初めは憧れだった 4
魔法が使えるようになると、俺はどんどん魔法にのめり込んでいった。
あの祝福魔法をかけられた時の感動を忘れられず、綺麗な魔法の練習に励んだ。光・水・風を同時に操っていろんな形の虹を創り出したり、部屋の天井に星空を再現してみたり。次第に完成度が上がっていく俺の魔法は、家族に大変好評だった。
ブリジット先生は当初の訓練計画を練り直す羽目になって落ち込んでいたが、魔法の上達事態は我が事のように喜んでくれた。俺ができることが増えるにつれてスパルタ度が上がっていくのは、先生の意趣返しではないと思いたい。
俺は思いついたことをすぐさま実践しようとして、ほとんどの場合は成功してしまう。先生は魔法感性が鋭いのだと言ってくれたけど、たぶんそのせいで本来踏むべきステップをすっ飛ばしている。
家の図書室には魔法に関する本がたくさんある。それこそ入門書から上級者向けの研究書までよりどりみどり。そこで得た情報によると、魔法を学ぶとき最初は操作系魔法からはじめるそうだ。ブリジット先生の訓練でもそうだった。
単一対象の同一操作ができるようになったら次に並列操作。単一対象を十分に操作できるようになったら、操作対象を二つ以上のエレメントにして、同じように同一操作、並列操作をやっていく。物質の分離や融合、状態変化は次のステップだ。
俺は最初っからここまでできたから、先生が混乱するのも無理はないと思う。それでも俺の指導を続けてくれてるんだから、ブリジット先生はかなり優秀な魔術師なのだと思われる。
数年後に先生の正体を知って、予想以上にすごい人だったと知ることになるのだが。
そんなわけで、魔法で出来ることを模索している内に、予想外の成果が表れたこともあった。炎の鳥を創って火精霊に乗っ取られたり、ゴーレムを創って土精霊に乗っ取られたり。後は風で音を遮断しようと思ったら、逆に集音してしまって一番上の兄の意外な秘密を知ってしまったこともある。
その中の一つが分析魔法だ。
遠視魔法ができないかと光のエレメントを弄くりまわしていたら、なぜかできてしまった代物だ。分析と言っても、分かるのは物質のエレメント構成とマナの親和属性、あとはマナの含有濃度くらいだった。
それでも意外に面白いもので、俺は庭や屋敷のそこら中に分析魔法をかけて遊んでいた。
――あの日もそうだった。
だだっ広い屋敷の中を探検しながら分析魔法を発動していた。普段はあまり使わない屋敷の北側。俺の祖父母に当たる人が使っていた部屋があるらしいが、それ以上のことは知らなかった。
クリストと一緒に片っ端から部屋のドアを開けていく。人気のない廊下は、北側にあるために日光も入りにくくて薄暗い。ゴーストでも出て来そうな、じっとりとした空気が流れていた。
「……ちょっとこわいです」
俺の服をつまんでいたクリストは、どうもこういう暗い雰囲気の場所が苦手らしい。おっかなびっくり俺の後ろをついてきた。
「だいじょうぶだ。家にゴーストなんて出ないさ」
魔術師の家にゴーストが寄りつくことはまずありえない。速攻で退治されんのが分かってる場所に近づかない程度には、やつらにも知能が残っているからな。
クリストをなだめている内に、北の一番端の部屋にまで辿り着いてしまう。
その部屋は、とてつもなく異様だった。
壁一面に肖像画が飾られていて、部屋に入った人間の方に目線が行くように確度が調節されている。よく見なければ気付かないだろうが、俺は分析魔法を発動させている途中だった。すぐに肖像画の法則性を見抜くことができた。
絵に描かれた人たちに見つめられているような気になって気持ち悪かったが、カラクリを知らないクリストは顔を真っ青にしていた。確かにこの光景は軽くホラーだ。
部屋の中心に、小さな丸テーブルとイスが二つ。テラスや庭に置けば優雅なティータイムを過ごせそうな洒落たデザインだが、この部屋で呑気にお茶を飲む気にはなれない。それとも、祖父母はこんな趣味の悪い部屋でティータイムを楽しんでいたのだろうか。それならば随分と変わった趣味の持ち主だったに違いない。
「クリスト、あの絵はきにするな。たぶん、だれかのいたずらだ」
「いたずら?」
「絵をわざとかたむけてる。へやに入った人と目が合うようにしてるんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。……ただ、へんなカンジがする」
そう言ってやると、クリストの恐怖心は少し和らいだようだ。強張っていた表情がほどけた。
俺は念入りに分析魔法をかけた。この部屋に充満している、濃すぎるマナの出処を探るために。
他の部屋に片っ端から分析魔法をかけてきた俺だから、すぐに気が付いた。この部屋だけ異常にマナが濃い。その原因を探した。大規模な魔法か、精霊魔法を試した痕なのか、それとも強力なプレータでも封印しているのか。
部屋の床を見回していつと、ちょうど丸テーブルの真下の辺りに一際強いマナの塊を発見した。どうやらこれが原因らしい。地下室へと続く通路でもあるのか、マナの塊はけっこう深い所にあった。
後ろに立っているクリストに声をかけて、地下室の扉を探した。しばらくして、クリストが椅子の足の下にあったスイッチらしきものを見つけた。テーブルといすを退けて、二人でスイッチを覗きこむ。
ポチッと押してみる。――何も反応はない。
逆に引っ張ってみる。――何も反応はない。
「ううむ。これは……」
もしかして、魔術師向けの仕掛けなのかな。まあ、家は魔術師の家系だし、そんな仕掛けがあっても不思議ではないか。
物は試しとマナを送り込んでみた。すると急に床が揺れ出して、ずずずっと石を引きずるような音がした。
「おお!」
音がした部屋の隅へと振り返ると、床の一部が無くなって、代わりに地下へと続く階段が現れた。
家にこんなカラクリがあったなんて!
ひとしきり感動し終えた俺たちは、興奮冷めやらぬままに地下へと降りていった。魔術師の作った仕掛けであるだけに、地下通路も人が通ると自動的に明かりが点く魔法が掛けられていた。設置型の魔法は難易度が高い。地下室を作った魔術師は相当な腕の持ち主だったはずだ。
通路は一本道で、突き当りにドアがひとつ。
胸が弾むのを抑えきれず、好奇心の赴くままにドアを開ける。
部屋の中には、祭壇らしき石テーブルがあった。祭壇を囲むように八つの杭が床に穿たれている。杭にはかなりの高密度のマナが装填されており、杭を伝って円を描くようにマナが循環しているのが感じられた。
「……ふういん、か?」
外からの干渉を遮断するのではなく、中のものを外に出さないようにしている。そう見当をつけた俺は、封印されていると思しき物体に目を向けた。
祭壇に置かれていたのは本だった。真紅の表紙には本の題名は書かれていない。一見ただの本には見えないが、封印されているということは魔導書なのだろう。さすがは我が祖先、とんでもないモノを隠していたようだ。
あえて言い訳させてもらうが、この時俺には封印を解こうなんて気持ちは一切なかった。貴重な魔導書を、もう少し近くで見てみたいと思っただけだ。
俺が祭壇に近づくと、杭に込められていたマナが弾け、突然魔導書が光った。目がつぶれるほどの閃光を放ちながら、魔導書は開き、ぱらぱらとページが捲られる。
抵抗する間もなく、俺の精神は魔導書の中に引きずり込まれた。






