第8話「次の目的地!」
私たちはあのあと、なんだかんだで泊まることになって1週間滞在していた。
「それでは、お世話になりました~!」
そして、今日やっと重い腰を動かしてアスカンタへ帰ることになった。
荷物――といってもスレンたちにもらった食料――を持って山のふもとでスレンたちに別れを告げる。
「バイバ~イ! また遊ぼうね~!」
「う、うん! また‘会おう’ね~!」
私は『遊ぶ』という言葉に少し戸惑った。
スレンのいう遊びとは『戦う』ことなのだ。
滞在中はたいそうなおもてなしをされて、満足だったが、スレンとの遊びだけはきつかった。
CQCを軍隊にいたときに教わっていたが、あんなの全く役に立たなかった。
スレンの動きはなんと言うか、野生そのものだった。しかも魔力で身体強化しているため、本当に動きが目で追えなかった。
覚えたての魔法も使ったりで戦ったが、スレンには1発もあたらなかった。
こっちは全力なのに、あっちは笑いながら戦っている……魔法を使えてちょっと調子にのってたわね。
私たちは大きく手を振った後、山を登っていった。
私はもちろんナイルと一緒に『カーファン』に乗っている。結構乗り心地いいのよね。
…………
……
…
しばらく沈黙が訪れる。私は静かなのが嫌なので、雑談でもしようと口を開いた。
「そういえば結局戦わなかったわね~」
「そうですね、薫様。それで兵士の秘密の特訓とやらがパァになりましたね」
ブラウンがそう言った後、「まあ、死人が出ないのが1番ですが」と言って安堵した顔を私は見た。
兵士1人1人に思いを持っているからこそ兵士からの人望が厚いのよね。
そういえば確かに『あれ』使わなかったわね。
まあ、博打だから使わないほうがいいんだけどね。
ちなみに『あれ』とは、腕に魔力を集めて強化して、剣をぶん投げるっていうアホらしい作戦よ。まあ、単純だからこそとんでもない破壊力なんだけどね。
あ~、すぐ会話が続かなくなるわね。
「ビカリスの料理おいしかったね~」
「そうですね。『プルトン』の丸焼きはグロテスクなわりにおいしかったですね」
ロウドが淡々と相槌をうってくれる。
『プルトン』とは、豚である。もうそのまんま。まるっきし豚。
普通に豚の味がしたな~。アスカンタじゃあんまり食べることなかったからな~。野菜中心のメニューで肉が欲しかったところだし。
……なんかおかしいわ。
「あと、ここにはお酒もあるんのね。久しぶりのお酒はおいしかったわ」
「はい。一応アスカンタにもあるのですが、アスカンタの『亜人種』はお酒に弱いのでほとんど飲みません」
やっぱりロウドが受け答えしてくれる。
ビカリスのお酒はかなりきつくて、水割りしないと飲めなかったわ。それをグビグビ飲んでた獣魔族って……
ちなみに私は泣き上戸なのですごかったらしい。ロウドに泣きながらずっと抱きついてたとか……
想像すると顔が熱くなる。
……てかやっぱりなにかがおかしい……
「それにしてもスレンちゃん強かったわね」
「そうですよね。私も影から見させてもらいましたが、全く見えませんでした」
「いや~、そこまでほめられるとうれしいのぉ」
今度はナイルが頷いてくれた。ナイルも見えなかったんだ。よかった~。あのナイルが見えないんだからしょうがないわよね。
あと、スレンちゃんもほめられて恥ずかしそうに頬をポリポリとかいている……って、
「スレンちゃん! なんで?!」
「ビカリスにいても暇なのでついてきたのじゃ!」
えっへん、と胸を突き出して誇らしげな顔をしている。
いやいや……なんでそんな顔をしてるの……
私が国は大丈夫なの? って顔をしてると、スレンのおつきの『アルフォ・リオット』がひょこっと出てきて、
「国はみなが独自の判断で行動してるので大丈夫です。反乱も帝王直属の兵士たちが抑えるので大丈夫です」
そう言いながらちゃっかりついてきている。
なんかゆるいわね……この世界ってあんま王様の意味ないんじゃ……
「ま、いっか! これからよろしくねスレンちゃん!」
「うむ! よろしゅうな!」
