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交わる道

作者: GIN

 

「なにその色」

「新色試してる」

「まったド派手だね」


 この恒例行事も何度目だろうか?

 化粧台占拠するオカマに突っ込む。


「ありがとう」


 嬉しそうな顔をするから、ついこちらも笑ってしまう。嗚呼不毛。


 私とこのオカマ男の出会いは小学校だ。

 同級生で同じクラスを奇跡的に6年通じて成し遂げた。ついでに中高までも同じクラスを貫いて、なにかに祟られたかと本気で思っていた。

 ただし彼と私に接点は少ない。


 まず男女だったことと、仲良しグループが違ったからだ。

 だから、腐れ縁だけどただの知り合い以上友達未満だったと思う。


「彼氏出来たって?」

「ま、ね」


 さして仲良し過ぎない同級生女子に、彼氏が出来て興味津々に囲み記者会見させられている時。


──ジャーンジャーンジャーン

  ジャージャジャーン

  ジャージャジャPi


「あ、もしもし?」


 彼は着うたですらなく、単音メロディーでダースベ●ダーのテーマ曲を着信音指定して、クラスメイトを驚愕させていた。


「別れたって?」

「うん、まーね」


 私が三ヶ月で初彼との恋に敗れて、ちょっぴり傷心だった時。


「俺俺、俺だって! いや分かるだろ母親ならさ!」


 彼はオレオレ詐欺の先駆けのような口調で母親に電話し、息子である彼を分かってもらえない家庭環境にクラスメイトが驚愕していた。


 そのくらい接点が無い彼は、クラスで比較的地味目なグループに入っていたが、何故かみんなに名前を覚えられ目立つ存在だった。

 だから高校を卒業する時、彼から話し掛けられて私は驚いた。

 確か彼は都内の専門学校に行くと噂になっていたし、私は田舎の大学に行くことが決まっていて、もうあの祟りに怯えることもないと密かに安堵していたのだから。


「結婚を前提にお付き合いして下さい」


 そんな重過ぎる告白に、私もクラスメイトもどよめき、東北の地で関西人のようなツッコミとズッコケをする人が数人でた。もちろんまだ結婚どころか将来など考えもしなかったし、彼という人を知らない私はその場で丁重にお断りさせていただいた。


 専門学校と大学。東北と東京。距離も分野も離れて、私は彼のことを考えも思い出しさえせず、楽しいキャンパスライフを満喫した。それでも時折、何故か彼の情報は入った。元クラスメイトが数人同じ大学だったからだろうけど。


 バンド始めたらしい、とか豆腐屋でバイト始めて学校行けてないらしい、とかスポーツドリンクにはまって毎日3L飲むらしい、とか豆腐屋辞めてゲイバーでバイト始めたらしい、とか電車賃忘れて24.195km歩いたらしい、とか。

