第9話 お買いもの
お昼ご飯はラザニアだった。
一番上にとろけたチーズが乗っかっていると、その下はトマトソース、パスタ、トマトソース、パスタと積層構造を成す。
トマトソースにはひき肉やたまねぎ、にんじん、にんにくその他各種野菜のみじん切りが入っていた。
私は、一番上のパスタを取るとくるくると巻いて口に入れた。
それを見るとビアンカさんは軽く頭を抑えると、
「ミヤビさん、ラザニアはこう食べるんですよ。」
そう言うと、ナイフをラザニアに刺すと、適当な大きさに切り分け、フォークを刺して食べてみせる。
「そんなことは知ってます。これはビアンカさんが女性の胸の布を少しずつはがしていくことと同じことです。
こうやって少しずつ衣類を剥いでいくように食べるのが私は好きなんです。」
「少しづつ衣類を剥いでいく女性を見るのは好きですが、ラザニアを1枚1枚剥いていったところで最後はお皿だけですよ。」
「確かに最後はお皿かもしれないですけど、この食べ方が好きなんです!人の食べ方にケチつけないでください。」
「わかりました。脱がせるだけ脱がせて、後は放置するのがミヤビの楽しみ方なんですね。」
「そっちに方向を持っていかない!」
お昼ごはんの支払いはビアンカさんが支払ってくれた。
レストランから出ると、服を買うために衣料品の商店街まで歩く。
店と店の間の路地を通ると近道できるらしいが、いったん大きな通りに出て商店街に向かっていった。
街の中央を南北に隔てる大きな通りは、北側に各種ギルドや宿が軒を連ねており、南側は商店街だ。
この街は同種のものを扱う店が固まる傾向にあり、レストランはレストラン街、武器防具は鍛冶屋街、肉や野菜、果物は食品街と売るところがほぼ決まっているらしい。
特にこの大きな通りに面した店舗を持つということは、各商店街でトップに立ったということになるらしい。
衣料品の通りに着くと、そこには服は飾っていなかった。
「ここが衣料品通りなんですか……それにしては服が見えないのですが。」
「ここのトップは仕立て屋ですからね。当然です。奥に進めば見えてきますよ。」
そう言って進んでいく。
入り口近くは仕立て屋なのか服は見かけなかったが、そのうち服をハンガーにかけて飾っている店が見えてくる。
しかし、サイズとしてはビアンカさんぐらいの体格に合うようなものばかりで私に合うものはない。
「あの、私に合うものがないのですが……。」
「ミヤビさんの体格に合うものはもう少し先です。」
そういってまた進んでいく。
だんだんと服のサイズが小さくなっていくものの、少しずつ年季が入っているような気がする。
そうこうするうちに、商店街の端まで来たようだ。
そこにはかなり年季の入った赤ちゃんサイズの服が売っていた。
「では、戻りながら買い物していきましょう。」
そういってビアンカさんはもと来た道を戻っていく。
赤ちゃん用から幼児用というように対象年齢が上がっていく。
そのうちちょうどいいサイズになると、ビアンカさんは立ち止まる。
「この辺りでいいでしょう。」
といって適当にお店に入っていった。私はそれについていく。
「いらっしゃい。なにをお探しで?」
店の奥からおばあちゃんが出てきた。
「彼女の服をいくつか見繕ってほしい。今は男の格好をしているが女の子なので間違えないように。」
そうビアンカさんが言うと、おばあちゃんはいくつか持ってきてくれた。
もって来てくれたのだが……。
(全部ワンピース……)
半そでや肩を覆うタイプ、肩紐で留めるタイプといろいろし、色も単色ながらいろいろあり、ときにはグラデーションがあるものもある。
(でも全部ワンピース……)
「こういう上下別の服ってないですか?」
「そういうのは向かいの爺さんの店にあったと思うんじゃが……」
そう、店はいっぱいある。
「ありがとうございます。お礼といっては何ですが、この赤と水色と白のやつをください。」
「試着しなくて大丈夫ですか?」
「忘れてました。試着室ってあります?」
「こっちじゃ。」
おばあちゃんに連れられて奥に行くと衝立に囲まれたスペースがあった。
衝立は可動式で簡単に動かすことができた。
「ちょっと待っててくださいね」
私は衝立を動かして中に入るとしっかりと閉める。
ブラウスだけ脱ぎ、ワンピースを試着していく。
どれもゆったりとして着心地もよかった。
「ビアンカさん、3着購入で!」
ブラウスを再度着ながら外に居るビアンカさんに伝える。
