手記
【静峰信博のスクラップ帳】
マイへ。
お父さんだよ。
目が覚めたら、世界が変わっていた。病院のベッドで、看護師から色々と説明を受けた。長い時間が経っていたらしい。お母さんも目が覚めていた。マイはまだ眠っていると聞いた。
混乱した。正直に言う。
落ち着いてから、社会のことを調べた。どうもマイに関係することがわかってきた。だからこれを書いている。マイが目覚めた時に混乱しないように、順番に整理しておこうと思う。スクラップにしながら、お父さんが知ったことも書き添えていく。
マイが読む時、お父さんがそばにいるかどうかわからない。だから書いておく。
◇◇◇
〔記事①〕1985年8月 大分新聞
【国東市の女子高生、行方不明】
国東市文殊在住の静峰さやか(18)が自宅付近で行方不明となった。本人の所持品は自宅に残されており、事件と事故の両面で捜査を進めている。
◇◇◇
覚えているだろうか。お姉ちゃんのさやかが行方不明になった時のことを。
マイが「お姉ちゃんは聖女召喚されたんだよ」と言っていたやつだ。あの時は何を言っているのかさっぱりわからなかった。でも今なら信じられる。今の世界を見たら、何でも信じられる気がする。
さやかが元気でいることを祈っている。向こうの時間の流れは違うらしいから、さやかにとってはまだ少ししか経っていないのかもしれない。それだけが救いだ。
◇◇◇
〔記事②〕1990年7月 大分合同新聞
【国東市の中学生、自宅で意識不明】
国東市文殊在住の静峰舞(14)が自宅にて意識不明の状態で発見された。救急搬送されたが意識は戻っていない。外傷はなく、脳波は正常を示している。同日、海外からの小包が届いており、同封されていた菓子を食べた直後に倒れたとみられる。食中毒の可能性として捜査を進めている。
◇◇◇
マイが倒れた日のことは、今でも鮮明に覚えている。
朝、居間でマイが倒れているのを見つけた。呼びかけても反応がなかった。救急車を呼びながら、お母さんが泣いていた。
小包はさやかからだった。手紙と一緒に飴玉が入っていた。「マイに食べさせてね」と書いてあった。マイが食べたのは、その飴玉だった。
あの時は食中毒だと思っていた。まさかそんなことになるとは思わなかった。
手紙を届けてくれた古池の人には、本当に感謝した。遠いところをわざわざ持ってきてくれた。でもマイの昏睡でそれどころではなくなってしまった。
飴玉をもっと食べたかった、という気持ちは、その時は不思議に思ったが、今ではよくわかる。
◇◇◇
〔記事③〕2000年9月 大分合同新聞
【国東市夫婦、相次いで昏睡状態に】
国東市文殊在住の静峰信博(42)、明子(40)夫妻が自宅にて相次いで意識不明の状態となり搬送された。外傷はなく、原因は調査中。
◇◇◇
これはお父さんとお母さんのことだ。
さやかからまた小包が届いた。ドライフルーツが入っていた。マイはまだ眠っていたから、せめて私達でと思って、明子と一緒に食べた。
それからのことは覚えていない。
目が覚めたら2024年だった。
◇◇◇
〔投稿コラム〕2010年 玖珠新報 読者の声
【最近の若いもんはなっとらん】
最近いやなことがあった。
不思議なことだが、10年前、20年前に気がついたらワシの畑に海外からの手紙が落ちとるんだ。差出人は外国語で読めんが、宛先だけ日本語で書いてある。10年前も20年前も、わざわざ書かれとる住所に届けにいったら、泣いて喜ばれた。だからワシも悪い気はしなかった。
それで今年も落ちていたんだが、今回はカラスにでも突かれたのか、鮮やかな色の死んだネズミみたいなものと、その横に手紙が落ちておった。ワシは嫌がらせかとも思ったが、まあ届けるかと思って住所を辿ったんだ。2時間もかかった。
したら、引っ越しておった。
表札も変わっとるし、近所の人に聞いたら何年も前に出ていったという。転送届も出しとらんのか。2時間かけて届けにいったのに。
