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長編小説 2 『魂のクオリア』  作者: くさなぎそうし
第二章 青の鼓動と赤の静寂
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第二章 青の鼓動と赤の静寂 PART5

  5.


 第二部は少年ライオンが青年ライオンになった場面からだ。青年ライオンは村から追い出され、イノシシとミーアキャットと出会い、三人は意気投合し陽気に唄い始める。風花のフルートが再び軽やかに舞い木琴がベースを作っていく。


 楽しい曲の終わりには青年ライオンが少女ライオンと偶然出会うシーンに入る。少女ライオンは青年ライオンに戻ってきて新たな王になって欲しいと説得する。青年ライオンは怯え、自分には無理だという。


 しかし少女ライオンは納得しない。小さい頃から青年ライオンのことが好きだったからだ。少女ライオンの恋の物語を後押しするように、ここから幻想的な音楽に移る。


 夜の舞台に相応しく、フルートの風に乗ってヴァイオリンが優しい音色を醸し出している。まるでノクターン(夜想曲)のように風花と美月のメロディがハーモニーを作り出していく。


 青年ライオンは悩み抜いた末、世話になったヒヒに出会う。彼に教えを説かれ青年ライオンは過去を払拭するために村に戻ることを決心する。過去から逃げず自分の使命を全うするためだ。


 突如、自分の体が高揚していった。それはタクトを振るっているせいではないと思った。ヒヒの言葉を聞いているからだと感じさせる何かがあった。



「過去は痛いものだ。しかしそれが本当の自分である。痛みから逃げずに立ち向かわなければならない時がある」



 ……どうしてこの言葉に体が反応するのだろう?


 理由はわからなかったが、今の自分には魔法を奏でるように何度も頭の中で反芻していった。この言葉が心を捉えて離さない。


 いよいよラストシーンが始まるぞと脳が指令を出してきた。青年ライオンと叔父ライオンの戦いだ。水樹はタクトを振りながら劇に夢中になった。


 体の虚脱感は嘘のようになくなり、体が再び熱を帯びていった。昨日見た劇なのにこの場所で見ると全てが新鮮に見える。


 ……全く大したものだよ、兄さん。


 再び火蓮の圧倒的な力に驚嘆する。このホールの全てを支えているのはたった一人の指揮者だ。当たり前に思っていたが、これだけの労力を要するとは思っていなかった。


 打楽器が勢いよく流れリズムを重ねていく。そこに木管楽器達が戦慄を感じさせるメロディを吹き込んでいる。エレキギターもアクセントでメロディの隙間を埋めていく。


 音が途切れないのは戦いの緊迫感が薄れないようにするためだろう。歯を食いしばりながら懸命に腕を振るい、クライマックスを迎えていく。


 ……フィナーレまでもう少しだ。


青年ライオンが叔父ライオンを追い詰めるシーンに入る。弦楽器が一斉に叔父ライオンの哀れな姿を強調するように振動し、ホール一体を揺らした。その後、一端音が途切れ、父親ライオンと同様に甲高い叫びが入る。


 叔父ライオンが絶叫を上げながら谷から飛び落ちた。父親ライオンと同様に激しい打楽器が後を追っている。ヴァイオリンが狂気の渦を作り、打楽器が叔父ライオンの哀れな心境を汲み取るように激しく打ち鳴っている。


 青年ライオンは復讐を果たし新しい王となった。新しい王を祝う盛大なコーラスが鳴り響く。最後の曲は最初に行った曲に躍動感をつけたものだ。観客はすでに声援を上げており、立ち上がる者までいた。


 ここからは楽器だけでなく音を鳴らす全てのものが一つの音楽を作りあげていく。もちろん観客の声援もだ。


 会場にいる全ての人間が一つに纏まっていく姿を見て体に熱いものを感じていく。楽器も人の声も一つの楽譜を持っている。その楽譜達が音を立てて旋回し、ホールを震撼させているのだ。


 ……兄さん、本当に尊敬するよ。


 水樹は火蓮に畏怖の念を込め演奏に集中した。指揮者としてだけではなく、舞台を作り上げる一人の人間として、最後のワンフレーズまで体を動かしてやる。


 コーラスは最高潮に達し、それを後押しするように楽器がついていく。自分の体はもはや灼熱の中にある。全てを昇華させるために火に身を委ねなければならない。その思いを腕に込め懸命に振るう。


 楽器とコーラスが螺旋状に絡まり一つの音の集合体となっていく。そこに観客の声援が加わり、全ての音が1本の糸のようにねじれ、繋がり、纏まっていった。


 ホール全ての音が一つになったと感じた時、水樹は紅蓮の炎を掴むように右拳でピリオドを打った。

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