始まりの夜
『わんっ!』
「うわあ!?」
雨の降る夜の住宅街を猛スピード(私なりの)で走っていると、急に角から大きな犬が飛び出して来て、私は尻餅をついてしまった。
「痛たた、た」
座り込んだ場所は最悪な事に水溜まり。一瞬にして下着に水が染みてきたのが嫌でも分かった。
だがもう既に全身が雨で濡れていたので今更気にすることもないか、と思う。
そして何より、幸いにもこのぶつかってしまった犬は、見掛けに寄らず凶暴ではないようで、ペロペロと私の顔を舐めてくる。
「ふふ。くすぐったいってば。何、"君も"お家から逃げてきたの?」
地面に座り込んだまま、しばらくその犬を撫でていると、「クロ!」そう叫ぶ声が前の方から聞こえた。
よかった。飼い主かな?
目を凝らし、見てみると、こちらに走って来る20代くらいの男の人が目に入った。
どこかで見た顔。
よく考えてみて思い出したのは、小さい頃に読んだ童話の王子様だった。
あのかっこよくて優しそうな王子と顔がそっくりなのだ。長い手足に、焦げ茶色の髪。さすがに服はあの王子服ではないが、着ている黒のスーツはとても似合っている。
ただ彼、傘をさしておらず残念な事にその全身はずぶ濡れだ。
まぁ、それは私も同じか。
ふと下を向くと、制服のワイシャツが濡れ、下着が透けてしまっている事に気が付いた。
どうすることも出来ず、とりあえずクロちゃん(と言う名前らしい。黒だし)の後ろに隠れる。
私の記憶が正しければ多分、この子はグレートデーンという種類の大型犬。いつだったかニュースで見たような気がする。
160センチ有るか無いかの私がしゃがむと、同じくらいの大きさだ。むしろ私の方が小さいかもしれない。
そして、そのせいなのだろうか、近づいて来ているにも関わらず、飼い主らしき人は私に気が付いていないようだ。
こちらに来るなりクロちゃんにリードを付けながら話し始めた。
「クロ、またですか……。いい加減にしてくれないと、家が動物王国になっちゃいます」
『わんっ』
「尻尾振っても駄目。今度は何?子犬?子猫?それとも……」
よく分からない会話を終え、ひょいっとクロちゃんの後ろを覗き込む飼い主。
当然、居るのは私なわけで。
どうしたらいいのやら、である。
彼は私を見た途端、ギョッと目を見開き「は……?」と小さな声を漏らした。
当然の反応といえるだろう。こんな所に人が座り込んでいるのだから。しかもびしょ濡れとくれば 驚くのも無理はない。
「あぁもう、クロ、お前は、何を考えて……」
男は力が抜けたように座り込んで、無造作に、濡れた前髪を掻きあげ、私を見据えた。
ただ、それだけ。
それだけなのに、なぜか、私の心臓は大きく脈を打った。
彼から目が、逸らせなかった。
「すみません。うちの犬がご迷惑をお掛けしたみたいで」
高すぎず、低すぎず、聞いていて心地良い声で彼が私に話し掛けてきた。
「…………いえ。だ、大丈夫です」
水も滴るいい男、とはこんな人を言うのかもしれない。不覚にも、見とれてしまった。
「飼い主さん見付かった事だし、私はこれで…」
どくどくとうるさい心臓を疑問に思いつつも立ち上がり、さっさとこの場を去ろうとした時だった。
ぐいっと、何かに、スカートを引っ張られた。
「……?」私はゆっくりと、下を向いた。
「離しなさい、クロ。」
『…………』
「駄目みたいですね……」
また、思わず苦笑い。
私のスカートを引っ張った、いや、くわえたのはクロちゃんだった。
…………なぜ。
かれこれ雨の降る中、このやり取りが数分続いている。
言っておくが、結構な雨だ。夜と言えど住宅街。なのに人っ子一人居ないくらいなのだから。
何気なく、私は真っ暗な空を見上げた。
こんな天気では月も星も、どこにいるのか分からない。真っ暗だった。私を1人にして、みんな居なくなってしまったかのように。
気づかなかったが辺りを見渡せば街路灯も少ない。
何とも言えない不安に襲われ、私はきゅっと下唇を噛む。
でも、「クロ!」『……』「む、無視ですか」そんな声が聞こえてきて、今は1人じゃないことを思い出す。
よく分からないけど、何だかおかしくて、私は小さく笑って視線を前に戻した。
