第五章 サイレントブルー&ヴァイオレンスレッド PART6
6.
火蓮がいる部屋に向かうと、ちょうど出て来た所らしく、彼の手にはたくさんの薔薇の花束が載っていた。口はへの字に曲がっており頭を掻いている。
「参ったよ。たった二曲しか弾いていないのに、こんなに貰ったら悪いよね」
「そうだよね」
風花は笑いながら答えている。
「せっかくだから、家に帰った後、メッセージカードをよく見てみたらいいよ」
「ん? 帰ったら、カードの中身も見ることにするよ」
「うん、それがいいよ」
風花は嬉しそうに微笑んでいる。その微笑みには薔薇のように棘が入っているんだよと火蓮に伝えたかったが、そんなことをいえる状況にはない。
「水樹、オレはちょっと用があるから先に帰るぞ。花束を持っていたら大変だろう。オレが先に持って帰ってやるよ」
「いやいいよ。どうせ帰るだけだし」彼はかぶりを振るが、横にいる風花が早く花束を奪いとれと促している。
「今から行く店にちょうどいい手土産になるんだよ。カードはとっておくから家に返って確認すればいい」
風花は口に手をあてて笑いを堪えている。
「うん。それがいいよ。そうして貰いなよ、水樹」
「……兄さん、今日は遅くなるの?」
「そうだな。すぐには帰らない。だからお前達もゆっくりしてくればいい」
水樹は口元を引き攣らせながら颯爽とホールを後にした。二人が後ろから手を振っている様子が見えたが、振り返ることはできない。
……これでいいんだ。オレが火蓮になりきれば。風花にとってもそれがいいんだ。
先ほどあった風花との会話を反芻する。
「演奏が終わったら、二人で食事に行かせてくれない?」
「いいよ。ついでに花束を持って帰ろうか?」
「うん、その案いいね。それでいこう」
……今度からはこれがオレの幸せになるんだな。
風花にばれないように彼女をサポートする。これが自分の使命になるのだ。心は痛むが、なるべく無視するように務めなければ――。
ホールを出た後、後ろから女性の大きな声がした。驚いて後ろを振り返ってみると、真っ赤なドレスを着た女性が息を切らしていた。美月だった。
「火蓮、なんで何もいわずに帰ってるのよ? 私との約束は忘れたの?」
「約束? 何のことだ?」
「とぼけないで」美月は剣呑な目つきで睨んだままいう。「文化祭が終わった後、私とご飯を食べに行く約束をしたでしょ」
ホールに行くとはいったが、食事に行くとはいっていない。それに今は一人になりたい気分だ。
「そうだったかな。すまない、今日はちょっと飲みに行きたい気分なんだ」腕を上げて花束を見せ前に進もうとする。
「そんなたくさんの花束を持って? どこに行くのよ」
「いいじゃないか。大人の店だ」
美月の顔が徐々に高潮していくのがわかった。しかし彼女の気持ちを考えている余裕はない。
「じゃあ私もそこでいいから、ともかく話をさせて」
「明日じゃ駄目なのか?」
「……駄目。今日じゃなきゃ」
美月の足元を見ると、ドレスの下には不釣合いな白のスニーカーがはみ出ていた。急いで出てきたのがわかると、これ以上押し付けることはできない。
「……わかったよ。場所はお前が決めていい」
美月はほっと胸を撫で下ろし、人差し指を立てていった。
「じゃあ火蓮の家で飲まない? どうせあの二人は今日遅くなるだろうし」
あの二人、という言葉を聞いて気が狂いそうになる。風花の顔を思い浮かべると胸が苦しくて焼けそうだ。
「それで構わないが……先生にはちゃんと連絡しておくんだぞ」
美月は無言で頷いた。その瞳には強い意志が宿っていた。




