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長編小説 2 『魂のクオリア』  作者: くさなぎそうし
第五章 サイレントブルー&ヴァイオレンスレッド
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第五章 サイレントブルー&ヴァイオレンスレッド PART9 (完結)

  9.


 ……今度は青いシーツの上か。


 水樹は大きく溜息をついて自分の腕を見比べた。華奢な腕を見ると一旦は落ち着くのだが、少し時間が経つと本当にこっちの姿でいいのかという焦燥感に駆られてしまう。


 火蓮はすでに仕事に向かっているようで、家の中に人の気配は感じなかった。一階に降りてテーブルを見ると一枚のチラシの裏に冷蔵庫にご飯が入っていると書いてあった。どうやら朝帰りしたわけではなさそうだ。


 ……火蓮は一体何時ごろ帰ってきたのだろう?


 不安が胸を押しつぶす。どちらにしても彼は風花と愛し合ったに違いない。自分が彼の立場なら間違いなくそうする。


 不意に火蓮に対して憎悪が沸いていく。自分が嫉妬するのはお門違いなのだろうが、沸き上がるものは抑えることができない。 


 冷蔵庫の中身を確認すると、サンドイッチがきちんと三角形に切り揃えられていた。中身は卵、ハム、キュウリと定番で水樹の好きなものばかりだった。


 彼が食事を作っている姿を想像すると、怒りが込み上げてきた。きっと自分の体に戻るための準備を着々と行なっているのだ。そのまま皿ごとゴミ箱に叩き付けた。


 少し動き回るだけで頭痛がした。きっと昨日の飲みすぎで体が弱っているのだろう。二日酔いの薬を探し始めると、それがいかに意味のないことをしているかが理解できてきた。


 ……オレが二日酔いで頭が痛いわけがない。


 水樹は声を上げて笑った。自分は昨日火蓮だったのだから、酒の飲みすぎで頭が痛くなるわけがないのだ。


 ……もはや自分が誰なのかすらわからなくなっている。


 これから先一体どうなるのだろう。自分は結局どっちの体が正しいのだろう。

 先を考えるといいようのない焦燥感が再び襲ってくる。ピアノができようが、ヴァイオリンができようが、本当はどっちでもいい。風花さえいてくれたら、それで――。


 水頭を抑えながらピアノの前に座った。


 ……自分こそが水樹だ。


 ピアノを弾かなければ水樹でいられない。風花が好きなピアノを弾こう。それしか風花と一緒にいられる術はない。

 鍵盤を叩き思いを込める。しかし頭が割れそうなくらい痛く、思った所に指が動かなかった。椅子に座るだけで体が磁石のようにピアノから反発していく。


 ヴァイオリンに逃げたかった。水樹であることから逃げたかった。右手で弓を持ち左手でヴァオイリンを支え思う存分弾き鳴らしたかった。きっと心地いいに違いない。その誘惑が数秒毎に襲ってくる。


 頭の中にはショパンの曲は一つもなく、百獣の王のコーラスだけが流れていた。激しい旋律が頭の中をミルフィーユを作るように何度も何度も重なってゆく。ヴァイオリンの音色が頭の中を何度も何度も反芻し、ピアノの音がどこかに消えていきそうになった。


 ……このままじゃ駄目になる。一息つかなくては。


 ピアノから逃げるようにして席を離れ冷蔵庫に向かった。水のペットボトルを掴み封を切る。そのまま飲もうとすると、昨日の残りのワインが目に入った。


 気がつくとペットボトルを投げ捨ててワインの瓶を口につけ飲み干していた。体温が上がりしばらくは心地よい気分を味わうことができたが、それも一瞬ですぐに吐き気が襲ってくる。再びヴァイオリンの音色が聴こえてくる。百獣の王のコーラスが再び自分を誘惑してくる。


 ……どうしたらいいんだ、オレはもう水樹じゃいられない。


 オレは、もう――。


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