ネズミは山に放おったぞ。手の混んだ嫌がらせもあったもんだ。最近の若いもんはなっとらん。
玖珠町 農業 72歳
◇◇◇
〔記事④〕2015年 玖珠新報
【玖珠町古池地区、動植物の異常相次ぐ。注意を呼びかけ】
玖珠町古池地区において、動植物の異常が相次いで報告されている。畑の作物が通常の数倍の速度で成長する事例や、山中で通常より大型化した野生動物の目撃情報が確認されている。また、昆虫類の行動異常も複数報告されており、町は住民に対し不審な動植物には近づかないよう注意を呼びかけている。原因は不明。
◇◇◇
〔記事⑤〕2018年 大分新聞
【玖珠町古池地区周辺、野生動物による被害が増加。専門家「原因不明の変異の可能性」】
玖珠町古池地区周辺で野生動物による農作物や家屋への被害が増加している。目撃されている動物は通常より大型化しており、行動パターンも通常と異なると専門家は指摘する。また同地区では原因不明の昏睡患者も散発的に報告されているが、関連性は不明。大分県は調査チームを派遣する方針を示した。
◇◇◇
〔記事⑥〕2020年 大分新聞
【古池地区で倒れる住民相次ぐ。一方で「奇跡の回復」事例も】
玖珠町古池地区で原因不明の昏睡患者が増加している。一方で末期癌や難病からの回復事例も複数報告されており、地元では古池神社のご利益として語られ始めている。県は両現象の関連性について調査中としている。なお飲食物の摂取が症状に関係している可能性があるとして、同地区産の食品について注意を呼びかけている。
◇◇◇
〔記事⑦〕2021年3月 大分新聞
【古池地区の昏睡患者が突然回復。「願ったら治った」証言相次ぐ】
玖珠町古池地区で長期昏睡状態にあった複数の患者が相次いで回復した。回復した住民からは「治ってほしいと強く念じたら治った」という証言が複数寄せられており、地元では古池神社の奇跡として話題となっている。県の調査チームは現象の原因究明を急いでいるが、詳細は不明としている。なお同地区では依然として原因不明の昏睡患者も発生しており、県は飲食物の摂取に引き続き注意を呼びかけている。
◇◇◇
〔記事⑧〕2021年9月 読買新聞西部版
【大分県玖珠町、「願いが叶う現象」を政府が本格調査へ】
大分県玖珠町古池地区で報告されている「願いが叶う現象」について、政府が本格的な調査に乗り出すことが明らかになった。同地区では住民が念じるだけで病気が回復したり物体を動かしたりする事例が確認されており、政府は専門チームを派遣する方針だ。情報の一部は既に規制されており、詳細の公表は控えられている。
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〔記事⑨〕2022年2月 西日新聞
【古池地区の全住民に「魔力」確認。移住者が急増、行政が対応に追われる】
玖珠町古池地区の全住民に「願いを叶える力」が備わっていることが政府の調査で確認された。
この「願いを叶える力」は、回復や発火だけでなく、物質生成や思考誘導など多岐にわたる。
なかには、氷点下になっても凍らない水、などの新たな法則を生み出す願いも可能だという。
政府はこの新たな法則を生み出す力を「魔法」と定義した。
そしてこの力の源を「魔力」と定義し、力の源となる物質を「魔素」、体内で生成される石を「魔石」と命名した。魔石は次世代エネルギーとしての研究が開始されている。一方、同地区への移住希望者が急増しており、行政は対応に追われている。なお電磁波と魔石の相性が悪いことが判明しており、同地区では電気製品の使用が困難となっている。テントや簡易小屋で生活を始める移住者も多く、治安面での懸念が高まっている。
◇◇◇
〔記事⑩〕2022年11月 読買新聞
【「魔石」の転売横行、アメリカなど海外への流出も。政府が規制強化へ】
