猫
ふと目を覚ますと、隣で猫が寝ていた。おれは猫が嫌いだ。おれが嫌いなら、向こうもおれのことを好かぬに決まっている。この暑いのに体温のあるものと寝るのは大変な苦痛だ。よし、こいつを追っ払おうと決心した。
しかし、深く眠りこんだものか、なかなか起きない。こんなおれのもとで随分安心しているように思われる。ならば、毛布にくるんで外へおいてこようかとも考えたが、いくら何でもこれは不意打ちである。おれは反則が嫌いだ。もしおれがこいつなら、目が覚めたところが違っていて腰を抜かすにちがいない。夜中おれは下宿の布団で寝たはずなのに、墓場で目を覚ましたようなものだろう。反則でない方法は他にあるだろうかと考えていたら、思いついた。おれも含めて動物は食べ物が好きなはずである。好きでないなら、食わずに既に死んでいるものだが、見たところ猫は生きている。生きているなら食べ物は好きなものだと解釈して冷蔵庫や戸棚を探した。
しかし肝心なことを忘れていた。猫の食うのは梅干しだったかにぼしだったか判然つかぬ。仕方がないから両方用意して、それを外へ放っぽった。我ながら良い策である。外へ食べ物を放れば猫は外へ飛び出すに違いない。ふと猫を見ると未だ安心しているとみえて伸びをしていた。早く外の食べ物に感づかないものかと、おれはついそわそわしてしまった。やがて猫はゆっくりと戸の方へ歩いていった。これはしめたものだ、と思っていたら何だか様子がおかしい。猫は開いた戸の前に立ったまま食べ物を食おうとしない。ずっと遠くを見ているばかりである。腹が減っていないのか鈍感なのか判然しない。
すると向こうから人間の群れではない群れがこちらへやってくるのが見えた。動物である。近づいてみるとわかった。何百匹もの猫の群れであった。群衆はものすごい勢いでこちら目がけて走ってきたかと思うと全員が全員、にぼしに食らいついた。間違えて梅干しを食う猫は一匹もなかった。おれは戸も閉めずに唖然としていた。だから悪かった。胃の満足しなかったとみえる何十匹もの猫が部屋へ入ってきて部屋中を荒らし始めた。おれは恐ろしくなって、身一つで部屋を出た。持ち物は何も持たなかった。ただ気がかりだったのは、おれの弁当のために買ってあった梅干しが無駄になったことだけである。