第3話 『封印の病と記憶の塔』
春人は、ミナの穏やかな寝顔を見つめながら、静かに言葉を漏らした。
「……彼女を助けられないかな」
その声は、誰に向けたものでもなく、ただ胸の奥からこぼれた願いだった。
目の前の少女は、まるで時間が止まったように眠っている。
苦しんでいる様子はない。けれど、確かに“生きている”気配がある。
ユウはその言葉に、わずかに目を伏せた。
そして、低く静かな声で答えた。
「僕も、ずっとそう思ってた。けど……村の人たちは“封印の病”だって言って、もう希望を持とうとしない。まるで、決まった運命みたいに」
春人は眉をひそめた。
「封印の病……?」
ユウは春人の方を見て、少し驚いたように目を見開いた。
「知らないのか……。じゃあ、説明するよ」
彼は少し考えるように視線を落とし、言葉を選びながら話し始めた。
「突然、意識を失って、目を覚まさなくなる。体は生きてるのに、心が閉じ込められたみたいになる。昔から、そういう人が時々現れて……そうなると、王都から“封記騎士団”が来て、その人を“記憶の塔”に連れていくんだ」
春人はその名に反応した。
「騎士団……?」
ユウは頷いた。
「塔直属の騎士団。黒い外套に銀の紋章をつけてて、村の誰とも話さない。感情も見せない。ただ、決められた通りに動いて、病にかかった人を連れていく。まるで……記録を回収するだけの存在みたいに」
春人は眉を寄せた。
「それって……治すんじゃなくて、封じるってことか?」
「そう。“記憶の塔”は、癒しの場所じゃない。記憶を封じて、世界から切り離す場所だって言われてる。誰も中に入ったことはないし、連れていかれた人が戻ってきた例もない。だから……僕はミナをここに留めた。母さんも、王都に送るなんてできないって言ってくれて」
春人は、ミナの顔をもう一度見つめた。
その表情は穏やかで、まるで夢を見ているようだった。
だが、彼女の胸はわずかに上下し、確かに“生きている”ことを示していた。
その瞬間、春人の中で何かがはっきりと形を持った。
目の前の人々は、ただの演出や設定じゃない。
彼らは、確かに“生きている”。
そして、自分は――この世界にいる意味がある。
「……俺がここにいるのは、偶然じゃない」
春人は、誰に向けるでもなく、静かに呟いた。
ミナの眠る姿を前にして、彼の中に芽生えたのは、責任でも使命感でもない。
それは、ただ純粋な“やるべきこと”への確信だった。
「彼女を助ける。それが、俺の始まりなんだ」