魔石の転売が横行していることが明らかになった。国内のみならずアメリカをはじめとする海外への流出も確認されており、政府は規制強化を急いでいる。一方、魔石を大量に使用することで魔力の効果範囲を拡大できることが研究で判明しており、各国が注目している。なお魔力の行使については、単に願うのではなく魔力を込めながら願う必要があることが確認されており、不用意な使用による事故も相次いでいる。政府は正しい使用方法の周知を急いでいる。
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〔記事⑪〕2023年4月 朝目新聞
【古池地区で殺人事件。魔力を使った犯行か。政府が強制封鎖を決定】
玖珠町古池地区で魔力を使用したとみられる殺人事件が発生した。被害者は移住者の男性で、魔力による攻撃を受けたとみられる。これを受け政府は同地区の強制封鎖を決定した。また魔力に関する情報の大手ネットへの投稿規制も開始されたが、闇サイトでの情報流通は増加しており、法律整備が急がれている。
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〔記事⑫〕2023年7月 読買新聞
【魔力研究、急速に進展。「上位者」の存在が判明。政府、協力者を探す】
魔力の研究が急速に進展している。複数の人間が同時に矛盾した願いを行使した場合、より早く魔素を取り込んだ者の願いが優先されることが判明した。政府はこの法則を「上位者制度」と定義し、最上位の魔力保持者を特定する調査を開始した。なお魔石を大量使用することで効果範囲の拡大が可能なことも確認されており、各国が魔石の確保を急いでいる。
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〔記事⑬〕2023年9月 西日新聞
【「魔人」の定義、政府が公式発表。魔素を取り込んだ者を「魔人」と定義】
政府は魔素を体内に取り込んだ者を「魔人」と正式に定義した。魔人は魔力を行使できるが、魔素を含む飲食物を摂取し続けることで制御される側面もあることが判明している。また複数の魔人が矛盾した願いを行使した場合、より早く魔素を取り込んだ者の願いが優先されることも確認された。なお魔石は動物の体内で生成されることから、家畜を使った魔石生産の研究も開始されている。
◇◇◇
〔記事⑭〕2023年11月 朝目新聞
【古池地区の昏睡患者、魔素との関連が判明。政府が覚醒プログラムを開始】
古池地区周辺で発生していた昏睡患者について、魔素を含む飲食物の摂取が原因であることが正式に確認された。政府は魔素を含む水を投与することで昏睡患者を覚醒させるプログラムを開始した。現在までに数十名が覚醒しており、順次拡大していく方針だ。覚醒した患者は全員魔人となっており、魔力を保持している。
また、このことを受けて、現在立ち入り制限がなされている古池地区への魔素を含む水の違法な取水が横行しており、対策が急がれている。
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〔記事⑮〕2024年1月 読買新聞
【魔力最上位者の特定進む。一般市民への情報公開は限定的に】
政府が進めていた魔力最上位者の特定調査が大きく進展した。調査の結果、古池地区に縁のある特定の人物が最上位者である可能性が高いことが判明したとされるが、詳細は非公表とされている。政府は当該人物への接触を試みていると発表した。なお今回の調査結果については国家安全保障上の理由から情報公開を限定的とする方針が示されており、一部メディアから批判の声も上がっている。
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〔記事⑯〕2024年3月 朝目新聞
【昏睡患者の覚醒プログラム拡大。一部患者は依然覚醒せず】
