初めは憧れだった 1
俺が初めて魔法を見たのは一歳の誕生日だった。
その頃の俺はまだしゃべれなかったが、よちよち歩きは出来るようになっていた。何もかもが巨大に見えていた頃で、しかも人一倍好奇心が旺盛だった俺は手のかかる赤ちゃんだったらしい。
よく狭い隙間に入り込んで行方不明になり母親を困らせたそうな。妙に隠れるのが上手いものだから、大人たちはいつも総出で俺の捜索に当たっていたのだという。
例にもれず、俺の誕生日祝いの日にも俺は絶好の昼寝スポットで熟睡していた。俺の両親や使用人たちはパーティーの準備に忙しく、その日の捜索は兄と姉に命じられた。俺を探し当てた一番上の兄が、一歳児相手に怒るに怒れず微妙な顔をしていたことをなんとなく覚えている。まあ、たいてい俺を見つけた家族はそんな顔になる。
そして兄に連れて行かれたのは、我が家の自慢の大庭園だった。母の趣味によって年々拡充されていったそこは、もはや王宮の中庭に勝るとも劣らない規模になってしまった。
そんな母の情熱と庭師たちの汗と涙の結晶たる庭園は、お客様を呼んでもてなす時のパーティー会場としてよく使われる。家の中は意外と質素だったからな。
俺が庭園に連れてこられると、そこには頻繁に家を訪ねてくる親族だけでなく、滅多に顔を合わせない遠方に住む親戚までが勢ぞろいしていた。訳も分からずにキョロキョロと視線を漂わせていると、一人だけ特徴的な制服を着たお姉さんを発見した。
光沢のある白地に、青みがかった銀色の糸で細密画のような刺繍が施されており、頭には大きな帽子を被っている。
他の人たちは、基本的に普段着よりもちょっと正装よりの衣装だ。女性陣も今日はあまり盛っていない。これが王宮に参るとなるともっとガチガチの正装になり、女性の髪や胸元にゴテゴテのアクセサリーがこれでもかと巻きつけられる。要するに身内向けの装いってことだ。
身内ばかりのパーティーで、制服のお姉さんは明らかに浮いている。というか接待されている。どういう身分の人なのかは不明だが、少なくとも家の両親よりは上なんだろう。
ぽけーっと会場を眺めていると、不意に父から抱き上げられた。俺を見る父の顔は期待に満ちている。よく周りを見渡せば、親族たちも同じような表情で俺を見ていた。
大きな期待と、ほんの少しの不安。
父は首を傾げる俺を抱えたまま、制服のお姉さんに近づいて行った。
そこで二人は言葉を交わすが、生憎と一歳児だった俺には話の内容を聞き取るのは難しかった。ただ、なんとなく父が制服のお姉さんに何かをお願いしているのは理解できた。
そこから皆してぞろぞろと移動しはじめて、大庭園のシンボルでもある中央の噴水前に集まる。父は俺を地面に下ろし、転ばないように背中にそっと手を添えてくれた。すると、きりりと顔を引き締めたお姉さんが僕の前にしゃがみこんだ。
いよいよパーティーの本題というか、メインイベントみたいなものが始まるんだなあと呑気に考えていたけれども、その中心にいるのは俺だ。その事実に気づいたら急にそわそわして落ち着かなくなった。父たちはただの人見知りだと思って、微笑ましげに俺を見ているだけだったが。
お姉さんが懐から指揮棒くらいの長さのステッキを取り出した。艶やかな表面に濃い茶色で、木目がなかなかに渋くていい味を出している。若い女性の持ち物としては違和感があるだろうけど、その時の俺には関係ないことだった。
興味津々で杖を目で追っていると、お姉さんはふふふと笑って杖をこつんと俺の額に当てた。
目を丸くした俺にかまわず、お姉さんは目を閉じて何事かを話しはじめた。
「暁に生まれ黄昏に帰す。光のもとに育み闇のもとに眠る。イアトの民が申し上げる。第一の火、第二の風、第三の水、第四の土、天上に住まう精霊たちよ。地に立つ子等に祝福を授けたもう」
後に調べてみたところ、こういう感じのことを言っていたようだ。
お姉さんが呪文っぽいものを言い終わると同時に、俺の額に当てられていた杖の先が光り出した。身体が内側からポカポカと温かくなってきて、なんだが急に走り出したくなる。
そんな俺の気持ちを察したのか、父が肩に手を置いて抑えた。
次にお姉さんは杖をひょいと持ち上げて、空中に五芒星を描くように振った。
すると空中に漂う五芒星から色とりどりの光が溢れだし、噴水のように上空に舞いあがった。
どんな花火よりも美しい光の魔法。
溢れだした光りたちはクルクルと飛び回り、五芒星が消えると一斉に俺の頭上に降り注ぐ。それは虹のように見えたけど、もっと自由でもっと神秘的な感じがした。
俺はお姉さんが作り出した光りに魅入られていた。魂が惹かれた。今まで見てきたどんなものよりも俺を惹きつけた魔法という事象に、俺は運命さえ感じていた。いや、一年しか生きていなかったけどそれくらいの衝撃を受けたってことだ。
目を輝かせる俺の頭を父が嬉しそうに撫でてくる。母や兄たちも加わって、みんなに髪をぐちゃぐちゃにされてしまった。少し離れた所で見ていた親族たちも、感心した様子で拍手し、祝福の言葉を送ってきた。
訳も分からずされるがままだったが、皆がかなり喜んでいることは一歳児にも理解できたので、とりあえず放っておくことにした。
もみくちゃにされながらも、俺はお姉さんの杖から目を離さなかった。
もう一回見せてほしいと言う意思を込めてお姉さんに熱い視線を送っていたのに、苦笑いされて終わってしまった。
悔しかったので、抗議の意を込めてお姉さんの服にしがみついた。がっちりしがみついて泣いてやった。
そのせいなのかは不明だけれども、お姉さんは俺の魔法の先生として再会することになる。