【二】
次の日登校してきた俺を迎えたのは昨日の冷やかしだったが、それを怪しいセレブホテルのティッシュを断るサラリーマンのごとくうけながし、さっさと靴を履きかえる。
「しかし本っ当に似た者同士だよなあ、お前たち。けっこういけちゃったり?」
時田が俺を追いかけ、茶化しながら肩に手を置く。うざい。
「―ていうか今日何かったっけ?」
「ん?なんかって?」
時田が鞄を振り回しながら首を傾げる。
「人が妙に少なくねえかって」
「―ああ、まあ今ちょっと時間早いしな」
「……」
時田は何も感じて無いようだったが、俺は胸騒ぎさえ感じていた。
現在の時間、八時十二分。たしかに人が多い時間帯ではないが、ほとんどの下駄箱には上履きが静かに並んでいるだけだ。唯一、四、五個の運動靴が突っ込まれているのも一年六組だけだ。
人っ子一人、それどころか風さえ入ってこないようで、校内には俺と時田の足音しか響かない。
教室に近づくにつれて、時田もさすがに何か感じたらしく乾いた笑みを漏らしながら言った。
「…今日、学校休みだったりしてな」
「じゃ、まだこたつ入ってたかった」
冗談めいたことを言ってみたが、時田は忘れない。おい、今のは俺の珍しいボケだぞ。笑い逃すな。
無言のまま、あやしく構える階段を一段一段登って行く。どの教室も人気が無く、まるで異世界に来てしまったようだ。
――実際はそのまさか、だったのだが。
「―お前、誰?」
隣で時田が怪訝そうに言う。
一年六組には、不安そうにこそこそと話をする女子三人と、いつもどおりの青谷、そして、
見たことも無いヤツがいた。
そいつは校章のついていない学ランを肩から下げ、ほおづえをついて窓の外をぼおっと眺めていた。さらさらの茶髪で、長く垂れた前髪を耳に掛けている。きれいな黄色い目をしていた。
「おーい、聞いてる?」
時田がそいつに近づいて、目の前でぶんぶん手を振った。
―つか、そこ俺の席……
窓側の特等席―……。
「―……」
そいつは無言で顔を上げた。
「あ、聞こえた?」
時田が腰に手をあて、なぜかドヤ顔をする。
そこまではよかったんだ。いや、よくはないが、ただの謎の男子生徒で。チャラいけど。だが、次の一言で俺は背中から冷凍庫にぶち込まれたような気がした。
「五月蠅ぇ」
たった一言。教室の空気は凍り、時が止まる。一瞬、地面に崩れ落ちそうな気がした。
その一言は、それほどまでに冷たい、冷たい声だった。
「ちょ…お前……」
時田が面食らったように言う。
「何」
窓の外に視線を戻し、軽く頬杖をついてそいつが言う。
「だ、誰だよ」
その問いの答は、さらに俺に冷水をぶっかけた。
「お前らに名乗る義理はねえよ」
―なんなんだよこいつ。