政府の覚醒プログラムが全国規模に拡大された。これまでに数百名が覚醒し、魔人として社会復帰している。一方で一部の患者については魔素水の投与を行っても覚醒しない事例が報告されており、原因の解明が急がれている。なお覚醒した患者の中に魔力最上位者とみられる人物の家族が含まれていることが関係者への取材で明らかになった。
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〔記事⑰〕2024年4月 朝目新聞
【魔力最上位者とみられる夫婦が覚醒。政府が極秘で保護へ】
魔力最上位者とみられる夫婦が覚醒プログラムにより意識を回復したことが関係者への取材で明らかになった。政府は両名を極秘裏に保護しており、詳細は非公表としている。なお両名には未覚醒の次女がいるとされるが、こちらについても詳細は明かされていない。
◇◇◇
マイへ。
魔力の上位者法則があるらしい。政府の調査の結果、私達夫婦が最も上位らしい。紙を切る、切れないとテストした結果だ。ちなみに明子より私の方が上らしい。
そして、政府に協力してほしいといわれた。日本において魔力を消すか、影響がないように願って欲しいとのことだ。
それから、マイのことを把握された。当然か。これだけの重要な事案だ。昏睡者を全て特定したのだろう。
家に保管してあったさやかからの手紙も見られたらしい。身辺調査の時に発見したようだ。調査はそりゃ当然か、世界の未来を託す相手だからな。
手紙は失敗した。マイのことを知った時に処分しておくべきだった。手紙にはあの童話風の経緯の話と一緒に「飴を食べてね」と書かれていたわけだし。
聖女召喚については政府でも議論になっているようだ。ゲートがその手紙付近にあるだろうから特定して対策するらしい。
ただ、届いたものから推測するに、向こうの1週間がこっちの10年らしい。だからさやかは無事なんだろうな。でもこっちに帰ってこようとすると、時が調整される。干からびるように。つまり、こっちに帰ってきても無事じゃ済まないということか。
そもそも帰れる方法もないし、帰るつもりもないらしいな。
今はそんなことを考えている場合ではないな。とにかくマイのことが心配だ。
◇◇◇
〔記事⑱〕2024年5月 読買新聞
【魔力最上位者の家族に14歳の少女。世論に波紋】
魔力最上位者とみられる夫婦の次女に、長期昏睡状態にある14歳の少女がいることが明らかになった。専門家の試算によれば、少女の魔力は両親を大幅に上回る可能性があるとされ、波紋が広がっている。政府は少女の覚醒については慎重に検討するとしている。なお一部からは「14歳の少女に世界の命運を委ねるのか」との批判も出ており、議論が続いている。
◇◇◇
〔記事⑲〕2024年5月 週刊文秋オンライン
【眠れる少女は神か悪魔か。「静峰舞」をめぐる宗教団体が乱立】
長期昏睡状態にある静峰舞をめぐり、複数の宗教団体が活動を開始していることが明らかになった。「舞様を神として崇めよ」とする団体から「悪魔の子を目覚めさせるな」とする団体まで、主張は様々だ。また「眠ったままにしておいた方が本人も幸せではないか」という意見もネット上で広がっており、社会的な議論となっている。政府は宗教活動の規制について検討を始めたと発表した。
◇◇◇
マイへ。
話が大きくなってきた。みんな自分勝手だ。自分が14歳の少女の下位になるのが怖いのだろう。
明子の様子がおかしい。情緒不安定だ。仕方ない。
政府に協力している。どうも上位者であっても、能力の範囲や願いの質は別問題らしい。魔素をなくす、という願いは5メートルの範囲しか効かなかった。無理な願いらしい。魔力のことを忘れる、だと夫婦二人でやっても覆えるのは市の範囲程度か。相当厳しい。政府も大変だ。私達も協力する。
それから、マイが暗殺者に狙われた。某国の諜報員らしい。魔法を使っていた。
魔法での反撃を初めてした。といっても、相手が出した炎に対して、それを消すように願うだけだが。私を貫こうとした氷の刃は、私の身体に触れた瞬間に霧散した。私の身体は貫けない、という制御が自然に働いたのだろうか。
