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こっくりさんと異世界にいるんだが。  作者: 亜架 耀香
一遍
1/12

序章


 俺はずっと憧れていた。

 人間たちが暮らす世界に。

 別に自分の暮らす世界が嫌いってわけじゃない。あるだろう、そういうの。―一度でいいから、行ってみたい。


「そう。じゃあ…行ってみる?」


「は?」

「人間の世界に」


 隣で俺の話を聞いていた母さんが、ほほ笑んだ。


「そんなのできんの?」

「簡単じゃないけれど。この景色ばっかりじゃ飽きるでしょう、とは思っていたの。行く?」

「あ、ああ!!」


 ただ単純に、嬉しかったんだ。新しい世界を、この目で見ることができる。そう思うと。

 

 次の日、俺と母さんは狐に化けて人間の世界に来ていた。


「すっ…げえ…なに、あれ」

「ん?あれは、船。人が乗って、貿易に使ったり観光に使ったりしてるのよ」


「うお、今なんか通った」

「車よ。あの中に人間が入って移動するの」

「へー…」


 何もかも、初めて見た。その全てが驚きで、俺は自分が今狐だということも忘れてはしゃぎまくった。


「よし…そろそろ戻りましょう」

「もう?―本当だ、日が沈んできてるな」

「ん。それに疲れてきたわ。また来れたら、来れましょう」

「ああ!!」


 その時は、もっといろんなものを見たい。感じたい。

 俺はもう、楽しみでしたかがなかった。


 だけど、今となっては思う。


 どうしてあんなところへ行ったんだろう。

 どうしてあんな世界に憧れたんだろう。


 夕日が浮かぶ波打ち際を、俺と母さんは歩いていた。次ここに来たら、今度はもっといろんなところを廻ろうと、約束した。

 そして、俺らの世界へ続く森へ足を踏み入れたとき。


「!!しっ…。静かに」

「?母さん?」

 母さんがふいに立ち止まり、耳をまっすぐたてて鋭い目つきで森の奥を見つめた。すぐに、俺も異変に気が付いた。

 森の奥から、血の匂いがする。


「……どうしましょう…。っ、走るわよ!!」

「あ、ちょ……!」

 何が起きたのかよくわからないまま、俺は母さんの後に続いて走った。心臓がばくばくいって、自分でもどうしようもない。


―あと、少し……


 ぱあんっ


 近くで、乾いた音がした。鳥が、ばたばたと木から飛び去る。

 俺は、立ち止まった。時間が止まったような気がした。だけど、実際は止まってないことを、目の前の光景を見て初めて確認する。


 母さんが、その美しい毛を紅く染めながらゆっくりと倒れた。


 その時俺の口から出た声を、母さんは聞いただろうか。どんなふうに空気を震わせていただろうか。いや、何も言えなかったかもしれない。薄い琥珀色の目は、もう俺を見ていなかった。細く開いた口からは、もう優しい声が聞けなかった。


 がさりと、葉を揺らして人間の男が現れる。俺に、銃を向けた。

 死んでやろうかと思った。母さんと同じ世界に行ってやろうかと。

 だけど俺に、きっとそれはできない。

 こんな、身悶えるような怒りの中では、俺はきっと死にきれない。


 その後の事はもう、記憶にはなくなっていた。

 ただ、気づけば元の、俺たちの世界にいた。


「…文月紋樹(ふづきもんじゅ)。お前は人間界のものを、ひかも人間を殺し、森を半壊させた。我々の神聖なる掟を破ったのだ。


 ―追放する」




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