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薔薇の海


 暗闇を歩く。

 何にも見えないはずなのに、目の前には光り輝く王子様がいた。

 ギフトは慌てて王子様に近づき、手を伸ばすが、王子様は暗闇へと消えていってしまう。

 どうして逃げるの?

 どうして私を置いていくの?

 もう私のことが好きじゃないの?

 叫んでも王子様は現れない。

 目の前にはただ、冷たい暗闇があった。


 (酷い夢だわ……)

 目の前は白い天井だった。

 ギフトは気づけばふかふかなベットの上で寝ていた。

 身体を起こすと、白い壁に少しの白い小物が置いてある小さな部屋にいた。

 (レターがここへ運んでくれたのかしら)

「きゃー!かっこいいー♡」

 ギフトはすぐにベットから飛び出し廊下に出た。廊下には赤いカーペットが敷いてあり、終わりの見えないぐらい長かった。廊下にある大きい窓からは赤黒い光が差し込み、白いギフトの羽を赤く染めていた。

 (そういえば……)

 ギフトが自身の翼を確認する。

 赤い血痕で染まっていた羽が綺麗な白色の羽へ戻っていた。

 相変わらずボロボロに砕けた羽だが、それでも嬉しかった。

 ギフトはスキップをしながら廊下を駆け抜けた。

 その姿はまるでお城の舞踏会へ向かう馬車のように見えた。

 ギフトが長い廊下を抜けると、赤い王座に座るレターの姿があった。

 レターはギフトを見るや王座から立ち上がった。

 ギフトはすぐにレターの元へ走り、抱きついた。

「レター!」

 レターは驚いた様子でギフトを受け止めた。

「騒がしい……」

「騒がしいってなによ!それより、私を運んでくれたのね!ありがと♡」

 ギフトはレターを抱きしめる力を強めた。

 レターは鬱陶しいそうに顔を歪めるが、ギフトを離そうとはしなかった。

 その様子にギフトはにこにこと上機嫌に笑ってレターを見上げた。

「レターは私のことが好きなのね!」

 レターはギフトを見つめてため息をついた。

「そんなわけが無いだろう」

 レターはギフトを突き放し、再び王座に座った。

 レターは不機嫌そうに肘を立てて座っている。

 ギフトは「ひどーい!」とレターを睨みつけてから、隣の王座に腰をおろした。

 それから天井を見上げた。

 天井には大きな輝くシャンデリアがぶら下がっていた。

 ギフトはまるで自分がお姫様になったような気持ちになり、微笑んだ。

「王子様とね、将来こんな城に住もうって約束したのよ!愛の告白のセリフは『君を僕のお姫様にするよ』って言われたのー♡もー!やだー♡恥ずかしいー♡」

 ギフトは興奮気味にキャーキャーと叫びながら隣に座るレターを叩いた。

「痛い、やめろ」

 レターは無表情でギフトの手を叩き返した。

 ギフトは足をバタバタと揺らし、過去を思い返すように微笑んでいた。

 (王子様……)

 思い返していても仕方がないと思った。

 (今は自分がどう生きるかを考えなくっちゃ!)

 ギフトは目を無表情のレターを見つめた。

「ここから天国へ帰れる道はあるの?」

 レターは面倒くさそうにため息をついた。

「ない」

「本当にないの?」

「ここは当たりが崖で覆われ、ひとつの島のようになっている。その翼が回復しない限り、ここは出られないだろうな」

「ふーん。でも、出ていかないから安心してね!どうせ出ていっても帰る場所なんてないんだもの!」

 ギフトはレターを全身を舐めまわすように見た。

 それからぱっと顔を明るくした。

「やっぱり貴方とっても素敵。今まで何人の女の子を抱いたのか気になるわ♡」

 ギフトのうっとりする目にレターはにやりと口角を上げた。

「抱いた女の数なんかいちいち覚えていない。だが、抱いた女は皆、天使だったな」

「天使?私以外の天使がここに来たの?」

「ああ、天使たちは翼が壊れてここに辿りついた」

 レターは過去を思い出すように目を伏せた。

「皆、今お前が座っている王座に座りたがった。夜は俺に抱いてくれと言った」

 ギフトはレターを見つめる。

 レターは艷めく黒の髪を流し、青白い肌をしている。

 (こんなに綺麗なんだもん。みんな惹かれるよ)

 ギフトはレターの髪の毛に触れた。

 髪の毛一本一本がギフトの小さな手に絡んでいく。

 ギフトは微笑んだ。

「王子様も、たくさんの女の子を抱いてた」

 ギフトの微笑みはどこか冷たく、切なかった。

 ギフトはレターの髪を離して立ち上がった。

 そのまま大理石の床の上で優雅にお辞儀をした。

 その姿はまるでおとぎ話のお姫様のようだった。

「王子様はね、死んでよかったの」

 ギフトは丁寧に足と手を動かし、社交ダンスを踊り始めた。

「私以外の女の子を抱くなんて、とても悲しかった」

 ギフトはどこか儚げに目を伏せ、優雅に回転をする。その度に羽が舞散った。

「王子様ともう一度踊りたいな」

 ギフトの踊る様子をレターは無表情のまま見つめた。

「もう一度、抱かれたいな」

 ギフトは動きを止め、その場に座り込んだ。

 ギフトは床に映る自分を見つめ、目を見開いた。

 乱れた髪の毛、青白く血色のない肌、ボロボロの羽。

 すべてがギフトにとっては嫌だった。

 (こんなの……天使じゃない……)

 王子様といたころのギフトと今のギフトは全く違うものだった。

 ギフトはボロボロの羽に触れた。

 繊細な羽はギフトが触る度にぴくりと震えた。

 ギフトはその感覚をえて、一滴の涙を流した。

「いや……私はこんなブスじゃないわ……。こんなに汚くもないし、涙なんて、流さないわ……」

 一滴の涙が床に落ちる。

 その涙を見たレターは立ち上がり、ギフトの背後に立った。

 ギフトはレターの気配に気づき、視線を下げた。

「どうしたの?こんな私が哀れ?」

 ギフトは大粒の涙を流した。

「いいよね、レターは。ずっとひとりでいられるから、大切な人と離れ離れになる悲しさなんて分からないんだものね」

 ギフトは顔をぐちゃぐちゃにして涙を流す。

「誰かに好きな人を奪われる悲しさだって、貴方は知らないものね。ずるいわよ……。こんな思いするくらいだったら、最初からずっとひとりぼっちが良かった……」

 ギフトの視界が涙で霞んだ。

 目の前には白い大理石と複数の薔薇。

 ギフトは顔を上げた。

 辺り一面には赤い薔薇が敷き詰められていた。

 ギフトはひとつの薔薇に触れた。

 薔薇はギフトを受け入れるように、手の中へ消えていった。

 ギフトは立ち上がり、振り返った。

 レターは不敵に笑、一輪の薔薇をギフトに差し出した。

「俺の前で泣いた女は、お前が初めてだ」

 ギフトは無意識にレターの薔薇を受け取った。

 ギフトは貰った薔薇を見つめた。

 (薔薇はこんなにも綺麗だったかしら……)

 ギフトから見た薔薇は赤く光り輝いていていた。

「昔、王子様に薔薇を貰ったことがあるの。でも、こんなに綺麗じゃなかったわ」

 ギフトは微笑み、レターに抱きついた。

「ありがとう」

 レターは満足そうに口角を上げた。

 ふたりは薔薇の海の中。

 美しい薔薇には刺がある。

 この薔薇を通り抜けて、ふたりに会える者はきっといないだろう。

 もし居たならば、その者には天使の翼を与えよう。









 

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