 どれもくだらない噂だったけど、彼ならやりかねないことでもあったから、そんな噂を聞く度、友人と笑った。

 そんな自発的に思い出しはしないけど、噂を聞けばポンと顔が浮かび、彼を忘れることなく過ごしたキャンパスライフに別れを告げ、私も社会人になった。


 都内でOLという平凡な滑り出しで東京デビューを果して1年。お使いに出た先で彼と再開した。


「三崎……くん?」


 ビルとビルの隙間に座り込んで、だらりと肢体を放り出す彼は、紛れも無く噂の絶えない男、三崎寛治(みさきかんじ)その人だ。


「あれー? 戸島さん?」

「何してんの?」

「寝てましたー」


 ボロボロのよれよれで汚くて、顔には殴られた跡まであったので、驚いた。


「大丈夫?」

「うんー」

「病院行く?」

「行かなーい」

「……酔ってる?」

「ちょっぴり」


 聞けば酔い潰れて寝ていたらしい。

 立ち上がらせて、ハンカチを渡すと三崎は意外そうな顔をした。


「あげる、さっさと帰りなよ」

「あー、うん」

「ほんと大丈夫?」

「戸島さん」

「ん?」


 恥ずかしそうに私のハンカチで顔を隠した三崎が、もじもじし始める。それで不思議に思っていると、やがて意を決したように深呼吸して口を開いた。


「結婚を前提にお付き合いして下さい」


 一瞬時が止まったのは仕方ないと思う。

 ボロボロでよれよれで、相変わらずな三崎に私は困惑したが、口からは丁重にお断りの言葉が紡がれていた。


「そかー」

「他は? なんかある?」

「財布無い」


 何かあるどころか大事なものがなかった。

 いや、家の鍵はあるけど財布も携帯も無いと笑った。笑うな。


「家どこ」

「池袋」

「はぁ?」

「えー?」

「いやごめんなんでもない」


 一応昔のよしみだと電車賃を渡すと、彼は満面の笑みでお礼を言ってふらふら帰って行った。

 更に1年が経ち、私は飲み会の帰りでフラフラしながら駅へ向かっていた時、ド派手なサンバコスチュームのオカマが話し掛けてきた。


「戸島さん」

「え、だれ?」

「三崎寛治」

「うっそ」


 噂が真実だったあの時は衝撃だった。


「ゲイバーでバイトしてるって大学時代に噂で聞いたけど」

「あー準社員になりましたー」


 着実に私とは違った人生を送る人なのだと悟った。


「お金返したかったんだよねー」

「いや、いいよ」

「だめだめ、男のプライド」


 ゲイバー勤務が男のプライドを語りだして、私は唖然とした。

 何度か「いらない」「ダメ」を繰り返しているうち、周りに人が集まってきたので、三崎は慌てて服をまさぐっていた。


「あ! これ衣装だ金がない!」

「うん、じゃあ解散で」

「いやいやいや」


 三崎は強引に私の手を掴み、歩きだす。人生初、サンバコスチュームのオカマと手繋ぎだ。嬉しくない。


「ここ入って」


 連れ込まれたビルの2Fは、ドアに"ゲイバー黄熊"とあって酔いが覚めた。

 私の様子に気づいた三崎は、やっぱり強引に店へ私を突っ込んで、お酒を奢ってくれる。


「あーらま、座んなさいよ」

「は、はい」

「カンちゃんの彼女?」

「いえ……」

「じゃなに?」

「同級生、です」

「へー」


 それから三崎が化粧を落として、普段着に着替えるまで、ぷーママさんという髭のママさんに三崎の少年時代を根掘り葉掘り聞かれるはめになった。


「帰るよ戸島さん」

「へ?」


 そこには普通のオカマじゃない三崎かいて、鍵をチャリチャリ回して私を待っている。


「じゃーお疲れ様でしたー」

「ちょっとカンちゃん! 何ナチュラルにサボってんのよ!」

「ぷーちゃん許して」

「もう!」


 ナチュラルに仕事をサボる三崎に呆れながら、私がゲイバーを後にすると、三崎はこれまたナチュラルに追って来て、顔を赤らめながら右手を差し出す。


「なに?」

「え?」

「その手」

「手を繋ごうかと」

「なんでよ」


 三崎はあからさまにガックリ肩を落として、ポケットに手をしまった。


「あ、電車賃」

「いいよ奢ってもらったし」

「いやいや男のプライドが」

「三崎くんに男のプライド求めてないから」