そして、「はっくし!」
なんとも豪快なくしゃみが夜の住宅街に響き渡った。
幾分雨音で消されたから助かったが、したのは私だった。走っていたせいか特に寒くはなかったのだが、出てしまったものは仕方がない。ずぴ、と私は鼻をすする。
すると男は苦笑いをしながら溜め息を1つ零し、「ここに居ても風邪をひくだけですね。うちに行きましょうか」聞き間違いなどでは無い。間違いなくそう言った。
「は……?」
私は、一体何を言っているのだろうかと本気で思った。
はい分かりましたと、初対面の男の家にホイホイついて行くほど私は馬鹿じゃない。
高校生だからってなめているのか。実は危ない人なのか。変態か。痴漢か。
だがそう思っても、彼の見た目は全てを惑わせてくる。
透き通ったやさしそうな瞳。
綺麗な焦げ茶色の髪。
頭上の街灯は、まるで舞台のスポットライトのように彼を照らすのだ。
「それに、そんな格好で居たら危ないですよ。最近この辺り、不審者も多いみたいですし」
男はそう言い、私に着ていたスーツの上着を掛けてきた。
「あっ!」す、透けてるんだった。ぼけっとしてる場合じゃなかった。
自分のアホなミスに頬が一気に熱を帯びたのが分かった。
そこで、一向に首を縦に降ろうとしない私を見兼ねてか、突然、クロちゃんが歩き出した。それも、私のスカートをくわえたまま。
「え、ちょ、待っ……ええ!?」
「どうぞ」
「う、わあ」
拉致のように、半ば強引に連れてこられたのは、先程の場所からすぐのマンションだった。
開けられた扉の中を見てびっくり。
なんと子犬達がお出迎え。
計4匹がキャンキャン可愛く吠えながらジャンプしている。
「かわいい……」彼は犬好きなのだろうか、こんなにも。どうしよう、触りたい。
多分、この可愛い犬たちを見た時点で、私の警戒心は緩んでいたのだと思う。
中に入るとタオルを渡され、お風呂場に案内された。
ちなみにクロちゃんは、私が抵抗を止めて靴を脱いで上がると、いとも簡単に口を離してくれた。なんて賢い、というか、なんというか。
「じゃあ、これが着替えです。脱いだものは洗濯機の中に入れといて下さいね」
「なんか……すみません色々と」
「いえ、どういたしまして」
彼はそう言うとやさしく微笑んで脱衣所を出て行った。
「…………」
なぜかその、もう居なくなったはずの場所を、私はしばらくじっと見つめていた。急な展開に、ついていけなかったからだろうか。心臓の鼓動はやたらと早かった。
シャワーを借りたらすぐにここを出よう。そんな事を思いつつ、お風呂場のドアを開ける。
「でかっ……」目の前に広がるのは大きな浴槽、そして見事な夜景(悪天候というのが残念だ)。
エレベーターに乗った時に彼が押していたボタンは、1番上の28だったからおそらく最上階だろう。
しかもエレベーターを出てすぐ目の前に玄関扉が1つあり、他にはなかったことから、この最上階は彼のこの部屋だけということになる。
それに小犬達に見とれていてすっかり忘れていたが、家の中もかなりの広さがありそうだった。
ええっと。あの人は……何者?
考えて答えが出るわけもなく、私は一旦その件については置いておくことにしたのだった。
1人と分かっていてもやはり落ち着かず、コソコソと服を脱ぐと、私は意を決して浴室に足を踏み入れた。広すぎるという事もあるが知らない人の家のお風呂に入るなんて、やはりどうしても落ち着かない。
でも今後、入れるチャンスが無いかもしれない、と言う事で、髪も体もきっちり洗ってしまった。急いで脱衣所に出て、バスタオルで体を拭く。
そして着替えだと、渡されたバスローブを探すが、……無い……。
あれ……?
ふとそこで、巻いていたバスタオルの裾を引っ張られた気がしたので目線を下げてみると、私は、思考が停止した。
だってまさか、家の脱衣所にチンパンジーが出るなんて思わない。思ったこともない。
そう、そこに居たのは、私が着るはずのバスローブを手にしているチンパンジーだった。
歯茎を見せてニッと笑う。
この家には猿もいるのか。……というか、チンパンジーってペットとして飼えるのか?
