【三】
そしてなんなんだ、この空気。
あれから十数分後。一年六組はなんともたえがたい沈黙に押しつぶされていた。三十人ほどの生徒たちは皆、自分の鼓動に耳を傾けることしかできないらしく、黙りこくって椅子に座っている。
―俺はというと、謎の生徒に自分の席を盗られてるせいで腕組み足組で立っていた。
―お前なんとかしろよ
先生が何故かいないので、しかたがなく学級委員の眼鏡っこに視線を投げる。即座に、
―あんたがどうにかして
殴り書かれた紙が掲げられた。俺かよ。
押し付けられたことに関しては大変に腹が立つが、しかしこの沈黙は実際耐えがたいものなのでわざとらしい咳払いなどしてみる。
…無反応はないだろ。
「おい…そこ、俺の席なんだが」
「―――」
「どけよ」
「―――」
「無視かよ」
「―――」
「―――」
諦めかけたとき、
がたっ
と無言で立ち上がった。
「…サンキュ」
短く礼を言い、席に座る。
いや待て、俺が礼を言うのはおかしいだろう。謎の塊みたいなそいつは、そんな俺の視線も無視して教卓の上に腰かけた。えらそーに。
時田を振り向くと、彼もかなりショックをうけていたようで、俺と目があった瞬間崩れそうにへらっと笑った。
それにしてもこの空気は厳しいので、青谷に助けを求める。彼女は彼女でまた他の生徒とも違い、机の上に置いた紙に筆ペンで何かを書いては満足そうに頷くことをくりかえす。……ていうかそれ、お札じゃんかよ。自作かよ。こっちはこっちでなんかダメだ。
というか小和田はどこに行ったんだ。
―つーかそもそも……
「なあ、お前」
「何」
「この学校にはな、優秀な生徒が約五百名通っているんだ」
「だから何」
「その生徒たちはどこに行った」
ゆっくりと、同級生たちが顔を上げた。やはり、みんなも俺も、一番に思うところはそこなのだ。
そいつは暫く俺の顔を探るように見つめた。お、これは反応あるか―……
ふいっ
あっけなく、膨らんだ期待が割れた。
「おい、そろそろなんんか言ったらどうだ」
さすがに腹がたってきた。珍しく感情を表に出した俺に、周りの人も驚いている。
「まず、名前。どっから来た何さんだ、お前は?」
またあの冷たい目で見られた。―しかしもう背筋を凍らせたりなどしない。
また沈黙が訪れた。まったく、この教室には沈黙やら静寂やらの神様が住み着いているのだろうか。
―そのとき、布が擦れるかすかな音がした。
見ると、そいつが教卓から滑るようにおり、黒板の前に立っている。なにをするのかというクラスメイト達の視線に突き刺されたままそいつはゆっくりと口を開いた。
「俺は文月紋樹」
凛として澄んだ、全てを蔑んだような声が教室に響く。その声は、今まで聞いたことも無いような、大人びたものだった。
…やっとだよ
変な達成感を感じて、続きの言葉に耳を傾けた。
―そして俺は衝撃的な言葉を聞いてしまうのだ。
「“妖力の世界”から追放されてやってきた。人間の世界で言うならば、俺はお前らが呼びだしたこっくりさんってことだ」