第17話 交渉(対銀行)
銀行から人が来たらしい。
中会議室に通した旨を警備の騎士さんが伝えてくる。
にわかに課室が忙しくなる。
セゴレーヌさんは団長と副団長を呼びに、従卒の一人はお客さん用にお茶を入れている。
マリルーさんは立ち上がってあたふたし、私は紙と鉛筆を用意した。
セゴレーヌさんが出て行ったので、マリルーさんと中会議室の前で待機した。
しばらくするとセゴレーヌさんが団長さんと副団長さんを連れてきた。
二人とも久しぶりに見た。
「オノデラ調達監査官。いずれ呼ばれるだろうと思っていたがこれほど早いとは思わなかった。
今日は任せよう。好きにするがいい。」
と団長。
副団長からは元気そうで何よりとの言葉をもらった。
私が扉を開けると、団長、副団長、セゴレーヌさん、マリルーさん、私の順に入っていく。
細長い机を間にして5対5で向かい合う。
銀行側は昨日あったバンカー支店長、とほか4名が来ていた。
自己紹介によると副支店長、融資課長、営業課長、業務課長らしい。
従卒が入ってきてお茶を配り、出て行った。
団長が開式に際して挨拶をする。
「この度は騎士団の付け払い問題の解決のために集まっていただいた事、うれしく思う。」
そう言うと一礼する。
「今日は付け払い問題を解消する代替案とそれに伴う利用料についての話し合いだと聞いている。有益な議論を求む。」
「議論を始める前に、確認しておきたいことがございます。」
バンカーさんはそう言うと、融資課長に目配せをする。
「今回の案では、銀行は一時的に騎士団へ融資をすることとなる。騎士団の運営状況についてお聞きしたい。」
融資課長からの問いにセゴレーヌさんが答えて曰く、
「騎士団は年度末に決まった予算を新年度に王から受け使用していきます。年度終わりにあまった資金については国庫に返納いたしますので繰越金はございません。」
「では、年度途中に赤字が明らかになったときはどうでしょうか?」
更問にセゴレーヌさんが答える。
「資金は前もって騎士団に提供されるので資金が0になることはあっても、赤字になることはありえません。不足が見込まれる場合は、予算増額の理由書を作り王の裁可を仰ぐこととなります。」
「その嘆願が不承認になったことは?」
「一度もありません。明確な理由書を作っているので、財務側も切れないのでしょう。」
その答えに融資課長はバンカーさんにそっと耳打ちをすると、バンカーさんから問いが来た。
「騎士団内での予算の仕組みはわかりました。次に王国の財務状況についてお聞きしたい。」
その問いに団長さんが答える。
「王国の財務状況は財務官僚でもなければはっきりとしたことは言えない。ただ、債券を発行している様子はなく、また、うわさではあるが税収がなくても10年ほどは保てるだけの資金を保有しているらしい。」
「内乱、クーデター、他国の侵略についてはどうですかな。」
バンカーさんの更問にはまたも団長さんが答える。
「そのような情報があれば、すでに騎士団は動いているであろう。未来永劫ないとは言わないが、現状においては問題ない。」
「騎士様が死亡された時は金銭的なやり取りは発生しますかな。」
次の更問にはセゴレーヌさんが答える。
「死亡した際は退職扱いとして退職金を支給することになっております。」
「身よりもなく死んでしまったものの退職金はどうするのですかな。」
「一例を申し上げますと、賃貸していた部屋の掃除代として一部使用した後、国庫へ納付されました。」
「ああ、あいつの話か。確かに借りてた部屋はひどいもんだったな。」
セゴレーヌさんの回答に副団長がちょっかいを出す。
「なるほど。本人が死亡しても国がある限り支払い能力に問題はない。しかも国もなくなる可能性は低い。」
とバンカーさんがつぶやく。
「もう確認する事はないかね?」
団長が問いかけると、バンカーさんは部下に目配せをする。質問がないか確認しているのだろう。
「はい。確認したいことは以上です。」
確認作業は終わったようなので、次はカードを見せての話になる
「では、代替案について説明させていただきます。」
そういってカードを出す。
「こちらのカードが≪真実の目≫の機能を持つカードです。カードには名前と認識番号が書かれています。
このカードを使い買い物をする際に、使用者の名前とカードに書かれた名前が一致していることを店側が確認します。
店側は、カードに書かれた名前、認識番号、取引金額を遅滞なく銀行側に通知します。
銀行側はカードに書かれた名前、認識番号が間違いないことを確認した後、遅滞なく店側に取引金額を払い、誰がいつどこでいくら使ったのかを把握をしておきます。
銀行側は1ヶ月、この情報を収集した後、誰がこの1ヶ月間にいくら取引し、その手数料がいくらになるのかを取りまとめた資料を騎士団側に提出し、騎士団側は取引額および手数料を銀行側に遅滞なく支払います。
騎士団側は銀行側より提出された資料を基に騎士への給与から取引額および手数料を天引きします。