だが安心できない。つい衝動的に、可能な限り範囲を広くして、マイのことを忘れる願いを行った。他にも暗殺者がいるかもしれなかったから。そうしたら一般人にも影響が出たらしく、問題になった。
なんとか許してもらえた。ただ、私達への監視が強くなった。マイも一緒だからいいのか。
◇◇◇
〔記事⑳〕2024年7月 朝目新聞
【「ノアの方舟計画」始動。魔素未汚染地域への移住プロジェクトが本格化】
政府および国際機関が主導する「ノアの方舟計画」が本格始動した。魔素の影響が届きにくい地域を選定し、魔素未汚染の人間を優先的に移住させるプロジェクトだ。移住には厳格な審査があり、裕福な層を中心に申請が殺到している。一方で移住できない層からの反発も強まっており、社会的な亀裂が深まっている。なお上位の魔力保持者が参加することで移住先の安全を保障する仕組みも検討されており、複数の魔人がプロジェクトへの協力を表明している。
◇◇◇
マイへ。
ノアの方舟計画のことは知っているだろうか。あれには防護用に、古池村の住民が一人関わっているらしい。まだ魔素に侵食されていない孫を乗せるのと引き換えに、上位の力で守るそうだ。
私もその立場になれば良かったのかもしれない。でもマイは乗せてもらえないだろう。
明子が限界に近づいている。避難というより監禁に近い。そりゃそうだろう、私達は最上位の魔人だ。逃げられない。
今日、いつもの実験だった。今回は国の許可のもと、大量の魔石を使用し、広い範囲で「魔力のことを忘れる」を試みた。
失敗だった。大量の魔石を消費しても、せいぜい県の範囲が限界だった。また次に別の場所で行うらしい。
◇◇◇
〔記事㉑〕2024年9月 読買新聞
【政府の忘却実験が発覚。「不公平な魔力消去」に批判殺到】
政府が特定地域の住民の魔力に関する記憶を消去する実験を行っていたことが明らかになり、批判が殺到している。実験は一部地域に限定されており、「なぜその地域だけが対象なのか」という不公平感から抗議運動が拡大している。政府は実験の正当性を主張しているが、法的な問題も指摘されており、対応を迫られている。
◇◇◇
マイへ。
やはり狭い範囲への影響はよくないとのことになった。不公平とのことだ。次は「魔法で他人を攻撃してはならない」という制約でいくそうだ。大量の魔石が集まり次第、やるそうだ。
明子はもう限界のようだ。でもマイのためだ。しょうがない。
マイへ。
私達のことがテレビにも出るようになった。避難施設に移ることになった。
外では、マイを目覚めさせろという声と、目覚めさせるなという声が混在している。どちらも自分の都合だ。誰もマイのことを考えていない。
明子が私に言った。もうここから出たい、と。
出られない。わかっているはずなのに。
◇◇◇
〔記事㉒〕2024年10月 朝目新聞
【魔人排除運動、全国に拡大。「魔人と共存できない」署名100万件超】
魔人の存在に反発する運動が全国規模に拡大している。「魔人は人間ではない」「魔力を持つ者と普通の人間は共存できない」とする署名活動には100万件を超える賛同が集まっており、一部地域では魔人への暴力事件も発生している。政府は魔人の人権保護を訴えているが、対応は後手に回っている。なお静峰夫妻については政府が厳重に保護しているとしているが、施設の場所は非公表のままだ。
◇◇◇
〔記事㉓〕2024年11月 読買新聞
【ノアの方舟計画、第一陣が出発。移住できない市民から怒りの声】
ノアの方舟計画の第一陣となる移住者が出発した。移住先は宇宙ステーションとなる。魔石の利用により、本格的な稼働が開始されている。審査を通過したのは資産家や政府関係者が中心であり、一般市民からは「金持ちだけが助かるのか」との批判が噴出している。移住先の安全を保障するため上位の魔力保持者が同行しているとされるが、詳細は非公表だ。施設周辺では連日抗議活動が続いており、一部では暴動も発生している。
