一章(4)
「は…?お前昼間からずっとここにいたのか…?いつ帰ってくるのかもわかんないのに」
足のことはとりあえずほうっておいて普通に会話を進める。あからさまにアリアがいた事に驚き呆れている風を装って
「ずっとじゃない…、さっききたとこ」
「お前はデートで早く着きすぎた彼女かよ…」
「それよりも、足、大丈夫?」
「あん?あぁ、軽くひねっただけだよ」
「ひねった…?血がにじんでるけど?」
「ひねった時にすりむきもしたんだよ‥・。足のことはいいからほっとけ。で、何の用だ」
「なんのバイトやってるの?」
話を聞いていないアリアに薙咲はかっぱらってきた金が入ったアタッシュケースをぶん投げてやろうかと思ったがため息をつきながらなんとか抑えた
「肉体労働系だよつか人の話を聞…」
「肉体労働なのになんでそんなケース持ってるの?」
今度こそ遠心力も加えてぶん投げてやろうと思った薙咲だったが片足では厳しいのでやめておいた
「あん?てかいい加減話聞けよ」
そろそろ足から話を逸らしたい薙咲は強引に話を変えようとする
「神桐くんと少し話がしたくて」
「へー熱烈なアプローチをどーも」
棒読みで返しながら薙咲は気づいた。この女、さりげなく部屋に上げろと催促していると
「なんもねぇ部屋だし茶菓子も出ないぞ。立ち話が嫌ならそのへんの店に入った方が利口だと思うぞ」
部屋に上がられてまた変に色々突っ込まれたくないというのが薙咲の本音だ
「…まぁ神桐くんの部屋に上がりたかったのだけれど。嫌と言うならこの際諦める…」
「はっきり言ってやるよ、嫌だ」
「残念、なら提案通りそのへんのファミレスにでも入ろう?ドリンクバーもあるし」
完全に長丁場に持ち込むつもりのアリアに薙咲はげんなりしながら仕方なく足を引きずりながらついて行くことにした
ほんとにそのへんだったので移動時間は五分ほどだったから大して歩かなかったのだが、無言で薙咲を気遣ってアリアは歩くペースを落として合わせていたことに薙咲は途中で気づいたが、触れないでおいた。理由はなんか癪だったからだが
こんな深夜じゃ店内はがら空きなわけで、二人は適当に近くの席についた
ドリンクバーを二つ頼んだあと、薙咲が席を立って飲み物を汲みに行こうとしたらアリアに制された
「神桐くん、何飲むの?」
どうやら薙咲の分も持ってきてくれるらしい。何から何まで気を遣うアリアに嫌疑の念を一層深める薙咲だったが素直に厚意に甘えることにした。実際立つのが面倒だったから
「アイスコーヒー。シロップとミルク一個ずつで」
「おっけー」
アリアがドリンクバーに向かうのを眺めながら薙咲は思慮を巡らせたが真意が掴めないので蓋を開けるまで待つことにした
アリアが戻ってきて席についたところで薙咲から口火を切った
「で?話ってなんなんだよ」
「んー、まぁ簡単なお話なんだよね。聖人ているじゃん?」
薙咲のコーヒーをかき混ぜる手が止まる
「あぁいるな、聖人がどうした」
「神桐くんがいくら一人で頑張っても届かないだろうなぁって話」
ピクっ、と薙咲の眉が動く。落ち着いて薙咲は聞き返す
「…何の話だ?」
「別に隠さなくてもいいよ、いくつの企業組織団体を潰したんだっけ?」
今度こそ薙咲は目を見開いた
「は…?」
「全部知ってるよ?神桐くんが超越者で、聖人を憎んでて、可愛いクーデターを目論んでること」
薙咲は絶句した。今日会ったばかりのクラスが同じなだけの女子に素性も思惑も知られていることに驚愕した
「…は?なんだよそれ意味わかん…」
「じゃあそのケースの中身見せて?まだロンダリングもしてないんでしょ?」
今日の行動まで完全に把握されている
「お前、まさか今日あの後尾けていたのか…?」
「まぁそうなるかな」
「っ…!!」
身構える薙咲にアリアは淡々と話す
「そんなに構えなくていいよ。敵ではないし」
「お前、何なんだよ‥・?」
「ていうかその体じゃ絶対私負けないし」
アリアは割と薙咲を重傷と見ているようだが実はかなり回復していた。最初は腱や骨も削れていたのだが今は傷口が開いているだけの状態だ
「いや、そんな重傷じゃなくても多分スペックで勝っていると思うな」
そんな薙咲の思惑も筒抜けていた、が薙咲にはまだ勝算があった
(コイツ、俺の能力をちゃんと把握しきれていないな‥・)
薙咲の能力を詳細まで把握されていないと薙咲は推測した。だから自分からぼろを出さないよう力量差に関する話題は素直に受け入れることにした
「一部始終見てたけど、なんかゴリ押し感否めないよね。感情に身を任せてるだけっていうかさ。まぁ実際感情に身を任せてやってることなんだろうけどさ」
「で、なんだよ。それを踏まえて俺になんの用なんだよ」
「いや、なんていうか、勧誘?」
「は?」
「うちのグループに入らない?って話。ぶっちゃけて言っちゃうと」
「グループ?お前なんかやってんのか?」
話が掴めない。世の中にそんなにほいほい反旗を翻す高校生がいてたまるか、と薙咲は思った。
「いや、基本やってることは変わんないんだよ?徒党を組んでるかどうかの違い。でもその違いは確実に大きいと思うな」
「で?俺にもそこに入れと?悪いが群れるつもりはねぇよ。さっきお前が言ってた通りこれは個人的なみみっちい復讐劇だ。他人と群れてやる必要なんかない」
「でも、絶対どこかで破綻するよ。限界がある。君のしてる行為もそのうち素性が割れて追い詰められる」
「上等だよ。そんなのにビビるようだったら最初からこんなことしてねぇ」
「でもどうせなら成功させたいじゃない?希望を見ていたいじゃない?絶望に満ちて終わりたくなんかないでしょう?」
「だから一人で成し遂げるつってんだろ」
「だから、それが無理だと言ってるのがわからないの?あなたの力じゃ絶対に彼らには及ばない」
「あ?俺には勝算がちゃんとある。少なくともこの国だけでもひっくり返す。そのための勝算が」
「超越者はせいぜい超越者なの。現実を見たほうがいい」
だんだん語気が荒くなる二人。その中でアリアは一定のラインを保っていたが薙咲は頭に血が上り始めていた
「とにかく俺にその気はない。諦めろ。俺は帰る。学校でももう絡んでくるなよ。端末スったのお前だろ?」
「うん、色々知りたかったしね。大したこと入ってなかったけど」
「そんな機密持ち歩くバカはいねぇよ」
「てことはやっぱりおうちにあげてもらえばよかったなぁ」
「やなこった。じゃあな」
そう言って薙咲は帰ろうとした。が止められた。というか止まらざるを得なくなった。なぜなら
「じゃあ。試してあげようか?君がどこまで行けるのか、どこで終わるのか」
「あ?超越者ごときにそんな器測れるかよ」
アリアの口からとんでもない言葉が飛び出したからだ
「私も超越者なんて言った?私は―」
それは薙咲にとって禁句の
「聖人だし」
一言だった