「おお、ありがとう。1着角銅貨2枚じゃが、3着で5枚でいいぞ。」
「では、大銅貨1枚で。」
着替えて衝立の外に出ると支払いはビアンカさんが行っていた。
「はいよ。ところで袋は持っているかの?」
「ああ、何か忘れていると思ったら……」
ビアンカさんががっくりしていた。
「そこの布の袋なら角銅貨1枚じゃ。どうかな?」
「買わせていただきます。」
「なら、釣りは角銅貨4枚じゃな。」
おばあちゃんはそう言うと、コインをビアンカさんに渡し、服を袋にたたんで入れてくれた。ハンガーも着いてくる。
私は袋を受け取るとお礼を言った後に外へ出て、向かいの爺さんの店とやらに行ってみた。
「こんにちわ。」
「いらっしゃい。」
おじいちゃんが出てきた。
「こういう上下の分かれた服で女性用のものはありますか?」
「ちょっと待っておれ。」
そういわれて待っていると、上は半そでのワイシャツやTシャツ、キャミソールが、下はスラックスや長さがさまざまなスカート、スパッツまであった。
(男性の店なのに女性の店より女性ものが多いって……なんで?)
ちょっと疑問に思うが、訊かない事にしよう。
「これより薄いTシャツやキャミソールはありますか?白ければもっといいのですが。」
「これより薄いと下着が透けんかの?」
「アンダーウェアとして使うので大丈夫です。その上にこのワイシャツをつけるので。」
「なるほど、そういう手もあるんじゃな。」
そう言うとおじいちゃんがまた奥から何着か持ってきた。
「薄手で白となるとこれぐらいじゃな。」
もってきてくれたのはTシャツ3着にキャミソール3着。
「ビアンカさん、経理担当って何日くらい連続で勤務します?」
「6日だったと思います。」
日本では土日お休みだったのに、1日勤務が増えた……。
ちょっと残念に思うが、その準備はしなければならない。
「とりあえず、この6着試着したいんですが?」
「では、こちらに。」
おじいちゃんの後を追うとおばあちゃんのお店と同じような試着スペースがあった。
入る前におじいちゃんにお願いをしておく。
「さっきのワイシャツの白い、白っぽいやつを6着用意してください。」
おじいちゃんがうなづくと、私は試着室に入る。
またブラウスだけ脱ぎ、Tシャツとキャミソールを着ていく。……大丈夫そう。
一通り着てみたが、サイズは大きすぎず小さすぎずであった。
私はTシャツを着ると、
「ワイシャツ用意できました?」
と訊くと、
「用意できとるぞ。」
と返ってきたので、衝立に隙間を作りそこから手を出しワイシャツを受け取る。
ワイシャツは白かったり水色っぽかったりピンクっぽかったりしたが、仕事で使う分には問題ないだろう。
一番上の首もとのボタンも留まることを確認するが問題はなさそうだ。
試着を終えると再びブラウスを着て試着室を出る。
「とりあえずこの12着は確保しましょう。次はスラックスとスカートです。黒色や濃紺のような色の濃いものを探していただけますか。」
すると、おじいちゃんはスラックスを5着、フレアスカートを3着、ロングスカートを1着持ってきた。
スラックスは黒、濃いグレー、濃紺、深緑、こげ茶色、フレアスカートは黒、濃い青、濃い赤、ロングスカートは濃紺といったカラーリング。
試着をするとウエストはよいが、スラックスはすそが長く調整してもらうこととなった。
スラックスの黒、濃いグレー、濃紺、フレアスカートの黒、濃い青、そしてロングスカートを買うことにした。
おじいちゃんは奥にスラックスを持っていくとすぐに戻ってきた。
「奥に誰か居るんですか?」
「妻が針子をやってるんじゃよ。」
そうなんだと思いつつ買い物を続ける。
後は寝巻用のTシャツとハーフパンツ、そしてスパッツだ。
Tシャツは柄物はなく、単色のものばかりだ。
「ビアンカさん、お金だけ出すのもいやでしょう。寝巻用のTシャツ選んでもいいですよ。」
「ほんとですか!?」
ビアンカさんは悩みながらも、白とピンクと肌色のTシャツを選んだ。
ハーフパンツも赤橙黄緑青藍紫に黒白灰色といろいろある。
組み合わせとしては白には白か黒、ピンクには白か赤、肌色には……何が合うだろう。
ひとまずハーフパンツは白黒赤を選ぶ。
そしてスパッツは黒と紺。両方試してみよう。
とりあえず試着だ。
スパッツはちゃんとぴっちりして合格。
Tシャツとハーフパンツも合格。ただし肌色のTシャツに合う色は……。
とりあえず買っちゃいます。
試着室を出るとすそ上げが終わったのかスラックスが戻ってきていた。早い!