もうどうでもいいや! どうにかなるでしょ。私にはロウドがついてるもんね。
そう思ってロウドを見てニコっと笑うと、
「国王としての最低限の仕事はやってもらいますよ」
厳しい顔で注意された……
だってスレンちゃんは国を|ほっぽって(放って)遊んでるじゃん……
って考えてたら、
「よそはよそ。うちはうちです」
お母さんみたいなこと言われた……
お前はエスパーかよ。
チラッと横を見ると、スレンちゃんもアルフォと同じようなやりとりをしていた。
『わしは帝王としてやることはないのか?』
『スレン様は戦いの時に国を守ってくだされば十分です』
『わしも‘せいじ’とかやってみたいのぉ……』
『はいはい10年後ならいいですよ』
みたいな感じで。
さて、現在いろんな人がいて分からなくなってきたわね。ちょっと整理しようかしら。
まずは、一緒にカーファンに乗ってる『ナイル』。
先頭を歩いて護衛をしている『ブラウン』。
私のすぐ隣で歩いている『ロウド』
反対側で歩いている『スレン』と『アルフォ』
ここに4つの国のうちの2つの国の王様がいるって……世界は狭いわね。
こんな豪華なメンバーだからか、魔物は全く寄って来ない。
本当はこの山にもたくさん魔物はいるはずなのにね。
「どうかしましたか? 私たちをジロジロ見て」
「ううん。なんでもないわ」
ロウドが相変わらずの無表情で聞いてくる。
無表情のイケメンなんてただのマネキンじゃん。
私たちはその後もわいわいと雑談しながら山を超えるべく歩いていた。
山を越えて、昼夜歩きっぱなしの私たちは(私は馬だけど)最寄の村で1泊することになった。
スレンちゃんは、わーいって布団にダイブしたり、ピョンピョン跳ねたりして遊んでいた。
ロウドとアルフォは椅子に座ってお茶を飲みながら雑談をし始めて、ナイルは部屋の掃除を始めた。
…………私ここにきてぼっちになりました。
「私もやるわよ!」
「うわっぷ! お、薫殿! 遊ぼうなのじゃ!」
「いいわよ!」
私もスレンちゃんが遊んでる布団にダイブした。
スレンちゃんは急に足場が悪くなりよろけたが、さすが獣魔族。倒れることはなかった。
なんかテンションが上がってる私はスレンちゃんに、遊ぼ! といわれてついOKしてしまった。
「よし! ならば早速外に出ようぞ!」
「あ……はぁ、分かったわ! やってやろうじゃないの!」
もうやけくそ! 私もちょうど強くなりたいって思ってたしね(言い訳)。
なんか自分でもなにを言ってるのか分からなくなりながら、スレンちゃんとはしゃいでいた。
思えばこっちにきてからみんな私を敬う感じだったからかな? スレンちゃんみたいに普通のお友達って感じの人と出会えてうれしいからはしゃいでるのね。
「もうこっちは準備OKじゃ!」
5mほど離れた場所にいるスレンちゃんは早く戦いたくてうずうずしていた。どんだけ戦い好きなのよ……
私はそれにこたえれるように頑張らないとね。
とりあえず全身を強化して、目は100km/時くらい追えるようにして、と。
「準備OKよ! それじゃはじめましょうか!」
これが私の今の正真正銘の全力。これがどの程度通じるかちょっと試したいのよね。この前は全力とか言って適当だったからな~。
なんだかんだで私も結構戦い好きなのかも。なんてね。
「よし! いくぞい!」
そう言ってスレンちゃんは勢い良く地面を蹴り、まっすぐ私に突っ込んできた。スレンちゃんの後ろの土がボゴって音がして弾けとんだ。恐ろしい……
目を良くしたからか、そんなことを考える余裕が出来た。私はさっと右へ跳んで……ってえぇ! 1m跳んだつもりが5・6mも跳んじゃった。
力が上手く制御出来てないわね……がんばろっと。
「なんとなく強くなった気配がしとったんじゃが、やっぱりか!」
スレンちゃんは先ほどまで私がいた位置にかかとおとしを決めた状態でそう言い放った。足が地面にめりこんどる……
そういや、この前はかる~くやってたもんね。それでボコボコにされたんだけど……
私があれこれと考えてると、スレンちゃんは間髪いれずにこっちに跳んできた。あの体勢からどうして跳べるのよ!
