一章(2)
割と本気で薙咲は落ち込んでいたのだ。携帯をなくしたということは生徒証や名簿のデータを貰い直さなければならないし、電子マネーだって新学期初日だからと思って三万ほど入れたばかりだし何より個人情報の塊だからすぐに携帯ショップに行って利用を停止してもらわなければならなかったからめんどくさいのオンパレードだったのだ。
それなのに教室の机の上に当然のようにポツンと自分の携帯が置かれていて拍子抜けして惚けてしまった。
教室で落としてしまったのだろうかと考えたが教室にいた時間がそもそもそこまで長くなかった上に落とすようなことをしていない。
必死に考えると一つだけ心当たりになりうることを思い出した。女の子と教室の出口でぶつかったことだ。だが薙咲は倒れたりしてないから落としたりはしないはずだ
そんなことをグルグルと混乱した頭で考えながら携帯を手に取った
中身を確認すると電子マネーも一円も減っておらず、変なソフトが入っている様子もなく、動作も良好だ。
安心してポケットにしまうと後ろから声がした
「またせたな薙咲。なにしてんだ?」
HRを終えた克也だった
「いや…、なんでもないよ。帰ろう」
机に置いてあったということは携帯のパスコードを解いて個人情報を見たか、落とした現場を見ていたということだ。やっぱりあの女子が拾ってくれたのかなと思い、薙咲は帰ることにした。
電車に乗り込むと克也は薙咲に問いかけた
「自己紹介はうまくいったか?」
「まぁ、ぼちぼち…」
「お前のぼちぼちはダメだったってことなんだよ…。ったく、どんどん周りに話しかけて行くんだぞ」
「お前は俺のおふくろかっての。気になるやつがいたら話しかけるよ。まぁすでに一人話しかける予定はできたがな」
見かけたら話しかけないとな、とりあえずお礼を言わなきゃいけないし。どこで拾ったか聞きたいし。などと考えながら薙咲は答えた
「へぇ、どんなやつだ?お前が話しかけようと思うなんて珍しい」
「落し物を拾ってもらったんだよ、その礼だ」
めんどくせぇ、と顔に出して克也に言う
「いいからほっといてくれよ、他人との交友関係くらい自分で考えるから」
克也の降りる駅になったのでヒラヒラと手を振って見送った
1人の世界に入るためにイヤホンをはめると携帯について考えることにした
あの子はどこのクラスの子だったのだろうかと考えているとHRの自己紹介を思い出した。
(そういえばクラスメートだったな…、名前はたしか久留穂アリアだったかな。名前がハーフみたいだったから記憶に残ってんな。髪は黒だったけどぶつかった時目は蒼かったなやっぱハーフか)
そうしてる間に最寄駅に着いた
薙咲の家は小さなアパートの六畳一間だ。風呂はないがシャワーがついていて台所とトイレがある質素な部屋だ
家に帰ると薙咲は暇を持て余した。何せまだ正午なのだ。面白い番組もなく、ゲームをするにも時間がありすぎる。入学式や始業式の日の学生にありがちな悩みだった
そういえば気になってることがあったな、と薙咲はPCの電源をつけた。サーバーをちゃんと別に設置しておくだけでディスプレイは壁に貼れるほど薄く、キーボードも折りたためるようになったのでずいぶん使いやすいものになった。
(この技術の発達のスピードには聖人が関わってんのかね、おぞましい)
などと考えながら夕方まで調べ物をしていた
日が沈む頃になって薙咲は制服から着替えた。着替える、といってもTシャツにパーカー、ジーパンといった簡素な格好にバスケシューズをスニーカー代わりにに履いたラフなスタイルだ
家の鍵を閉めてアパートの門を出ると人が立っていた
「あれ、君は…、あの時ぶつかった久留穂さん?」
そう、久留穂アリアが壁に寄りかかって立っていたのだ
「そういえば俺の携帯さ、君が拾ってくれたの?」
「うん」
あっちも薙咲についてクラスメートであることは認識してるらしい
やはりそうかと薙咲は得心した
「…そういえばなんで俺の家知ってるの?」
まさか携帯のパスコードを解いて中身をみたのかと焦りを抱いて薙咲は尋ねた
「私も家、この辺で、少し興味があったから…」
本当にはっきりしない喋り方だ。その喋り方もあいまって薙咲にはその言い分がやや怪しく聞こえていた
「へぇ、そうなんだ。上がってもらってお茶くらい出したいところだけど、俺これから出かけるからさ。悪いけどまた今度来てよ」
そう言って薙咲は去ろうとした
けれど声が返って来た
「こんな時間に…?夜遊び?バイト?」
やけに踏み込んでくるな、と面食らって薙咲は振り返った
「そうだな…、バイトに近いかな。仕事なんだ。ちょっと片付けなぎゃいけないことがあってさ」
「そう、頑張って…」
小さく彼女は手を振った
「うん、携帯ありがとな」
そういって薙咲は今度こそ駆け出した
目的の場所についた薙咲は身体をほぐしながらフードをかぶった
場所は島崎製薬という会社の研究施設だった
表では普通の製薬会社だということだが不自然な金の動きと危険な人体実験を行なっているという噂が最近流れていて薙咲は少し前から調べていたのだ
「今日ようやく確証を得たぜ、あの会社と繋がっていたからな…」
そう呟いて薙咲は施設の門を殴り飛ばした
普通に飛び越えればいいのに彼にはそのつもりはないようだ。叩き潰す。それしか頭に無い。ひたすら力で押していくようだ
どんどん施設の部屋という部屋、機材という機材を破壊して回っていく
「クソがクソがクソがクソがクソが…ッ!!!全部何もかも潰してやる…!!!」
アラームは鳴り響いているし防犯カメラにも堂々と映っているが気に留めていないようだ。管理室も壊すのだから結局同じだ、と。怨念と憤怒に包まれている彼はひたすら破壊した。彼の動きは人間離れしていた。スピードは常人の比じゃない。パワーだって外見からは想像もつかない、鉄だろうが平気で殴るレベルだ
「あっ…!」
研究員やら警備員やらが途中で何人も出てくるが、出会い頭に躊躇なく殴り飛ばしていく。拳銃を取り出す暇も与えない。というよりも現在の拳銃は反動軽減や自動照準なので撃たせたらシャレにならない。薙咲は弾丸のように施設を駆け上がっていく
部屋も機材も人も破壊した数が2桁に登ったところで責任者室の区画までたどり着いたようだ。最上階の五階の最も奥だった
「ただ破壊するだけで特に歯ごたえなかったな」
薙咲はドアを蹴り開けて入ったところ、もぬけの殻だった
「あ?責任者だけ先に逃げたのか?」
薙咲は窓から頭を出して見回した。すると若干離れてはいるがやや大きいケースを持った男が走っていた
「あれか、まぁすぐ詰められる距離で良かったな」
と薙咲が窓枠に足をかけたところで後ろから衝撃が襲ってきた。
「が…ッ!?」
薙咲が窓から落ちながら上を見上げると襲撃者らしい人影も飛び降りてきた
着地するなり上からくる敵に向けて薙咲は拳を放った、がガードされたのですかさず距離をとった
「あんましはしゃいで遊び回るのもいいけどさぁ、そろそろ痛い目にあったほうがいいんじゃないの?ん?」
襲撃者はタンクトップに短パンという季節的に少しおかしな格好に腕と足に螺旋状に突起のついたプロテクターのようなものをまとっていた。ソフトモヒカンに鼻ピアスといった見た目が薙咲に不快感を与えた
(それよりもさっきの感覚…、防がれたというよりはまるで…)