第7話 シシ肉の煮込み
「Bだって!すごいね!お祝いしなきゃ」
ギルドを出た瞬間、マイが言った。さっきまでの涼しい顔が嘘みたいに、少し浮き足立っていた。
「ここの酒場のシシ肉の煮込みがおいしいんだよ。行こう」
引っ張られるままについていった。
酒場は賑やかだった。カラフルな髪の人間が酒を飲んで笑っている。マイは慣れた様子で奥の席に座った。常連らしい。
「これとこれ」
メニューを指差して注文した。メニューの文字が読めた。日本語だった。でもマイは気にしていない。
料理が来た。シシ肉の煮込みだった。匂いが懐かしかった。山梨で食べたイノシシの煮込みに似ていた。
「おいしい?」
「ああ」
「よかった」マイが笑った。「これからダンジョンに二人で潜れるね。ダンジョンってね、層になってて、深くなるほど強い魔物が——」
「なあ」
遮った。
「何か欲しいスキルとかある?強くなりたいなら、私が——」
「なあ」
もう一度言った。
マイが口を閉じた。
「この世界、なんかおかしくない?」
静かに言った。マイが固まった。
「何が」
「全部。文字が読める。飯の匂いが懐かしい。お前が日本語を喋ってる。それだけじゃない」俺は続けた。「お前、俺のこと知りすぎてる。何が食べたいか、何が怖いか、どこに連れて行けばいいか。なんで全部わかるんだ」
マイは何も言わなかった。
「してみたいことない?とか、何か欲しいものない?とか、さっきから俺に聞いてるよな。まるで、俺が何を答えるか確認してるみたいに」
マイの目が揺れた。
「それは——」
「お前はなんでこんなに親切にしてくれるんだ」
「助けてもらったから」
「そうなんだけど」
俺はシシ肉の煮込みを見た。本当に懐かしい味だった。異世界の料理がなぜこんなに懐かしいんだ。
「そうなんだけど、それだけじゃない気がする」
マイは俯いた。
長い沈黙だった。酒場の喧騒だけが続いた。
顔を上げた時、マイの表情が変わっていた。さっきまでの必死さが消えていた。
「……もう無理」
小さく言った。
「ごめん」




