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初めは憧れだった 3

 五歳を過ぎると本格的な魔法の訓練が始まった。

 魔術学院に入学するのは十二歳だ。それまでは貴族なら家庭教師が、庶民なら学校が基本的なことを教える。我が国ではすべての子どもが学校に通わなければ習いという原則がある。

 これは俺が一歳の時のしたような魔力判定を、一般庶民がするのは困難であるためだ。貴族なら優秀な魔術師の一人や二人コネがあって当然だが、市井では魔術師に依頼するのは主に金銭面で難しい。

 その救済措置として学校が存在する。

 他にも様々なメリットがあるから学校制度が成立したのは確かだけど、主目的としては魔術師の卵の発掘だ。学校で魔法の素養がある子どもを探し、使い物になりそうなら魔術学院に進学させる。

 学校に入るのは七歳から。貴族の子女もそのくらいから魔法を学び始める。と言っても、マナのコントロールから入るので、実際に魔法を使い始めるのは一・二年後だ。

 俺はスタート地点からして違う。

 満足に言葉も発せない頃からマナ操作の訓練をしはじめ、かなり精密コントロールをじっくりと時間をかけてやった。意識しなくてもマナを操れるようになって、ようやく魔法行使の段階に進んだ。

 最初にやるのは、今そこにあるものを利用する魔法。例えば土を操る、水流に干渉する、というものだ。単一対象の同一操作は、一番魔力の消費が少ない。すなわちマナ切れを起こす可能性が少ない。

 幼いうちに頻繁にマナ切れを起こすと、深刻な障害が残る危険性がある。それよりもマナコントロールを磨いた方が、マナの器は成長していく。ブリジット先生がコントロールを重視していたのはこのためだ。

 俺は大庭園じゃない方の小さな庭に立っていた。隣ではブリジット先生がしゃがみこんで俺と視線を合わせている。少し離れた所でクリストとノーリが見ている。


「それでは先程教えたとおりにやってみましょう」


 俺は頷いて、手に握っている杖をバケツに入った水へと向けた。先生の配慮で、目に見えない風や質量のある土、暴走すると危険な火は避けられた。水ならコントロールを失ってもずぶ濡れになるだけで済むから。

 杖先からマナを流し、バケツの水へと浸透させる。後からマナを継ぎ足すよりも、最初に水を支配下に置けるくらいの量をつぎこむ方が、結果的にマナ消費量は少ない。ブリジット先生の言う通り、俺は水をコントロール下に置いた。

 次の手順へ移る。

 マナを浸透させた物質は、基本的にはマナ操作と同じように操れる。でも無形のマナと有形の物質の違いを考慮すべし。

 ブリジット先生の言葉を思い返しながら、俺は水に満ちたマナをくっと持ち上げた。

 水面が揺れて、波紋の中心から水が盛り上がる。にゅるっと蛇のように細長いひも状に伸びた水が、空中に固定されていた。

 思い通りにくねくねと曲がる水のひもは、ぶんと回転させるとわずかに水滴が散った。む、これじゃマナも一緒に散ってしまう。俺は水中のマナを少し移動させ、水の表面をコーティングするように薄く覆った。

 すると今度はどんなに速く回転させても水は散らなくなった。この方法で良かったらしい。

 だんだん興に乗ってきた俺は、水の形を変えて遊び始めた。動物の形にしたり、おもちゃの形にしたりして遊んでいると、ふと氷像が頭を過った。

 いつ見たのかは全く思い出せないし、そもそも家がある地方はほとんど雪が降らない。でも、なんとなく氷で像を作ってみようかという気になったのだ。

 俺は世界で一番カッコいいと思っている生き物、オオカミを思い浮かべた。ドラゴンなんかもいいけど、アレはダーク感じだしぜひとも炎で創ってみたい。

 バケツの水を根こそぎ吸い上げてもたいした大きさにはならない。いまいち迫力が足りなくて嫌だった。だから、空気中から水を取り出して付け足すことにした。バケツの水を依り代にして、大気中の水蒸気を一気に圧縮する。すぐに飽和状態になって水が取り出すことができた。

 隣でブリジット先生が何か言っていたけど、俺には届いていなかった。極限まで集中していた俺は宙に浮いた水の塊から目を逸らさない。

 満足のいく大きさになった水塊をオオカミの形に造形していく。グネグネと粘土のように形を変えていき、とても凛々しいオオカミがこっちを見ていた。

 うん、なかなかいい出来栄えだ。

 最後の仕上げに取りかかろう。といっても工程は単純だ。水を冷やすだけ。

 ――そう、動くのを止めればいい。

 直感的にマナを操作した。水に溶け込んだマナは停止命令に従い、水ごと巻きこんで活動を停止する。

 ピシッと空気が軋む音とともに氷のオオカミは完成した。

 心地よい疲労感と達成感に、俺は手で額の汗を拭った。ふと後ろを振り返ると、クリストとノーリはパチパチと拍手をしながら氷のオオカミを褒めていた。俺が得意げにふんぞり返っても、すごいすごいと賛辞を送ってくれる。

 しかし、この時ブリジット先生は目を見開き、奇跡でも起きたかのような信じられないものを見たかのような目で氷のオオカミを凝視していた。


「まさか……限定冷却?」


 先生の口からこぼれた微かな呟きも俺には聞こえていなかった。


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