「戸島厳しいな」


 なかなか出来ない貴重な体験と、お酒もあってか、三崎に送ってもらうのが少しだけ楽しかった。

 もしかしたらこんなに三崎と話したのは、始めてかもしれない。それくらい話して、私は駅に着いた。


「戸島」

「うん?」

「結婚を前提にお付き合いして下さい」


 三崎は本当によくわからない。不可思議な生物だ。


「ねぇそれ3回目だよね」

「あぁ、うん」

「何で私?」

「そりゃー好きだし」

「高校卒業から何年経ってると思ってんの?」


 どれだけ一途なんだと思わないでもないけど、私と三崎は接点もなければ殆ど友人らしい会話もしたことがない。こんなに長く想われるのは不思議だった。


「戸島ってさ」

「うん」

「なんか忘れらんないんだよな」


 確かに私も三崎を完全に忘れ去ったことは無かったのかもしれない。


「ずっと好きだった」


 ドラマチックな言葉なんだろうけど、三崎が言うと何となく解せない。


「何で結婚前提?」

「戸島と結婚したいから」

「何で」

「え……?」

「え?」

「いやだってずっと一緒にいたいし」


 私は別段かわいいわけでも、美人なわけでもない。何がそんなに良いのか、わからない。

 三崎も、別段カッコイイわけではないがなかなか個性的ではある。行動1つ1つが目を奪うから、多分モテていたように記憶している。


「普通に、付き合うとかじゃダメなの?」

「普通?」

「結婚とかじゃなくてさ、なんか重いじゃない」

「付き合うって重いだろ? 相手の気持ちを自分に縛るんだから」


 予想外にカッコイイ言葉が飛び出してきて、何となく納得した。


「いいよ」

「うん?」

「付き合う」

「え!」

「駅まで送ってくれてありがとうね、ばいばい」

「えっちょっ! 待っ!」


 なんだか恥ずかしくなって、私は振り返りもせず足早に改札機を滑り抜けた。三崎も今度は追って来なくて、タイミング良くきた電車に飛び乗り、ドキドキする胸で一息つく。


「あ……あッ!?」


 そこで改めて思う。私三崎の連絡先、知らない。


「う、わ……どうしよ」


 今更引き返す事も出来ず、一人気まずさに俯いて悩んだ。もしかして、去り際三崎が呼び止めようとしたのも、連絡先を聞くためだったかもしれない。いや多分そうだろう。それしかないだろう。


「明日、お店行こう」


 酔いに任せた決断だったのかもしれないし、三崎がカッコイイと思ったからかもしれないし、何故自分が「付き合う」と言ったのかは正直よくわからない。ただ雰囲気に酔ったのかもしれない。

 でも確かに、私と三崎はその日から付き合い始めた。結婚を前提として。


 それから3年。三崎は相変わらずゲイバーで働き、私はOLをしている。まだ結婚もせずに。

 三崎は準社員から正社員に格上げされ、名実共にぷーママのお気に入りになっていたし、私は引っ越しをして、1Kから1DKの賃貸に住家を変えた。

 別に三崎のためではないけど、三崎はよく泊まりにくるようになって、入り浸るようになって、最終的には同棲になっていた。


「真奈」

「ん?」

「醤油ちょーだい」

「はい」


 三崎は私の呼び名を、付き合った翌日から真奈と名前で呼び出したけど、私はずっと三崎のままだった。


「今日仕事?」

「休み、真奈も休みでしょ? どっか行く?」

「布団干すよ」

「おーけー任せろ」


 三崎は便利だ。

 行動を指定してやると動いてくれる。ただし掃除以外。

 掃除は苦手らしく、掃除機をかければ円形に、風呂を掃除すれば排水溝以外を、食器を洗えば泡だらけ、トイレ掃除は嘔吐くからやらない。どうやって今まで一人暮らししていたのか。

 それでも洗濯や料理は最低限出来るからと、言えばやってくれる。布団を干すのも、大雑把だけど運ぶまでが大変だから有り難かった。



「他はある?」

「あとー……掃除する」

「頑張って」

「三崎はクイックルしてね、廊下」

「お! やる」


 クイックルなら得意だと言わんばかりに準備する三崎。角にゴミが集まるようなやり方で、綺麗に見えるけど実は掃除しきれていないことなど分かっていないだろう。けれどわざわざそんな事は言わない。