以上になります。何か質問はあるでしょうか?」
そう尋ねると、業務課長から手が挙がった。
「現在、騎士団で発生している付け払いは何件ほどになるのか?」
という問いにマリルーさんが答える。
「昨年は1年間に約1000件の付け払いがあったと確認しております。」
業務課長から更問。
「銀行と店のやり取りや銀行での取りまとめ作業には、なにか定型のフォーマットがあるものを使用しなければならないのか?」
「その辺りは銀行側で決めていただければと思います。こちらとしては名前、認識番号、取引金額、取引した店名を明示したものであることと、騎士からの異議申し立てに備えて証拠書類を保管しておくことを望みます。」
「騎士団への提出書類についてはどうすればよいか?」
「騎士の名前と請求金額を併記していただければ問題ないかと。」
というような感じで具体的な業務の流れについて業務課長と調整していった。
質問についてはそんなもんだったので、いよいよ本題となる。
「では、最低手数料と手数料率について話し合いたいと思います。」
バンカーさんが口を開く。
「銀行側としては、最低手数料は角銅貨1枚、手数料率は10パーセントとしたいと考えております。」
頬がつりあがる。
「10パーセントとは年率ですか?」
「いえ、各取引のものを想定しております。」
さらに頬がつりあがる。
「最長でも1ヶ月しか貸さないのに10パーセントは法外ではありませんか?」
「必要経費を考えますとこれくらいになるかと……。」
何が必要経費なものか。
「では、騎士団側の想定を申し上げます。最低手数料は銅貨1枚、手数料率は2パーセントです。」
銀行側は驚愕の表情だ。副支店長から意見が上がる。
「そ、それでは利益も何もあったものではございません!」
「そうでしょうか?一応銀行の利率については調べさせていただきました。
貸し倒れの危険性が低いものについては3年で倍にして返すのが銀行のやり方なのでしょう?
それを1ヶ月に直すと2パーセントほどになるのですが……。」
「今回の場合は毎月作業が発生いたします。そのためには行員を増やさなくてはなりません。」
「何人必要になりますか?」
「具体的な人数についてはなんとも……。」
「1年間に1000件です。1日約3件。1人いれば十分ではありませんか?」
「そんな、1人では回せません。」
「では、2人でどうぞ。利率も3パーセントに上げましょう。これ以上はだめです。」
副支店長はうつむく。バンカーさんが口を開く。
「最低手数料銅貨1枚というのも何か理由があるものですかな?」
「我々だけなら角銅貨1枚でも十分やっていけると思います。
しかし、私はこのカードは将来的には兵士団でもつかえるようになるべきと考えます。
そのとき、前例踏襲で角銅貨1枚の最低手数料ではハードルが高く見える可能性があると考えました。
故に、銅貨1枚なのです。」
「ふむ、薄利多売でいけというのかね?」
「はい。今は私たち騎士団を対象としていますが、将来、国に仕えるすべてのものが、そして国に住むすべてのものがこのカードを使えるようにすることが大事だと考えています。」
「ならば呑もう。その理想のためにな。」
「ありがとうございます。」
「支店長!よろしいのですか!?」
副支店長が驚きの声を発している。
「1人から金貨1枚得ることと10人から大銀貨10枚得ることは同じこと。
利率は4分の1だが、対象人数は4倍よりも多くなる。間違いなく大儲けできる。」
そうバンカーさんは答えていた。
「話がまとまったのはよいことだ。これからもよろしく頼む。」
団長さんがそう言うと右手を差し出した。バンカーさんも右手を出すと硬く握手を交わした。
写真に取れば歴史の1ページになりそうなのだが、話はまだ終わっていない。
「あの、よければこのカードのテストをしたいのですが。」
「≪真実の目≫の機能を持つということについてはテストしたのではなかったのか?」
団長さんが聞いてくる。
「それはすでに。そうではなくて、このカードで実際に買い物をしてみるんです。小規模なテストでも問題点の洗い出しは可能かと。」
「ふむ、確かに規模が小さなうちであれば、問題も小さくて済むだろう。どのような案を考えている?」
「騎士団の幹部にカードを先行配布します。そして、使えるお店も大通り沿いの店のみとします。銀行から騎士団への資料提出は週に1回と考えております。
騎士団全員にカードが配布されるまで数ヶ月はかかるでしょうから、十分にテストできると思われます。」
「そうか。細かなところは銀行やカードの生産者と詰めてくれ。」
そう言うと団長は退室していった。
私は銀行の人たちに向き直りこう言った。
「……では、テストについて話しましょうか」
なんやかんやあって、テストは来月から始まることとなった。
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