今度は私も迎え撃つ。スレンちゃんは右足で蹴ろうとしてるからそれを左手で受けつつ、こっちも右足で蹴り返す。
「っぐ!」
左手で――というより腕で――受けれたが、止めることは出来なかった。
私はそのまま右へ吹っ飛ばされた。
吹っ飛ばされた方向にはロウドたちが歩いている。
「あぶな……」
「薫様、民家には気をつけてくださいね」
「あ、はい……」
片手で優しくふわりと受け止められ、注意を受ける。
「スレン様もはしゃいで民家を壊さないでくださいよ」
「分かっておるわ! でも、楽しくてしょうがないのじゃ!」
アルフォも同じようにスレンちゃんに注意している。
2人とも止めたりはしないんだ。ま、いいけどね、楽しいし。
私はスレンちゃんの方に向き直って構える。
と、後ろから喋り声が、
「それで先ほどの話しの続きですが、薫様が穿いている下着がこれまたすごいもので」
「ほぉ、どういう風にすごいのですか?」
「はい、あれはとても薄い生地で出来ていて、向こうが透けて……」
「ロウド! なにを話してるのよ! お願いやめて!」
「空きあり!」
「うっ!」
思わず振り返って怒鳴っていたらものすごいスピードで来るスレンちゃんにまた蹴りを浴びさせられた。
今度は両手で受けたから吹き飛ばされは、しなかったけど1mくらい平行移動させられた。なんちゅうパワーしとんねん!
「ロウド! 後で覚えときなさいよ!」
それだけ叫んで、今度は私から攻める。
地面を思いっきり蹴って一気に間合いをつめる。スレンちゃんもすでに構えている。
そこからは至近距離での蹴りやパンチがものすごいスピードで繰り出されていた。
ほんの数秒。だけどすごく長かった数秒が経つとお互い距離をとって『遊び』は終わった。
「お~! やっぱりすごいのじゃ! 薫はすごい!」
軽く汗をかいて髪が乱れたスレンちゃんが興奮した様子で喋る。乱れた髪の上で猫耳がピョコピョコとはしゃいでるのが分かる。か、かわいいぃ!
私も汗をかいて髪も乱れているので、
「宿に帰って一緒にお風呂に入りましょうか」
「うぬ!」
そう言って2人で宿に帰って行った。
「ねえ、ロウド。お願いがあるんだけど」
「ダメです」
夕方。みんなで宿の料理を食べているときに私は1つロウドにお願い事をしようとしていた。
「私もっといろんな魔法知りたいな~」
「ダメです」
みんなご飯中はあまり喋らないで黙々と食べている。そういう習慣なのかな?
「魔法を知ってたら戦いのとき役に立つと思うんだけどな~」
「……ダメです」
1つの大きな丸机にみんなで座って、食事をしている。
ナイルは「メイドなので……」と遠慮していたが、「じゃあ、王様の命令よ。一緒に食べなさい」って言ったらちょっと涙目になって座った。悪いことはしていない……よね?
「私王様なんだけどな~」
「……わかりましたよ。魔法教えますよ」
「ぃやったー!」
とうとう折れたかロウドよ!
地味にねちねち言ってた甲斐があったわ! その間みんなの視線が痛かったけど……
「よ~し! なら次はサヘラン皇国に行く準備をしないとね!」
「…………え?」
ロウドが珍しく感情を表に出している。すごいアホ面してるわ。
「だから、魔法大国のサヘランに行って魔法習おうってことよ!」
私がルンルン気分でそういうとロウドが「とんでもない」みたいな顔をした。
ロウドが真面目な顔になって話す。
「薫様。一応サヘランとは敵対してるのですよ。いくらなんでもこんな少ない人数で入るなんて……」
「ロウドは1人でビカリスに行ったじゃん」
そういうと、ロウドは押し黙った。
やった! これは勝てるパターン?!
「……ですが!」
「まあ、いいじゃないですか。我々も行きますので」
アルフォが横から入ってロウドをたしなめる。
さすがアルフォ。遠まわしに「私がみんなを守ります」ってことよね? 男らしくて素敵だわ。
「わしも行ってみたいのぉ」
スレンちゃんも行きたいと言っている。
「実は私も魔法大国には興味があって……」
おずおずと手を挙げてナイルも賛成した。
ブラウンは「薫様の思うがままに」という風で堂々と座っている。
残るはロウド1人。しばらく反抗していたが、諦めて、
「……分かりました」
と、うなだれた。
こうして私たちの次の目的地が決まった。