【五】
「・・・かわいい」
誰だかはわからないが、女子がぽつりと呟いた。
「信用させてやる」、とまあ文月が「こんなこと」をする前に言った言葉のせいか、俺らは少しかっこいい姿を期待してしまっていたようだ。「こんなこと」をされても、正直なんの信頼も築けない。俺は少し唖然とする。
俺たちの目の前には、狐の耳と尾を生やした文月が立っていた。
「うるせえよ、かわいいとか言うな」
文月が低い声でうなるように言う。怒っている証なのか、尾をピンとたてて耳を伏せた。
文月の左目のあたりには、元々刺青のような黒い模様が刻まれている。植物のようにうねるその模様は、赤色に変化していた。琥珀のようなきれいな黄色い目も、左目が赤く変化している。
「え、しっぽもふもふ・・・」
「だからうるせえっつってんだろ!!」
「ちょ、ちょっと耳触ってい・・・」
「触んな!!こっち来んな!!」
・・・なんというか、群がる女子にそれこそ狐のように威嚇する文月は一気に弱くなったように見えた。
「つーかお前何黙ってみてんだよ!どーにかしろ!なんだその目!」
いや、正直俺はお前になんという言葉をかければいいかわからない。今おもいつく言葉と言ったら「ドンマイ」と「かわいい」くらいのものだ。
「あ・・・だけどひとつ質問」
もはや異性ということもわすれてじゃれつく女子達を引きはがす文月に、俺は手を挙げた。
「なんだ!」
「その姿でなんかお前が力もってんのはわかるけど・・・どこが信頼証明になるんだ?」
「信頼証明」とか言っておきながら、余計弱くなったような気がする。
「ああ、証明してやるよ。だからお前らどけっつってんだろ!!」
やっと離れた女子達をふーっとうなって睨みつけつつ、文月は再び机の上にあぐらをかいた。
そして、すっと長いまつげをふせる。
左目の模様が、ゆらりと揺れた。
「・・・!?」
尻尾と耳が根元から白く染まっていき、尻尾がぶわりと広がる。しかしそれも一瞬のできごとで、さっきの姿が幻だったかのように元の文月へと戻っていった。―・・・尻尾と耳は生えたままだったが。
「来るぞ」
目を開き、どこか朦朧とした目で言う。俺たちには、文月が何を言っているのかまったくわからなかった。
「なにが来るん―・・・」
「巨人」
青谷を遮った文月の言葉に、俺たちはそれこそ狐につつまれたかのような顔をした。文月につつまれたような顔じゃなく。
「は?―・・・巨人?」
一瞬、赤い炎のようなものを身にまとい耳と尻尾が消える。そして再び黄色に染まった目を面白そうに細め、街中で犯罪者を追う警察を見つけた少年のように無邪気な表情をした。
「巨人、そのまんまだ。すぐ来るぞ―・・・。来い!!」
そう言い、俺たちが付いてくることも確認せずに教室を飛び出した。
「!!おい、待て―!」
俺も慌てて追う。青谷もその後に続いた。ちらりとふりむくと、ほとんどのクラスメイトが追ってくる。ちょっと怖い。三段飛ばしで階段を駆け下りる文月の背中からは興奮がにじみ出ていた。
廊下を走り、必死に後を追う。文月の足は人並み外れて速く、やはり人じゃないんだなとか改めて実感した。
「!?佑馬・・・?」
「?あ、時田」
廊下の柱の裏に立っていた時田が、驚いたように佑馬を見上げた。教室を飛び出した後、どうやらここに来ていたらしい。
呆然と立つ時田の腕をひっつかみ、走り出す。廊下の角を曲がり、再び階段を駆け下りた。
「ゆ、佑馬どこ行くんだよ・・・?文月まで、つーかみんなも何やってんだ!?」
上履きを履き替える間も惜しみ、外へ飛び出す。
「うっ・・・わ!!?」
隣で時田が声を上げた。
「でか・・・・・・」
俺も思わず感嘆の声を漏らす。
近くの建物を軽く超す巨人が校庭に立ち、どこかをじっと見つめていた。
その前では、文月がこちらに向かって笑いかけていた。
「どうだ。これがこの世界だ。そして、俺の力は“未来を読む”―というところか。もちろん、」
後ろからクラスメイトも追いついたのも確認し、ぐっと膝を曲げる。
ざっ
地面を蹴り上げ、拳をかざした。
「簡単に消してやれるのも、俺らには簡単だ!!」
振り向いた巨人の顔に、文月の拳がめり込んだ。