疑問は多々あったが、とりあえず私は尋ねてみた。チンパンジーは頭がいいはずだ。
「ね、それ返してくれないかな?ほら、私こんな格好じゃ……って、ちょっと!!」
私の問いかけを無視して脱衣所を飛び出し、廊下を走りだすお猿さん。
「待ってってば!」取り戻す為に、私は何の躊躇もなく、半ば衝動的に後を追った。が、すぐに後悔。その猿が行き着いたのは、お約束といえばお約束、普段着に着替え、髪をタオルで拭きながら別の部屋から出て来た1人の男の足元だった。
勿論、この家の主である。
そして現在の私の格好はと言えば、バスタオル1枚なわけで。
「ぎっ……、ぎゃ~~!」
もう叫ばずには居られなかった。
しばらくして私は、これまた広いリビングに案内された。
シックな装いの綺麗な部屋だが、隅に犬用のトイレが置かれていたり、ちょっと散らかっていたりと生活感がある。
うながされ、高そうなソファーに腰掛ける。
「あの、先程は、大変失礼しました……」
名前も知らない人に裸(タオルは巻いていたけど)を見られるなんて。女子としてどうなのだ。それに叫ぶならもっと可愛く叫びたかった、なんて思ってしまったりして。
「この子イタズラ好きなんです、こちらこそすみませ……」膝の上に居た先程の猿に頬をつねられ、彼は言葉を止めた。
「いひゃいいひゃい」と、飼い主なのにペットに遊ばれている。そこは躾として叱らなくていいのか。へんなの。
「動物、お好きなんですか」
私の足元に座るクロちゃんの頭を撫でながら聞いてみる。
「嫌いではないんですけど」
「……?」
「全部、クロが拾ってきたんですよね」
「え、クロちゃんが?」
思わず撫でていた手を止める。
「それも、雨の日に」彼が意味ありげにそう述べるから、「"雨"……」と同じ言葉を口にしてすぐにピンときた。自分の顔が強張ったのが分かった。
だって、何だかそれって、まさに今日の、私の状況ではないか。
「今日も仕事から帰って、玄関の扉を開けたらクロが飛び出して行くもんだから、またかと思ったんですけど」
ほら、やっぱり。
「私が居たって事ですね」今の私の状況だ。
つまり、私はクロちゃんに拾われたということか。
迷子や捨てられたであろう動物達と同じだなんて、あまり喜べない。だが、間違ってはいないかもしれない。
ここがどこなのか分からないし、捨てられたというか、捨ててきたというか、……逃げてきたのは事実。
今度は私の膝の上に来たお猿さん。頭を撫でてあげた。子供用らしきピンクの可愛いワンピースを着ているところを見ると女の子のようだ。
キュッと人差し指を握られ「可愛い…」思わずそうもらすと、ふと、隣に座りなぜか嬉しそうに笑う彼と目が合った。
「な、何ですか」
「寝ちゃいましたね、サー」
「さー?」
「その子の名前です」
そっと覗けば、確かにすやすやともう寝ている。
…………。
「あの、その"サー"って名前は猿の"さ"から、とかじゃ無いですよね」まさかとは思ったが、浮かんだ疑問を私はそのまま聞いてみた。
すると「わぁ、よく分かりましたねぇ」と、目を輝かせて感心してきた。
これが天然というやつか?
「黒いからクロちゃん、猿の"さ"からサーちゃん、どれもちょっと簡単すぎませんか」
「そうですかね」
クスリと笑ったその顔はとても妖艶で、また私の頬は熱を帯びた。気付かれないようにと、ゆっくり、自然を装って顔を下に向ける。
本当、この人に会ってから、何だか私の心臓はおかしい。
って、ちょっと待った。
違う違う。おかしいのは私の心臓なんかよりも、この状況だ。見ず知らずの男とソファーに座って談笑って……おかしすぎる。ヤバすぎる。
壁に掛けられた時計を見ると22時を過ぎている。さすがにもうここを出なくては。
「あ、あの、制服もう乾きましたよね……?着替えてきます」
「?はい」
勢いよく立ち上がったので、サーちゃんの目を覚まさせてしまったが仕方が無い。そのまま飼い主に返し、私は慌ててリビングを出た。
本当、何をしているんだか。
すっかり乾いていた制服を着ながら反省会。
知らない男の人の家で、しかもバスローブ姿でお喋りって……。
それにあの人はどこかうさん臭い気がする。敬語のせいだろうか、目の前で会話をしていても、見えない壁を作られているような、そんな雰囲気。
まぁ、悪い人では無いようだけれど。
クロちゃんが見付けた動物達だって保健所に連れて行くという手段もあるのに、全部面倒を見ているようだし。
そこで私の着替える手がピタッと止まる。
何で私はあの人の事ばかり考えている……?
