一章(7)
少年は夢を見る。
昔の曖昧な夢。ある出来事の具体的な夢ではなく、昔の少年の生活の夢
ありふれた出来事にありふれた家庭。ありふれた親にありふれた子供。少年はそう信じて疑わなかった。
けれど、少年の人生はそんなに優しくなかった。
ある日、いつも通りだった週末に、家に大人達が来た。3歳の時だ。見知らぬ大人達に少年は少し怯えていて、親の後ろに隠れていた。
少し遊んで待ってて、と親に言われた少年は自分の部屋で待っていることにした。いつもより中身のない両親の瞳に引っかかりを感じながら。
話が終わったようで、両親が少年を呼びに来た。さみしげな笑顔を浮かべながらリビングへ少年を連れて行った。そして、優しく大人たちの方へ背中を押された。
何をされたのか理解できずに振り返ると、両親が手を振っていた。今日からその人たちと暮らすんだよ。いい子にするんだよ、と。
見知らぬ大人達を見ると、皆笑顔で少年を迎えていた。
少年の瞳にはその笑顔はとてもツクリモノめいて見えて怖かった。すがるように振り向いても両親は首を横に振るばかり。泣きわめいてもしがみついてもただただ笑顔で送り出される。そんな理不尽な出来事で、少年の人生はひっくり返った
薙咲が目を覚ますと空が白み始めた早朝で、周りを見渡すといつもの自室のベッドだった。少しぼーっとして体を起こそうとすると、節々に鈍痛と軋みを感じて顔を歪めた。
そして昨晩の出来事を思い出した。とっさに腹に手を当てるも空いているはずの穴はなく、塞がっていた。
痛みに耐えながら床を這って寝室からでるとリビングのテーブルにホットコーヒーを啜って座ってる少女がいた
「あ、起きたんだ。よかったよかった。入学式翌日から欠席とかクラスで浮いちゃうから嫌だったんだよねー」
「お前…、何のつもりだ…」
「なんのつもりってわざわざ部屋まで運んで介抱してあげたのにその言い方は酷いなぁ」
「そもそもお前に負わされた傷だ」
薙咲は痛む体を起こして壁に背を預けた。
「あんなに息巻いてたのに、ボロボロにされちゃったんだもんね。身体より心の方が傷ついてたりして」
あくまで落ち着いた態度で飄々とするアリア。力の上下関係を昨晩に見せられた薙咲はそれをわきまえて心を落ち着かせて対応する
「傷が塞がってるのもお前のおかげか」
「半分はね。なんか途中までは自分で回復してたよ。出血とかは完全に止まってたし。私がしたのは細胞の再生の活性化くらいかな。私の能力はそういうのに向いてるし」
アネモネの能力か。と自分の中で納得しながら薙咲は話を進める。
「で、何がしたいんだ」
「何って昨日言ったじゃない。勧誘だよ勧誘。やっぱり神桐君の能力は強いよ。神桐君だから強いんだけどね」
「お前に歯が立たなかった能力だけどな」
薙咲は嘲笑しながら皮肉を放る
「断ると言ったらどうするんだ」
「負けといてそれはないよね?あれだけ言っておいて負けたんだもん、今更カッコ悪く足掻いたりしないよね?」
彼女が言っているのは勝ったから言うことを聞け、という簡単な話ではなくプライドの話だ。惨めに無様に負けておいてどんな顔して強気でことわるのか、という挑発にも似た勧告だ。
「チッ…、つかお前第一印象とかなりキャラ違うんだけどあれはキャラ作りか?」
「いきなり話変えたなぁ。はぐらかされたりしないからね?あれはそうだよ、キャラだよー。ハーフとかただでさえ目立つからね。まぁ私は外人色濃くないからそこまで目立たないけど。集団生活で色目立ちするのは好きじゃないからさ。地味に行こうと思ってたんだよ」
「じゃあそれが素なのか」
「さあ?想像に任せるけどさ。で、諦めて入ってくれるのかな?」
どうでもいいから本題の返答をしろ、といわんばかりに躱された。
「そのグループとやらの目的っつーか活動指針はなんだ」
聞くだけならタダか、と思い、薙咲は掘り下げてみることにした。
アリアからすれば少しずつその気になってきているという兆候にしかみえないのだが。
「まぁほとんど神桐君と同じだよ?現状を転覆させる。今の世界構造をひっくり返そうじゃないかって話だよ。今の能力の有無で決めつけられる完全独裁なヒエラルキーを崩そうっていうありふれたクーデターだよ。利害は一致するでしょ?」
薙咲はアリスの説明を軽く咀嚼してみた
「まぁ聞く限りはな。でも入ってみたらブラックでしたーなんてよく聞く話だからな。はいそうですかとはならねぇな」
「えー、もうめんどいなぁ。じゃあここに神桐君と添い寝した写真あるから誘いを蹴るなら物理的にも電子的にもばら撒いちゃうよ!」
急にうがー!とアリアははっちゃけた
「とうとう社会的な脅しに入りやがった⁉︎つか自作自演とか恥ずかしくねぇのかお前は!」
さっきまでのシリアスな空気は何処かへ殴り飛ばしたようだ。薙咲は気づいていない。完全にアリアのペースになっていることに
「恥ずかしくないよー、膝枕シリーズとかまであるし」
「ひ、膝枕⁉︎完全に俺だけが恥ずかしいわ!」
薙咲は気づいていない、完全に自分がキャラ崩壊してることに
「さらに私がないことないこと言いふらせば素晴らしい高校生活が待ってるよ」
「100%捏造かよ…。地味に普通な高校生活でいいんだけど…」
普通に嫌がっている。世界うんぬんはなんだったのか
「ハァ…、わーったよ。とりあえずそのグループとやらに会わせろ。そこで完全に決めてやるよ」
「ほぼ決まりだね。じゃあ今日早速歓迎するね。さてっと、じゃあ朝ごはん作らないと」
気づけば完全に朝になっていてそろそろ身支度を始める時間だった。
「え、お前が作るの?」
「逆に聞くけどその体で作れるの?」
ぶっちゃけまだ薙咲は立つのもきつかった
「…期待していいの?」
「朝ごはんくらいで何を期待するのかわからないけど。普通の朝食くらいなら保証できるよ。テーブルでぐてーっとしながら待ってて」
薙咲はズルズルとテーブルに向かうとお言葉に甘えてぐてーっとすることにした
数分待つとトーストに目玉焼きと、普通の洋風な朝食が出てきた
「うん、普通だ」
「だから普通だって言ったのに」
「コメントのしようがないくらい普通だ」
「別にコメント求めてなんかないからね」
二人はそのまま普通に食事した。
今朝は普段より二本くらい早い電車に乗った。薙咲の体の負担を考えて早めに出たのだが、それでもいつもより早く駅に着いた結果だ。
「あー、これかなり早く学校に着くじゃん。暇を持て余すなこれ」
「生徒会室寄るからちょうどいいと思うよ」
体に気だるさを感じながら吊革につかまっていた薙咲は彼女が何を言っているか理解できなかった
「は?なんで?なんかやったの?」
「だから、早速歓迎するって言ったじゃん」
「それでなんで生徒会室なんだよ」
「だって神桐君今日から生徒会入るんだもん」
あいた口が塞がらない薙咲にアリアは二度言う
「だから、神桐君は今日から生徒会の一員になるんだって」