第5話 『旅たちの朝』
朝霧が村を包み込んでいた。
空はまだ薄暗く、遠くの森から鳥の声がかすかに聞こえる。
春人はユウの家の前で、肩に布袋を背負いながら空を見上げていた。
昨日の星々はすでに消え、空は静かに夜と朝の境界を揺らしている。
ユウが家の中から出てきた。
母親が縫ってくれたケープを羽織り、腰には薬草と乾いたパンを詰めた革のポーチ。
その表情には、緊張と覚悟が混ざっていた。
「待たせた。準備、できたよ」
春人は頷いた。
彼の持ち物は、ユウの母親が用意してくれた地図と水筒、そして自分のスリッパ――唯一、元の世界と繋がるもの。
ユウの母親が、家の前まで見送りに来ていた。
その顔には不安と祈りが混ざっていた。
「王都までは遠いわ。途中で引き返してもいいのよ。無理だけはしないで」
ユウは母親の前に立ち、真っ直ぐな目で言った。
「僕、もう子どもじゃない。ミナを助けるために、自分で決めたんだ。だから……信じてほしい」
彼女は少し驚いたように目を見開き、そして静かに頷いた。
「……わかったわ。ユウ、あなたの選んだ道を信じる」
春人はそのやり取りを見守りながら、静かに頭を下げた。
「ありがとうございます。必ず、ミナさんを助ける方法を見つけてきます」
*
村の通りを歩く二人に、何人かの村人が気づき、声をかけた。
「ユウ、どこへ行くんだい?」
「旅人さんも一緒かい?」
「まさか……王都へ?」
ユウは立ち止まり、振り返って答えた。
「ミナを助けるために、“記憶の塔”へ向かう。僕たちで、答えを見つけてくる」
一瞬、沈黙が流れた。
だが、誰も否定の言葉を口にしなかった。
むしろ、その瞳には、かすかな希望が灯っていた。
「気をつけてな」
「“霧の谷”には入るなよ。迷ったら戻れなくなる」
「“封記騎士団”に見つかったら、すぐに引き返せ。塔のことは……誰も知らない。でも、あんたたちなら、何か変えられるかもしれない」
春人は、ユウと並んで村の門をくぐった。
その先には、石畳の道が森へと続いている。
*
風が吹いた。
春人のパーカーが揺れ、スリッパが土を踏みしめる音が響く。
ユウが隣で言った。
「ハル、僕……怖くないわけじゃない。でも、ミナを置いて何もしない方が、ずっと怖い」
春人は、少しだけ笑った。
「俺も、ここに来て良かったと思ってる。まだ理由はわからないけど……やるべきことは、見つかったから」
二人は、霧の谷へ向かって歩き出した。
その背中には、まだ見ぬ真実と、眠る少女の願いが乗っていた。