 廊下の大部分が綺麗になって、角にゴミを集めてくれているんだと考えれば、あとはちょっと掃除機で角のゴミを吸い取るだけという簡単さだからだ。三崎に掃除の腕を期待してはいけない。三崎はあくまで掃除助手だ。


 この三年、三崎と付き合って分かったのは、結局三崎という人間が私とは違う道で生きているということだ。


 決して交わる事の無い、三崎と私の人生という道。

 けれど私は三崎と居るのが面白く感じていた。だから道が交わる事はないけど、1番近くでこの面白い男を見ていられる事に満足していた。


「あっ真奈の正月休みいつから?」

「えー? 27とか28くらいじゃない?」

「んじゃその時挨拶行こうか」

「初詣? 正月入ってからでしょ」

「いや、真奈の両親に挨拶」

「は? えぇー?」

「だめ? 俺の家でもいいけど」


 でも三崎は分かっていない。

 三崎の中では、私と三崎は同じ人生を歩むものだと考えているのだろう。なんの疑問も持たずに、道は寄り添えると思っているのだろう。


「まだ早いよ」


 だからやんわり軌道修正する。同じじゃないんだよ、道が交わる事はないんだよと、それとなく距離をとった。


「真奈?」

「なにー」

「結婚しよう?」

「まだ、早いってば」

「もう良い時期だよ」

「そう?」


 だってもし結婚なんてしてしまったら、三崎は"普通"になるから。

 そんな気がして踏み切れなかった。


 三崎は、私とは別の視点で、私なんかじゃ見えないものを見て行動している。感性が違うんだ。だから私で縛るような事をして、三崎の道を私と無理矢理交ざってしまったら、彼は身動き出来なくなるような気がした。

 身動き出来ず、私と同じ"普通"になってしまう三崎を、私は見たくなかった。


「俺と結婚すんの、嫌?」

「な、に急に」

「嫌なの?」

「別に」

「……分かった」


 三崎はそれ以上この話しをしなかった。だから私はホッとして、また掃除を再開する。

 私は三崎を見るのが好きだ。突拍子もない行動や、絡まれ方。でもそれは悪い方に行く事は少なく、むしろ良い方に向かう。

 同じ道を辿る事ができなくとも、1番近い特等席で眺められるから、それで満足なんだと思っていた。……なのに。


「仕事辞めた」

「は?」

「んで新しい職見つけた」

「な、何?」

「工場」

「え? なんの?」

「車の部品作る工場」

「そう、なんだ」


 意外だった。

 仕事は、ゲイバーも面白かったけど、違う職種に興味が出たなら仕方ない。でも、三崎ならもっとおかしな職業につくのかと思った。

 そんな事があってから、三崎は変わった。仕事を辞めてからというより、結婚の話しをしてから変わったような気がする。

 服も、作業着かたまにスーツ。私服は元々普通だけど、奇行は全くなくなって、雰囲気すら変わった。


 これって……これじゃまるで。


 正直焦った。これは私が恐れていた"普通"というものだ。

 夜中帰って3点倒立しながら出迎えてくれることも、鼻唄が音痴過ぎて通りすがりの作曲家から「その歌はオリジナルですか? 是非譲って下さい!」と詰め寄られることも、ゴッホに感銘を受けて落書き帳にタコの絵を描いた挙げ句、ネットオークションで3.000円の値がつけられることも無い。

 そこら辺の恋人みたいに、普通に愛を囁かれ、普通にデートスポットへ連れて行かれ、普通に手を繋いでデートをし、普通に仕事をして、普通に普通に……普通に。


 私、いつどこで間違った?


