桃♡尻太郎伝説
頭からっぽで書きました。頭からっぽで読んでくださると嬉しいです。
昔むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
ある日、おじいさんは山へ芝刈りに行こうとしていました。
このおじいさん、この集落で右に出る者がいないほど、こと芝刈りにおいてはプロフェッショナル。
その腕前は遠くからテレビ取材が殺到するのはもちろん、しまいには、その芝刈りさばきでおばあさんのハートまで刈り取ってしまったのです。
「よし、今日もいっちょやるかいのー」
準備は万端。ハードな動きに耐えられるよう、入れ歯の弛みもポリグ○ップで完璧に補強済み。
そのまま、意気揚々と今回の現場まで足を向けるのでした。
一方――。
おばあさんは川へ洗濯へ出かけていました。
このおばあさん、普段から美と健康には人一倍気をつけていました。
そのおかげで、見た目どころか、実年齢まで二十代前半をキープしており、名前ばかりはおばあさんですが、ロリフェイス、わがままボディのピチピチおばあさんなのでした。
そんなうら若きおばあさん。最近は心までも若くなってきたそうで、少しいけない悩み事を抱えていました。
「はぁ……、桃尻太郎さま……」
なんと、おじいさんという夫を持つ身でありながら、もう一人別の男に恋心を抱いてしまっていたのです。
その相手の名は――桃尻太郎。
集落一の桃尻娘と名高い女の一人息子である彼は、本来赤子が出てくる場所ではなく、その名高い桃尻の方から出てきた、というのだから驚きです。
はじめこそ、その物珍しさに、ひと目顔を拝みに行くだけのつもりだったおばあさん。
ですが、彼の爽やかな笑顔に白い歯、松○しげるも泣いて逃げ出すほどの日に焼けた肌……一目惚れでした。まさにおばあさんの好みどストライクだったのです。
以来、おばあさんはどこにいても何をしてても上の空。
最近では、あれだけ心奪われていたおじいさんの芝刈りテクでさえ、目の前を虚しく素通りしていきます。
「ああ、桃尻太郎さまに会いたい。そして、あの黒い腕の中で甘い夢を見てみたい……」
おばあさんは川で洗濯をしつつも、同時に人生の選択にも迫られていたのです。
「ううん。ここで迷っちゃだめ。私は女。恋するために生まれてきたのよ……」
選択肢などあったもんではありませんでした。
おばあさんの目にはもはや桃尻太郎しか映っていません。
洗濯物を抱え込み、おばあさんは川沿いにある桃尻太郎の家へと走っていくのでした。
* * *
芝刈り現場に到着したおじいさん。今回はやや太めで背の高い芝がのさばる、なかなか難易度のあるエリアです。
しかし、百戦錬磨のおじいさんにとっては、綺麗に整備されたゴルフコースの如くヌルいものでした。
おじいさんは横目で、予め現場に運んでいた芝刈機――『H○NDA HF2620おじいさんカスタム』に目をやります。
「今日も頼むぞー、相棒ー」
馬力100以上。排気量1000cc。
かつて芝刈機の最高速度でギネス記録にもなった機種、それをおじいさん用に仕立てた芝刈機。長年相棒と呼ぶその機械の運転席に颯爽と飛び乗るおじいさん。
そしていざ、エンジンをかけようとした時でした。
「……おやおや、カギがない」
どうやら、芝刈機のカギを忘れてしまったようでした。
「うーん、年はとりたくないもんじゃのー。……ん?」
つぶやいてはみたものの、どうにも違和感が残ります。
それもそのはず。おじいさんはこの数十年間、毎日芝刈機に乗り続けていたのですが、カギを忘れることなどほんの一度もなかったのです。
「昨日のポケットに入ったまんまなのかのー。おばあさんに尋ねてみるかのー」
言い知れぬ息苦しさとともに、おじいさんは川へ向かうことにしました。
* * *
「んなぁぁっ!?」
川沿いを、落ちる洗濯物を辿っていった場所。
そこで、おじいさんは地獄を見ました。
数人の野次馬たちが囲むなか、その中心にいたのは桃尻太郎。集落一の桃尻娘の、なんとケツから生まれたと噂の、どこかイケ好かない野郎です。
おじいさんも、ここがそいつの家であることは知っていたので、そこには驚きはしません。
ですが、その黒い腕が抱きしめていたのは間違いなく、自分の妻であるおばあさんなのでした。
桃尻太郎の腕に抱かれるおばあさんは、それはそれは恋する乙女の顔をしていたのです。
「な……なんじゃ……こりゃぁ……」
おじいさんは、打ち震えていました。
これは、怒りか、悲しみか。
それとも、愛するおばあさんを一度でも、他の男の手に染めさせてしまった自分への失望か。
