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長編小説 2 『魂のクオリア』  作者: くさなぎそうし
第二章 青の鼓動と赤の静寂
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第二章 青の鼓動と赤の静寂 PART7

  7.

 

 家に辿り着き、再び現在の状況を話し合う。


 二人の意見で一致した部分は薬が原因ではないかということだ。


「あの薬は確か兄さんがくれたものだよね?」


「ああ、そうだ。お前がコンクールで忙しいから、風花がまとめて薬を貰ってくれてそっちに送ったんだ」


 二人で薬を確認し合う。見た目には特に異常はなさそうだ。特別な成分が入っているようにもみえない。


「僕達が同時に薬を飲んだことが原因なのかな」水樹は頭を掻きながらいった。いつもより髪が短いので違和感を覚えてしまう。


「それはいつでもあり得ることだ。それよりも……酒が関係しているのかもしれない」


「酒?」


「ああ。入れ替わった時に飲んだものは酒と薬のセットだ」


 昨日は4人で酒を飲み、帰ってきてから一緒に薬を飲んだ。その途端に眠気がきたのだ。


「そうかもしれない。けどポーランドで人格は入れ替わらなかったじゃないか。朝起きてもお互い自分の体だった」


「入れ替わらなかったわけじゃない。入れ替わったけど、気づかなかっただけかもしれないぞ」


「どういうこと?」


 火蓮は目の前にあるソファーにどっぷりと腰を下ろしてから続けた。


「あの時、お互いに夢を見たといったよな? あれは本当に自分の夢だったのか?」


 水樹は近くにある椅子に座り頭を垂らした。


「うーん、どうなんだろう。確か母さんに怒られる夢だったな」


「お前は母さんに怒られたことはないはずだろう? 俺達が見たビデオの中ではお前が怒られているものは一つもなかった」


 記憶を辿る。確かに今まで見たビデオの中にはそんな映像はなかった。だが母親に怒られない子供はこの世にいない。


「実際の所はわからないけどね」


 自分は母親からピアノを習っていた。それは灯莉の方がピアノに精通していたからだ。父親は楽器を何でも上手に扱えたが、ピアノの腕では灯莉には敵わなかったと風花から聞いている。


「お前は母さんにほとんど怒られていないと思う。怒られたのは俺の方ばかりだった」


 教育方針の違いというものだろうか。火蓮には父さんが、自分には母さんが重点的に教育を施しているように見えた。それはきっとお互いの癖を見抜いてのことだったのだろう。


「つまりだ。お前はあの時、俺の夢を見ていた。そして俺はお前の夢を見ていた。意識こそないが俺達は入れ替わっていたんだ」


 火蓮の考えは妥当だった。この不思議な現象を考える上では。


「確かに、そう考えると辻褄が合うね」


 しかし、と水樹は新たな疑問を投げかけた。


「ポーランドで人格が入れ替わっていたと仮定しよう。朝起きた時にはなぜ人格が戻っていたんだろう?」


 どうやら彼はそれについても考えを持っているらしい。表情を変えず説明に戻った。


「それは多分、薬の効き目だと思う。俺達が最初飲んだ時には眠っている時間、おそらく12時間くらいだった。それ以下の時間だけ人格が入れ替わったんだ。そして、今回は二回目。それより時間が延びたということじゃないか?」


「どうして時間が延びたと思うの?」


「俺がその前に一つ飲んでいたからだ」そういって彼は頭を下げた。「すまない。お前と一緒に薬を飲む前に、俺は自分で飲んでいた。だから効果が二倍になったんだ」


「なるほど……もしそうなら兄さんの説が有力になるね」


 水樹は小さく吐息をついた。火蓮を咎める気にはなれない。咎めた所で何かが解決するわけがない。今一番解決しなければならない問題はいつ人格が戻るのかということだ。


「この人格はどうやったら戻るのかな?」


「……多分何もしなくてもいいんじゃないか」火蓮は素っ気なくいった。「俺の予想では、明日には戻っているような気がする。薬が切れていれば、元に戻る可能性は大だ」


「もし、戻っていなければ」


「元に戻る方法はわからない」


 現状何もできることはないということらしい。


「兄さん、明日は定期健診の日だ。明日こそ行った方がいい」


「そうだな、明日は行って確認しよう」


 火蓮もことの重大さを理解しているようだった。いつもと違って真剣な表情をしている。


 いくら双子とはいえ人格が入れ替わるのはまずいだろう。夜の街を見ただけでイメージが膨らんだように、お互いのプライバシーが筒抜けの状態にある。火蓮もまた風花を見てきっと様々なイメージを働かせたに違いない。


 それに明後日には文化祭での演奏がある。ボランティアとはいえ後輩の前で演奏するのだ。下手な演奏はできないし、彼に任せるつもりもない。


「明日も早いしそろそろ寝ようぜ」


「そうだね。早い所、休んだ方がいいね。明日には戻っていたらいいけどね」


 お互いの部屋に向かうため階段を上がり、おやすみと手を上げる。もちろん、お互いに部屋を間違えて苦笑いしたのはいうまでもない。


 火蓮のベッドの上で泥のように体を溶かしていくと彼の匂いが優しく体を包み込んでいた。


 懐かしい感情が心の中で何度も沸き起こっていた。

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