 それに気づいた時、血の気が引くような気がした。そしてそんな様子を、三崎も敏感に感じ取ってくれたようだ。


「真奈?」

「……なに?」

「どうしたの?」

「別、に」


 "どうしたの?" は三崎に言いたい。

 三崎がどうして普通になってしまったのか、どうすれば元に戻るのか、私には分からない。だって私は所詮普通側の人間なのだ。

 三崎のような輝く感性も、直感も、人を引き付ける魅力も行動も出来ない人間だ。


「真奈……」

「ね、三崎」

「うん?」

「最近、変だよ?」

「え……?」


 そう告げると、三崎は慌てたようだった。

 何に動揺しているのか分からないけれど、ぶつぶつと最近の行動を振り返るような事を呟いている。


「ど、どこが変?」

「どこって、全部だよ」

「えぇっ全部?」


 驚いたと思ったら、今度は青くなってオロオロし始める。それを見て、確信した。

 三崎は、わざとだ。わざと仕事を変え、行動を変え、普通のふりをしている。


 ふつふつと怒りが沸いてくる。


「全部! 全部! 全部普通!」

「は? 普通?」

「そうだよ普通なんだよ!」

「普通なら、いいだろ?」

「良くない! 全然良くない!」


 思わず怒鳴るように言い放つと、三崎はそれに引いたのか、シュンとしょげて俯いた。


「なんだよ……せっかく、普通にしてんのに」

「なんで普通にしちゃうのっ?」

「普通がいいんだろ!?」

「っな……!」


 初めて三崎が私に向かって吠えた。

 驚いて、それからポタポタと涙が溢れて滴り落ちていく。


「真奈? うわ、ごめん怒鳴って」

「で、出てって」

「え?」

「出てって!」


 まるで相撲取りのように、涙と鼻水を垂らしながら張り手で三崎を玄関まで押していく。

 バシバシと叩かれる三崎は、それでも抵抗せずに少しずつ玄関へ押されてくれた。


「真奈」


 最後の一手と振り下ろした手をあっさり掴まれ、下ろされた後、三崎は優しく頭を撫でてくれる。

 三崎が何を考えてるかなんて分からない。分かりたくない。普通にしてしまう三崎なんて私の好きな三崎じゃない。

 最初は祟りだと本気で思ってて、途中から変な人になって、付き合ってからはそれが魅力的で大好きになった。

 でも今の三崎に魅力なんて全然感じなくて、それどころか目の前に居る"普通の三崎"が、私の大好きな"面白い三崎"を隠しているような気分になる。

 大嫌いだこんな三崎。私の三崎を返せ!


