第6話 『危惧すること』
村を出てすぐ、石畳の道はやがて土の小道へと変わった。
両脇には背の低い草が広がり、朝露に濡れた葉が陽光を反射してきらめいている。
春人はスリッパの底に伝わる土の感触を確かめながら、ユウと並んで歩いていた。
「この道、王都まで続いてるのか?」
春人が尋ねると、ユウは頷いた。
「うん。昔は交易路だったらしいけど、今はほとんど使われてない。霧の谷を越えるのが危険だから、みんな避けるようになったんだ」
「それでも、地図には道が残ってるんだな」
「記憶の塔に関係する道だから、完全には消されないんだと思う。封記騎士団が通ることもあるし」
その言葉に、春人は少しだけ眉をひそめた。
“封記騎士団”――記憶を封じるために病者を回収する、塔直属の騎士団。
まだ見ぬその存在に、春人は漠然とした警戒心を抱いていた。
それは、ただの不安ではなかった。
“封記騎士団”という名に込められた響き――記憶を封じる者たち。
その役割があまりにも重く、冷酷に思えたからだ。
ユウによれば、騎士団は塔直属の精鋭で構成されているという。
彼らは感情を見せず、命令に従って淡々と病者を回収していく。
村人の間では、「一人で百匹の魔物を相手にできる」と噂されるほどの実力を持ち、
その黒外套は“記憶の影”と呼ばれて恐れられていた。
「戦うための騎士じゃない。記憶を守るための騎士なんだ」とユウは言った。
だが、春人にはその“守る”という言葉が、どこか“封じる”ことと同義に聞こえた。
彼らがもし、ミナの存在を知れば――
容赦なく彼女を塔へ連れていくだろう。
その確信が、春人の胸に静かに根を張っていた。
いずれにせよ、記憶の塔に目指すならば、封記騎士団との衝突は避けられないだろう。
「なぁ、ユウ。ミナのあの状態って……長く続くと、やっぱりまずいのか?」
春人の問いに、ユウは少し首を傾げながら答えた。
「うーん……たぶん、大丈夫だと思う。少なくとも、今すぐ命に関わるって感じじゃない。どうして?」
春人は少しだけ言葉を選びながら、視線を前に向けた。
「この旅、俺たちにとって――かなり過酷なものになる気がする。精神的にも、体力的にも」
ユウは足を止め、春人の顔をじっと見つめた。
そして、口元に薄く笑みを浮かべる。
「……それを承知の上で、旅に出るって決めたんだろ? まさか今さら、おじけづいたのかよ、ハル」
「違う。そうじゃない」
春人は即座に否定した。
その声には、迷いではなく、確かな危機感が滲んでいた。
「俺が気になってるのは……この旅に“戦う力”が必要になるんじゃないかってことだ」
風が吹き抜ける。
草の匂いが、微かに緊張を和らげるように漂った。
「魔物が出るって話もあるし、封記騎士団のこともある。もし、ミナを守るために誰かと戦わなきゃいけないとしたら――俺たち、ちゃんと立ち向かえるのか?」
ユウはしばらく黙っていた。
その瞳は、春人の言葉の奥にある“覚悟”を見つめていた。
そして、静かに答えた。
「……わかってる。僕も、ずっと考えてた。でもさ、ハル。戦えるかどうかじゃなくて、戦う“理由”があるかどうかが大事なんじゃないか?」
春人は目を見開いた。
ユウの言葉は、年齢以上に重く、まっすぐだった。
「ミナを助けたい。その気持ちがあるなら、僕たちはきっと、必要な力を手に入れられる。そう信じてる」
春人は、少しだけ笑った。
「……頼もしいな、ユウ。15歳とは思えないよ」
「ハルが隣にいるからだよ。僕ひとりだったら、こんなこと言えなかった」
「なあ、ユウ。やっぱさ、ある程度はバトルのシミュレーションしといた方がいいと思うんだよな」
春人がふと立ち止まり、空を見上げながらぼそっと言う。
「……ほう。それはつまり、どういう意味かな?」
ユウが片眉を上げて、ニヤリと笑う。
春人は肩をすくめて、にやっと返した。
「模擬戦、やってみようぜ。軽くでいいからさ。お互いの実力、知っておいた方がいいだろ?」
「……ふっ、言ったなハル。後悔しても知らないからな?」
「お手柔らかに頼むよ、先生」
「その余裕、すぐに消してやる」
風が吹き抜ける草原の真ん中で、二人は向かい合った。
それは、ただの遊びじゃない。
これから始まる旅に備える、最初の“本気”だった。