◇◇◇
マイへ。
施設の外が騒がしい。毎日だ。
マイを目覚めさせろという声が大きくなっている。お前が全部解決しろ、お前の親だろ、という怒鳴り声が聞こえる。明子は耳を塞いでいる。
私はこう思う。みんな追い詰められているだけだ。悪い人間ではないのだろう。ただ怖いのだ。自分たちが見捨てられることが。
でも明子には伝えられない。明子は限界だ。
◇◇◇
〔記事㉔〕2024年12月 西日新聞
【各地で暴動相次ぐ。「魔人最上位者の夫婦が解決せよ」デモが過激化】
各地で暴動が相次いでいる。特に静峰夫妻が保護されている施設周辺では過激な抗議活動が続いており、「最上位者が責任を取れ」「14歳の少女を今すぐ目覚めさせろ」とする声が高まっている。政府は警備を強化しているが、施設への侵入未遂も発生しており、緊張が続いている。なお静峰夫妻の次女とされる人物の昏睡状態は依然継続しており、政府は覚醒については慎重に検討するとしている。
◇◇◇
マイへ。
今日の実験のことを書く。
今回は「魔法で他人を攻撃してはならない」という制約を、大量の魔石を使って広範囲に行う試みだった。
失敗だった。魔石をどれだけ積み上げても、制約できる範囲に限界がある。魔素そのものが世界中に広がってしまっているから、根本的な解決にはならないらしい。
政府の担当者の顔が暗かった。
明子が実験の後、ずっと窓の外を見ていた。何も言わなかった。
マイへ。
夜中に明子が起き上がった。マイの病室に行こうとしていた。止めた。
この状態でマイが目覚めたら、どうなるか。明子には言えなかった。ただ、行かせられなかった。
明子が泣いた。ずっと泣いていた。
◇◇◇
〔記事㉕〕2025年1月 The New Yorks Dimes
"Mass Disappearance Reported Across Japan and Surrounding Regions. Cause Unknown."
【日本および周辺地域で大規模な人口消失。原因不明】
1月某日、日本全土および周辺地域において大規模な人口消失が発生した。消失は瞬時に起きたとみられどの国の機関にも救援等の要請は来てなかった。消失の範囲は日本全土に加え、一部のアジア太平洋地域にも及んでいるとされる。原因は不明。いまだに情報はあがってきていない。日本政府機能は事実上停止しており、海外からの調査団が現地入りを試みているが、魔素の濃度が高く難航している。
◇◇◇
マイへ。
今日のことは書くか迷う。
明子が限界だった。
施設の外からまた声が聞こえていた。お前たちが全部解決しろ、という声だった。明子は耳を塞いでいた。それでも聞こえていたのだろう。
魔石を使って制約を発動するタイミングだった。明子の様子がおかしかった。でも私は実験のことで頭がいっぱいだった。
明子が願った。
あたり一面から、人が消えた。
どこまで消えたかわからない。窓の外を見た。誰もいなかった。施設の廊下も、誰もいなかった。
明子は笑っていた。
これで安心して三人で暮らせる、と言った。
◇◇◇
マイへ。
マイは消えていなかった。
私も消えていなかった。明子も。
明子はまだ笑っている。
◇◇◇
マイへ。
明子を楽にさせた。
明子がマイを目覚めさせようとしたからだ。この状態でマイが明子を見たら、どう思うか。それだけは、できなかった。
ごめん。
◇◇◇
マイへ。
マイを目覚めさせた。
今の世界でマイの生命を維持するのは難しかった。設備はほとんど動かない。電気がない。人もいない。
マイに強くなってもらうしかない。
お父さんにできることは、もうこれ以上ない気がする。
だからこのスクラップ帳を渡す。
全部読んでくれ。ただ、最後の方はマイにはまだつらい内容が書いてある。だから18歳になった時に開けてくれ。その時お父さんがそばにいるかどうかわからないから、預けておく。
マイへ。
元気でいてくれ。
それだけでいい。
お父さんより