「真奈、顔上げて」

「いやだ」

「上げて」

「やだって」

「真奈」

「やんだぐなった!」

「は……?」

「こん、な、普通なって、ごしぱらやげる」

「ちょ……真奈、待て」

「うそこぎ!」


 フーフー呼吸を荒くして、三崎を睨みつける。

 口がしょっぱい。涙じゃなくて鼻水が口まで垂れてて、多分最高に不細工だ。


「うそこぎ! うそこぎ!」

「真奈っ言葉っ待て痛っ」


 バシンと再び振り上げた手が三崎の目に当たって、よろめきながら玄関のドアにもたれたから少しだけ焦った。


「もー……」

「むぐっ!」


 伸びてきた手が私を抱き寄せ、無理矢理体重を乗せられて座らされる。苦しい、ちょっと痛い、鼻水ついた。


「真奈が思ってること、教えてよ」

「……や」

「頑な過ぎるでしょ」

「離して」

「真奈、俺普通になったら真奈は結婚してくれると思ったんだけど、なんで怒るの?」

「……普通、だから」

「なんで普通はだめ? 俺、変でしょ? それが嫌なんじゃないの?」

「嫌……じゃ、ない」

「ほんと?」


 腕が緩んで、三崎の手が私の頬を包む。手にも鼻水ついたらいいのに。


「可愛い顔になってる」

「ムカつく」

「顔洗いにいこ」

「……うん」


 少しだけ冷静になった。

 涙と鼻水が、私の怒りとか悲しみとか驚きとか、色々な感情を少しだけ押し出して流してくれたみたいだ。


「真奈、ちゃんと話そ」


 折れた三崎がソファーをポスポス叩いて私を呼んでくれる。それでもまだ少し意固地になって、ソファーの下に座った。


「俺ね、すげー自分の感情曲げられるのが苦手なんだ」

「うん」

「やりたいと思った事を、やりたいと思った時に実行出来ないのがストレス」

「うん」

「だから最近、すげーストレス溜まってた」


 だって普通にしてたもんね。無理矢理、普通装っては私を見てビクビクしてた。


 それから沢山話しをした。


 三崎は、昔から自覚はあったらしい。でも周りがそれを許容してたから、自由にさせてもらえてたと笑う。


「何回か付き合った事があるんだけど」

「三崎モテてたもんね」

「うん、モテてた」

「……いらっとする」

「でも珍しいもの見たさっていうか、珍獣扱いだったし、巻き込まれるからサヨナラ落ちだった」

「……」

「憐れみの目を向けるな」


 みんな面白い三崎が好きだけど、面白い三崎と一緒に居る人は毎回違う。

 眺めるのは良いけど体験するのは嫌だと離れる。


「だから真奈が好き」

「は?」

「小学校から高校まで、近寄っても逃げないし、話してくれるし」

「そんな話した覚え無い」

「同じ距離にずっと居てくれるの、真奈だけだったから、逃げられるの嫌で仲良くしなかった」

「……なにそれ」


 高校3年の卒業の時、離れがたくて私に告白したこと、フラれて辛かったから上京して直ぐにバイトを始めたこと、始めたバイトがお豆腐屋さんで朝が早過ぎたこと、栄養ドリンクの代わりにスポーツドリンクを飲んだらハマったこと、飲み過ぎて太ったこと、運動がてら歩いたら24.195Km走破していたこと、朝早いのが嫌で夜のバイトに変えようとしたらゲイバーだったこと。沢山話しを聞いたけど、要所要所で知っていて、その噂の伝達率はさすが三崎だと思った。


「何でそんな情報出回ってんの」

「知らなーい」

「ま、いいや」


 三崎は面白い。三崎は変な奴。三崎は、普通じゃない。


「私、三崎が好きだよ」

「うひっ」

「え?」

「ごめん、なんでもない」

「なんでもない……て」

「いや、うん」


 もごもごと口の中でだけ喋る三崎。それじゃ聞こえない、伝わらない、器用な技だ。


「俺ばっかりな気がしてたんだよ」

「なにが?」

「俺ばっかり、真奈が好きだと思ってた」

「なんで?」

「だって真奈、好きとかあんま言わないし」

「そー、かなぁ?」

「俺ばっか、焦ってる」


 だってそれは、三崎が三崎じゃなくなりそうな気がしたから。

 今度は私の番だ。今までの気持ちも、不安も、沢山聞いてもらおう。


 話しはじめたら止まらない。私が三崎を好きになっていく過程の話し。目を丸くして驚いたり、顔を赤くして照れたり、ソファーに突っ伏して悶えながら聞いてくれる。


「俺達、お互い誤解をしてたな」


 元は私のはやとちりじゃ軽すぎる思い込みを、三崎はお互いの誤解だったと言った。

 三崎の優しさに少しだけ目が潤む。


「三崎、三崎はそのままがいい」

「うん」

「ずっと、一生そのまま」

「うん」


 私達は仲直りのキスをして、年末にはお互いの実家へ行く事を約束した。


「ね、三崎」

「うん?」

「仕事、辞めてね」

「へ?」

「だって今の仕事は、すげーストレス溜まる……でしょ?」


 驚いた三崎は、笑顔になって、直ぐに照れたように顔を隠した。


「あ~……ぷーちゃん許してくれるかな」


 私と三崎の道は交わった。

 でも変わらず三崎は三崎で、私は同じ道で一緒に楽しめる伴侶になれた。





END...

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