とりあえず今は、一刻も早くこの家を出なくてはいけないというのに。
出てから後の事は、まぁ、またその時に考えればいい。
制服を着終わり、リビングに居るあの人に帰る事を伝える。
すると、予想外の展開が私を待ち受けていた。
まず、クロちゃんが私に向かって凄い勢いで吠え始めたのだ。
唸り声をあげるのではなく、『わんっわんっ』という大きな鳴き声の繰り返しで、つまり怒っている訳ではなさそう。
まるで、もっと居てほしい。帰るな。と言っているかのよう……。
なんて、そんなわけないか。
「こらクロ、静かにしなさい。あ、じゃあ家まで送りますね」
そして、彼はそう言うとポケットから車の鍵を取り出し左右に振って見せてきた。
私は困った。そんなニコニコ顔で言われても。
「だ 大丈夫です。1人で帰れるんで」
「駄目ですよ。何かあったらどうするんですか。危ないでしょう?」
「ほんと、平気なんですけど……」
笑顔でそう言いたかったのに、顔が引きつって上手くいかない。
だって……。
あぁもう、お願いだから送るなんて事はやめてほしい。
「でも、あ、もしかして家を知られたく無いとかですか?大丈夫ですよ、変な事考えていたりしませんから」
変な事って何だ。
「いや、あの、そうじゃなくて……」
「?」
「わ、私……」
今思えば、送ってもらい、これが私の家だと適当に指を差し、降ろしてもらえば良かった。
でもこの時、そんな事は微塵も思いつかなくて、馬鹿正直きに言ってしまったのだ。
「私……家出中、なんです」
ぐっと拳に力を込めて、下を向いて言った。実際に言葉にすると、結構きた。
「…………」
あれ……。黙ったままの彼を不思議に思い、ちらっと見てみると、ポカンといわんばかりの顔をしていた。
「ええと、……は?……イエデ?」
「う、はい。ですから家には帰らないので、送って下さらなくても結構なんです」
「それじゃあ、これから友達の家に……?」
それは初め考えていたが……。
「すぐ見付かるのがオチなんで、これから……公園、とかに」
「……は?……コウエン?」
2回目の"……は?"も、信じられないという顔で言われた。当たり前か。
「だからお気持ちだけもらっときます。本当にお世話になりました」私は玄関へ行こうと背を向けた。しかし肩を掴まれ、また前を向かされる。
「?」
「……だったら、うちに来ませんか」
「……は?」今度は私がその言葉を言ってしまった。
だって今、彼はさらっと何と言った?
足元を見ると、すっかり大人しくなり尻尾をパタパタ振るクロちゃんに、手を叩いてご機嫌のサーちゃんがいた。
なんだか、歓迎モード?
「それに今年のゴールデンウィークはずっと雨みたいですよ。それでも公園で過ごすんですか?」にこりと天使の微笑み。
そうは言っても、1つ屋根の下に、今日初めて会った男女が一緒に住むってどうなの。
つまり私は居候ということか?
「や、でも、大丈夫なんですか、彼女さんとか。……やっぱり出てきますね私」
「ああ、今は居ませんから、全然平気です。まぁ座って下さい」
歩き出した私を彼は容易に捕らえ、またソファーに座らせてきた。
"今は居ない"。"今は"。その言葉は、どう考えても以前は居たという事を示していて、当たり前の事なのに、不思議と胸の辺りがチクンと痛んだ。そんなこと、どうだっていいのに。
「それより、お名前は?まだ聞いていませんでしたよね。一緒に住むのだから、知っておかないと」
どうやら、私がここに留まるという事は決定しているらしい。了承した覚えはないのだが。
見かけによらず強引すぎる。
でも、まぁ、いっか。
そう思う自分が居たのも事実だった。
ここは初対面の男の人の家。なのに、危ないとは思わなかった。もう、そうは思えなかった。
「えっと、名前ですよね。私、上田…………」
「上田…?」
「……は、花子、です」
本名を言ったら身元がばれ、家に連絡……。そう思い、咄嗟に偽名を使ってみたものの、これは……失敗だろうか。
「”は、花子”って。自分の名前噛んでどうするんですか。喧嘩売ってるんですか」
「っ!」失敗だ。
見た目的にはさっきまでと何一つ変わらない笑顔。しかし、私はどこかどす黒いオーラを察知した。