己から湧き出る言い知れぬ感情に、おじいさんはわなわな震えます。
あまりに震えすぎて、歯がずれてきました。時速200kmを出す芝刈機でさえ耐えた入れ歯剤がほころびを見せた瞬間でした。
ふと、桃尻太郎と目が合いました。
これはたしかに松崎○げるも逃げ出すな、と場違いな感想が浮かんだのも一瞬、おじいさんの頭は怒り一色に染まります。
――奴は、嗤ったのです。
人んちのおばあさんをその腕に抱き、気まずい顔をするならまだしも、わざとおじいさんに見せつけるかのように、さらに強くおばあさんを抱擁したのです。
「こ、この……」
これには、おじいさんも辛抱たまりません。
たまに聞こえるおばあさんの幸福そうなため息も、おじいさんにとっては火に油です。
「ふふん、どうだい芝刈りじいさん。自分の嫁を奪われる気分は」
「よ、よくも……おばあさん、を……!」
おじいさんは怒りのあまり、白目を剥きます。残り少ない髪の毛が逆立ちます。背後には不思議なオーラが出ています。
「悔しかったら、おばあさんを取り返してごらんよ? ハハハ!」
そしてついに、おじいさんの怒りは最高潮に達してしまったのです。
「この、この……、ク ソ 野 郎 がああああぁぁぁぁぁーーー!!」
「な……!?」
――クソ野郎。
おじいさんはついに、心の内に秘めていた禁句を口にしてしまったのでした。
心の内。
そう。それはおじいさんだけでなく、この集落に住む人たち……桃尻太郎を知る人たちの心にも少なからず存在していたものだったのです。
――クソ野郎だってよ。
――桃尻太郎。あいつの出生の話し知ってるか?
――ああ、あいつ尻から生まれたらしいぜ?
「な……! や、やめろ……言うな……!」
おじいさんの言葉によって、集落の人たちの心の扉が瞬く間に開いていきます。
――有名よね。桃尻から生まれた桃尻太郎。
――尻から生まれたってことはよ……あいつって、ウン○なの?
――でも……たしかに、正真正銘のクソ野郎なのかもしれないね。
――おかーさん、ももじりたろうってくそやろうなのー?
――しーっ、汚いこと言っちゃいけません! ……でも、クソ野郎……ぷぷっ。
「よ……よせ……! やめろ……やめてくれぇ……!」
周囲のざわめきと好奇の視線に、桃尻太郎は耳を塞ぎます。
そこで、気がつきました。
その手の中、さっきまで腕の中にしなだれていたおばあさんが、いなくなっていたのです。
はっと顔を上げると、おばあさんはいつの間にか、おじいさんのすぐ隣に立っていました。
「おばあ……さん……? ど、どうして……? こっち……こっちに、おいでよ……」
錯乱しかけた桃尻太郎の誘いに、おばあさんは苦笑いの表情で一言。
「不潔なのはちょっと……サーセン」
「……!」
桃尻太郎は、その場に崩折れました。
クソ野郎……クソ。
それは、桃尻太郎にとってとてつもなく屈辱的で不名誉な言葉。
その言葉によって離れていく人たち。自分を産み落とした母でさえ、生まれた瞬間「トイレットペーパーどこだったかしら」とどこかへ行ったきり帰ってこない始末。
クソ……その言葉の後に残されるのは、虚しさと周囲の下卑た笑い声だけなのです。
「ぐ、ぐおおおお……」
桃尻太郎改めクソ野郎は、orzの形から立ち直ることができませんでした。
「ほれ、桃尻野郎」
「……?」
しかし、彼のうつむくその視線のすぐ先に手が差し伸べられます。
しわしわの、それでいてゴツゴツしている……長年使い込んでいたのがわかる、職人の手でした。
恐る恐る顔を上げると、そこにはおじいさんが腰をかがめて微笑んでいました。
「まったく、いつまでそうしてるんじゃい。はよ立たんか」
「ど、どうして……? 俺は、俺はあんたの嫁さんを……」
「なに言っとる。おばあさんはもうワシのところに帰ってきたんじゃ。終わったことをいつまでも言わんでええ」
朗らかに笑うおじいさん。
どんな罪をも赦してしまいそうなその御顔の向こうに、桃尻太郎はたしかに、神をみたのです。
「おお、おお……」
桃尻太郎は、おじいさんの手をしっかりと握ります。
「俺を、俺を許してくれるのか……おじいさん」
「ああ、今回のことはぜーんぶ水に流そう……」
おじいさんは笑います。
……いえ。
……嗤います。
「クソだけに……のぉ?」
* * *
――その後、桃尻太郎を見た者は誰一人いません。
噂では、一念発起して鬼ヶ島に鬼退治に行ったとか行かなかったとか。
しかし、いずれにしても集落の人たちにとっては些細なこと。
そんな噂もいつの間にか、桃尻太郎の存在ともども、人々の記憶から薄れていくのでした。
~おわり~
お読みくださりありがとうございました!




