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「コード・オブ・メモリア -虚構に咲く約束-」  作者: ささみやき
第二章 霧の谷へ

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第8話 『到着』

村を出てから、三日が経過した。ついに霧の谷の入り口に到着した。


「……あれが、霧の谷か」


春人が立ち止まり、遠くを見つめる。

谷はまるで深い眠りに包まれているように、静かに霧を湛えていた。

その霧は風に流れることなく、地面に這うように漂っている。

ユウも足を止め、真剣な表情で言った。


「ここから先は、気を引き締めないと。霧の中では、幻影が見えることがあるって言われてる。記憶に触れる霧……って、長老が言ってた」

「さてと、ユウ。どう攻略する?」

「霧の中では方向感覚が狂うらしい。だから、互いの声を頼りに進むしかない」


白い靄が地面を這うように漂い、視界はすでに曖昧だった。


「よし、準備はいいか。ユウ」

「あぁ……霧の谷に入るぞ」




*

二人は互いの声を頼りに、霧の谷を慎重に進んでいた。

足元の草が白く濡れ、視界は数メートル先までしか届かない。

音も、空気も、どこか異質だった。

そのとき――霧の奥で、何かが揺れた。


「……ユウ、今の見えたか?」


春人が立ち止まり、目を凝らす。

ユウもすぐに足を止め、警戒するように短剣に手を添えた。

霧の向こうで、影がゆらりと揺れている。

人影のような、幻のような。

風もないのに、輪郭だけがゆっくりと近づいてくる。


「……誰か、いる」


二人は息を潜め、じっとその姿を見つめた。

やがて、霧が少しずつ晴れていく。

ぼんやりとした輪郭が、次第に人の形を成していく。

そして――その姿がはっきりと現れた。


「……ミナ……?」

ユウがそう呟く。

そこに立っていたのは、確かにミナだった。

あの優しい瞳。あの柔らかな髪。

けれど、彼女は何も言わず、ただ霧の中に佇んでいた。


「ユウ、あれは幻影だ。本物のミナは村にいる」

「あぁ、分かっている」


攻撃してくる気配も、声を発する様子もない。

ただ、そこに“いる”。


「……どうするべきか」


春人は短剣を握り直しながら、思案する。

このまま素通りしていいのか。

それとも、何か反応を待つべきなのか。

霧が揺れる。

空気が、わずかに張り詰める。

――そのときだった。

ミナの体が、かすかに動いた。

ほんの少し、首が傾いたように見えた。

まるで、春人たちの存在に気づいたかのように。


「……ユウ、どうして私を置いていったの?」


その声は、霧の中からふわりと届いた。

柔らかく、けれど確かに胸を突く響きだった。

ユウの心臓が、ドクンと大きく跳ねる。

その姿、声、仕草――すべてが、あまりにも“本物”だった。


「ミナ……? ミナ、なのか……」


思わず名前を呼んでいた。

足が勝手に前へ出る。

理性が止めようとしても、心が追いかけていた。

霧の中に立つ彼女は、まるであの日のまま。

眠る前の、笑っていた頃のミナだった。

ユウは短剣を下ろし、そっと手を伸ばす。

その指先が、幻に触れようとした――

その瞬間だった。

霧の中に立っていた“ミナ”の姿が、ぐにゃりと歪んだ。

髪が逆立ち、瞳が闇に染まり、口元が裂けるように広がる。

まるで人の形を模した何か――異形の魔物へと変貌していく。


「っ……!」


春人は反射的に木製の短剣を抜き、迷うことなくそれを投げつけた。

短剣は空を裂き、異形の胸元に突き刺さる。

だが、魔物は血を流すこともなく、ただ不気味に笑った。


「ユウ! そいつは、ミナなんかじゃない! 魔物だ!」


叫びは霧を突き抜け、ユウの耳に届いた。

その声に、ユウはようやく我に返る。

目の前にいたのは、記憶を喰らう幻影――

ミナの姿を借りた、霧の谷の魔物だった。















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