「あと、下着って売ってます?」
「これかの?」
そういってちょっと分厚い包帯を出してきた。
だめだこの世界、早く何とかしないと。
丁重にお断りすると、この店での買い物も終わりだ。
計26点如何程だろうか?
「ワイシャツ、スラックス、スカートが角銅貨2枚、Tシャツ、キャミソール、ハーフパンツが角銅貨1枚、スパッツは銅貨5枚じゃから大銅貨3枚と角銅貨7枚じゃな。」
「おじいちゃん、大銅貨3枚に負かりませんか?」
「そこまではな。大銅貨3枚と角銅貨5枚じゃ。」
「では、荷物も多いですし、布の袋とあそこの革のベルトもいただけませんか?」
「まったく商売上手じゃのう。袋とベルトもつけて大銅貨3枚と角銅貨5枚じゃ。」
値段がまとまったらビアンカさんにお任せです。
ビアンカさんは銀色の硬貨を1枚取り出した。
「銀貨1枚でお釣りはありますか?」
「心配するでない。大銅貨6枚と角銅貨5枚じゃ。」
支払い終えると店を出る。
私が前の店で買ったワンピース3着を、残りをビアンカさんに持ってもらっている。
「これで当分は大丈夫ですね。」
「はい。お金まで出していただいてありがとうございます。」
「いえ、これに恩義を感じていただければそれ以上のことはありません。」
「まことに感謝しております。」
そう仰々しく礼をするとビアンカさんは笑った。私も笑顔になる。
「それにしても、布を巻きつける下着しかないとは……オーダーメイドでもしてもらうかな。」
「あの恐ろしい下着を作るんですか!?」
恐ろしい下着って何だ?
「帰る途中のお店で頼んでみましょうか。」
「だめです。そんなことにお金は出せません。」
ビアンカさんからお金出さない宣言が飛び出した。無一文の私にはピンチだ。
しかし、やりようはある。
帰る途中、オーダーメイドのお店を回っていた。
女性の店員さんとお針子さんを探していたのだ。
しかし、なかなか女性の店員さんとお針子さんがセットでいる店が見つからない。
残すところは大通り沿いに面した街一番と呼ばれるお店だけだった。
「ごめんください。」
「いらっしゃいませお嬢様、どのようなお召し物をご希望ですか?」
女性の店員さんだった。
「ちょっと聞きたいのですが、こちらのお店には女性のお針子さんはいらっしゃいますか?」
「はい、居りますけど、どうかなさいましたか?」
「実は折り入って頼みたいことがあるのです。ちょっと試着室をお借りしてもよろしいでしょうか。」
「ええ、どうぞ。」
店の中に入れてもらうと、そこは布地の束でいっぱいだった。
あらゆる種類の布をあらゆる色に染め上げた布地でいっぱいだった。
さすがオーダーメイドの天辺に立つお店だ。
そんな布の山を横目に奥に進むと、カーテンで仕切られた一角があった。
「こちらが試着室になります。」
「ありがとうございます。少々お待ちいただけますか。」
そう言って試着室に入ると目の前に全身鏡があった。
同じ通りにあるのにここまで違うものかとびっくりしてしまう。
中に入ると全部服を脱ぎ、白いワンピースに着替える。
アントニナさんの弟のブラウスとスラックスもきちんと畳んで袋にしまう。
そして外に出ると、店員さんに下着を見せた。
「これを作ってほしいのですが。」
「これは、いったい……。」
「これは下着です。この国の人は布を巻くしかないとお聞きしました。
私の持つこの下着を使っていただければ、必ずやこの国の女性の生活環境は変わるでしょう。
これを作ることは可能でしょうか?」
「少々お待ちください。」
そう言うと、店員さんは裏方に駆けてゆく。