「そう言う堂本さんは何て言うんですか……?」
とりあえず話を変えてみる。
すると、さっきまでとは一変、私が名字を知っていて驚いたのだろう「エスパー…?」と、大人とは思えない言葉を彼は口にした。
「表札です表札、入る時に見たんです」
この人、本物の天然だ。私は本気でそう思った。この時は。
「なるほど、表札」納得しているのを無視して再度名を尋ねると、これまた天然発言が炸裂した。
「じゃあ、太郎で」
「"じゃあ"って何ですか、"じゃあ"って」
「花子と太郎で完璧じゃないですか」
完璧って。あなたのその笑顔の方がよっぽど完璧ですが。
そう思ったものの、満面の笑みで言われ、気が付いたら首を縦に振っていた。
自分の本名を言いたくなかったというのもあるが、どうも私は、この人の笑顔に弱いらしい。
聞いておけばよかったと後悔する日が来ることを、まだ私は知らない。
「じゃあ、おいくつなんですか、太郎サンは」
ノンキという言葉がふさわしかったと、今なら思える。
「太郎でいいですよ、呼び捨てで。えっと今、26ですかね」嫌味を込めて太郎と言ったつもりだったが効かなかったらしい、サラリと返される。
「って、え、26!?見えない、ですね」
てっきり20代前半だと思っていた私は、思わずじっと彼を見る。大きめの目、高い鼻、間違いなく顔は整っている方だろう。何より、つい最近大学を卒業したと言っても不思議ではない顔をしている。
「気持ちは永遠の16歳なんですけどねえ」
腕を組み、キメ顔で、そんな事を言うのはやめて欲しい。台無しだ、色々と。
「こんな同い年、居たら気持ち悪いです」
「気持ち悪いって……、え。じゅ、16歳なんですか?なんだか、犯罪の臭いが……」
「こっちのセリフですよそれ」
「ねー」膝の上のサーちゃんに言っていると、隣で「あ」と言う声がする。
「どうかしたんですか」
「そう言えばうち、客室が無いんでした今。部屋、どうしましょう」
「…………」
それならば、軽々しくうちに来いなどと言わないでいただきたい。
「じゃあ、やっぱり私、帰りま……」
「でも片付ければ、どうにかなるかもしれないです」私の言葉を遮り言うと、いきなり立ち上がり、手を、引っ張ってきた。
言っておくが、私は異性と手を繋いだことはない。
それなのにそのままどこかへ連れて行かれ、一段と心臓は速まる。それに手を繋ぐ必要はないような、いや、絶対にない。
「ど、動物王国……?」
今のが連れて来られた部屋を見ての私の感想だ。さっきの子犬達の他にも、猫や鳥、大きな水槽には熱帯魚がいるこの部屋。どうやらここが元客室らしいのだ。
クロちゃんかサーちゃんのものなのか、白いシーツのベッドには所々黒い動物の毛が付いている。あきらかに御愛用中のようだ。
さすがに、ちょっと。
私の雰囲気を察してか、「う~ん、じゃあ」と、また私の手を取り動物部屋を後にするこの男。当たり前のように繋がれた手。
最初繋がれた時も思ったのだがこの人、絶対女慣れしていると思う。平然とした顔で私の手を握っているし。……なんだか、悔しい。
「――で、いいですか?」
突然、目の前に彼の顔が現れる。それもドアップで。
「は、はいはい!分かりましたからっ!とにかく離れ……」
「じゃあ、そうゆう事で」
「はい」と渡されたのは、また袋に入った新品のバスローブ。
「は……?」
「疲れたでしょう、先に寝ていて下さい。僕はバスルームに」
「ち、ちょっとっ」
彼は微笑んでさっさと出て行ってしまった。意味が分からない。
いつの間にか連れて来られたこの部屋は、白い壁に濃い茶色の絨毯、真ん中には何サイズだろうかとても大きな黒いベッドがあって、あとは部屋の隅にパソコンが乗った机、ベッドの脇には3つの引き出しが付いたチェストがある。
「寝室、だよね」私は一人つぶやく。
"先に寝ていて下さい"?
まさかここで一緒に寝ろというのか?
そうか、さっき聞いてきたのはこの事だったのだろう。
そして知らずに私は了承してしまったのだ。
着替えるため、ネクタイをとる。
風呂から彼が出て来たらガツンと言ってやるつもりだった。私は子供じゃないのだと、女の子なのだから、と。
最悪ソファーで寝よう、そこまで考えていた。本当に。嘘じゃない。