最終章 菫(すみれ)色と魂のクオリア PART10
10.
「ねえ、風花」
『なあに?』
「やっぱりさ、一旦離れて生活した方がいいと思うんだ」
『どうしてそう思うの?』
「それは……僕の中に入っている魂が父さんかもしれないから」
『お父さんの魂だったら何が違うの?』
「自分の体だからわからないけど、半分は父さんってことだろう? だからさ、申し訳ないんだ」
『何が?』
「今度は父さんじゃないかって疑いながら生活しないといけないんだ。そんなことで一緒に生活できないと思う」
『そうかな』
「そうだよ」
『私はね、そんなの関係ない』
「どうして?」
『水樹と一緒にいることが、一番私にとって大事なことだから』
「……半分は父さんかもよ?」
『それでもいいの。私にはわかるのよ。今の水樹が水樹だってね。小さい頃にさ、海に行った記憶が蘇ったっていった
じゃない?』
「うん、いった」
『水樹は貝を耳に当てて遊んでいたの。その音がね、いつも聞こえてくる波の音にそっくりだっていってたの。だから私
は水樹が難聴を持っているんだってわかってたの』
「なるほどね、その時からだったんだ」
『でもね、水樹は全く気にしてなかった。難聴だとわかっているのだろうけど、音を目一杯楽しんでた』
「うん」
『私、その時に初めて水樹は凄いなって思ったの。私だったら怖くて、とてもピアノなんて弾けない。だけどあなたは楽しそうに弾いてたの』
「そっか、そうなんだ……」
『だからね、私には関係ないの。ピアノを続けたのは水樹の意志なんだよ。私はピアノの前に座らせただけ。それで嫌になっても構わなかった。でもあなたは新しい楽譜にどんどんのめりこんでいって、ついにショパンに入ったの』
「そうだったね」
『ショパンを聞いた時、やっぱり水樹は凄いなって思った。やっぱり水樹だなって確信したの』
「じゃあさ、僕がピアノを嫌いになって弾かなくなったら、どうするの?」
『ならない』
「なんでそう言い切れるの?」
『水樹とピアノは一心同体だから。離れることはできないわ』
「そうかもね」
『私も……そうなの』
「ん?」
『私もね、水樹と一心同体だから離れられない』
「うん、僕もだよ」
『お父さんの魂もピアノも全部ひっくるめて、私は水樹のことが好きなの。だから、一緒になろ?』
「何いってるの」
『え?』
「もう一緒じゃないか。一心同体なんだろ?」
『そう、だったね。ごめんごめん』




