってくれたのだった。


「それでは野村さん、また明日。ご健闘を祈ります」

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