第三章 藍の静寂と茜の鼓動 PART3
3.
「おはよう。どうだ、気分は?」
「あ……兄さん。おはよう」
どうやらそのまま眠ってしまったらしい。辺りを見回すと、火蓮が朝食を買って来てくれていた。
「そろそろ起きたらどうだ。もう12時を回ってるぜ」
水樹は体を起こし窓を覗き込んだ。雲一つない青空が広がっており日差しが入り込んでいる。
「ポーランドの景色は本当にいいな。お前が気にいったのもわかる気がするよ」
火蓮は硬いパンをビリビリと破りながら窓の風景をぼんやりと眺めていた。
パンを食べようとすると、もたれていた胃袋が動き出した。パンの中身を見ると、そこには小さなハンバーグが入っていた。
「兄さん、朝から結構食べるようになったんだね」
「いや、たまたま食べたくなってね。売店にあったから、ちょっと挟んでみたんだ」
シャワーを浴びながら今朝の夢について考える。あれは本当にあった出来事なのだろうか。今までに昔の夢など見たことなかったのだが……。
シャワールームから出ると、火蓮がペットボトルを持ったまま立っていた。
「結果はいつ発表されるんだ?」
「それが決まってないんだ。今夜中にはわかるんだけどね」頭を拭きながら答える。「今日は他の人の演奏を聞こうと思ってる。落ち込むことになるだろうけど、いい勉強になるしね」
「じゃあ俺も付き合おうかな。ほい、こいつも飲め」火蓮はペットボトルを投げてきた。昨日の水とは違って軟水だった。
「ありがとう。近くに売ってるの?」
「ああ、このホテルは軟水も売ってるんだ。日本人向けのホテルらしい。俺は硬水の方がすきだけどな」
「なるほど。それでハンバーグね」
久しぶりに食べる和風ハンバーグに懐かしさを覚える。やっぱり日本食の方が味付けは抜群にいい。
「それにしても薬の効果は抜群だったな。睡眠薬かと思うくらい一気に眠ってしまった」
「僕もだよ。それに久しぶりに夢を見た。事故よりも前の夢を……ピアノを弾いている夢だった……」
「お前もピアノをか?」火蓮は目を見開いていた。「俺もだ。ピアノを弾いている夢を見たんだが、自分では信じられないくらい上手くいったんだ。母さんがそれを見て褒めてくれていたよ」
「僕の場合は母さんにしごかれた夢だったよ。張り手まで喰らった夢だった」
ぼやくと、火蓮は大笑いした。
「俺達二人とも、最初はピアノからだったからな。それから俺はヴァイオリンに移った。それから色んな楽器を試していったな……」
日本の自宅には火蓮が様々な楽器を練習していくビデオがある。最初の一週間で基本をマスターし、次の一週間で一曲覚え、次の週にはお気に入りの曲を見つけ、さらに一週間すると楽譜がなくても弾けるようになっていた。
天才とはこういう人のことをいうのだな、と水樹はビデオを見ながら思った。
水樹が映っているビデオはピアノを弾いているものがほとんどだった。ヴァイオリンを弾いているビデオが残っていたが、見るに耐えない映像だった。きっと他の楽器も扱えなかったに違いない。
「よし、飯も食ったしそろそろ行こうか。ここからだと歩いていけるし、散歩しながら向かおう」