しばらくすると、もう一人連れて戻ってきた。
「お客様、こちらの製品はどちらで作られたのですか?」
「私の故郷です。それで、これを作ってくれるんですか?できないんですか?」
「作ることは可能だと思います。ただレースの部分が時間がかかるかと。」
「レースなんて只の飾りです。いらないんです、レースは。
いいですか。私がここに来たのはこの下着を普及させたいからなんです。
レースなんてお貴族様用のにだけ付ければいいんです。一般の人に入りません。
試作品はいつできますか?」
「この見本があれば明日にでも。」
「では明日また来ます。絶対に作ってくださいよ。」
そう言い放って私は外へ出た。
「おまたせしました。」
外で待ってくれていたビアンカさんに声をかける。
「あれを作るなんて恐ろしいことやる人いるのでしょうか。」
「私の下着は着ける時も楽で付けた後も楽なんです。普及しないわけがありません。
そして、下着が変わればそれに伴い服の作りも変わります。
まさに世界変革の時!」
思わず熱くなってしまったが、ここは大通りである。いぶかしげに見る人が多数いた。
「では、帰りましょうか。」
「あ、その前にアントニナさんに借りた服返してこないと……。」
「借りは早く返すが吉ですね。道沿いにありますから返して帰りましょう。」
そういうとビアンカさんは路地裏に入る。
細く迷路みたいな道をすいすい進む彼女の後ろを追うと、目の前に大きなお屋敷が見えてきた。
ビアンカさんはその屋敷の門に立っている門番にあいさつすると私を手招いた。
「ダンデニヤ様、こちらの方は?」
「ミヤビ=オノデラ。私の友人でもあるしアントニナ嬢とも面識はあります。」
「そうでしたか、ではお入りください。」
門番さんが門を開けてくれると中に入る。
立派な庭園があるあたり、貴族なんだなぁと感心してしまう。
中央の噴水の脇を通り玄関口まで行くと、ビアンカさんは扉を開けてさっさと屋敷に入ってしまう。
あわてて私も中に入るとビアンカさんはその辺りにいたメイドさんに声をかけていた。
「アントニナお嬢様でしたら自室にいらっしゃいますよ。」
「そうですか、ありがとうございます。あ、ミヤビさん、この人にアントニナさんから借りた服を返しておいてください。」
そういうと階段を上っていってしまった。
とりあえずメイドさんに挨拶しましょう。
「初めまして。小野寺雅です。」
「まぁ、ご丁寧に。この館で働かせていただいているフリーダ=スプーナーです。
客間にお通しいたしますので、こちらにどうぞ。」
案内されるままに屋敷を進む、といっても左手廊下のすぐ近くのところに客間があった。
「こちらでお待ちください。」
と言われたので、おとなしく待っていると、紅茶でもてなしてくれた。
「ありがとうございます。それと、これ、今朝アントニナさんに借りた弟さんの服です。
洗ってなくて申し訳ないのですが……。」
「いえ、洗濯もメイドの仕事の一つですから。お気になさらないでください。」
そう言うと客間から出て行ってしまった。
紅茶を飲みながら待っていると、しばらくしてビアンカさんが戻ってきた。
両頬に赤い張れがある。
「しばらくは近づかない方がよさそうです。」
私たちはお屋敷を出ると夕日に照らされながら宿舎に帰っていった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークしてくれた方もありがとうございます。
全然公務員生活になってませんが、そろそろちゃんと仕事させたいと思います。
これからもよろしくお願いいたします。