第2話 『リクヴィル村』
木々のトンネルを抜けると、視界がぱっと開けた。
そこには、こぢんまりとした村が広がっていた。
石造りの家々が並び、屋根には藁が丁寧に編み込まれている。
畑では数人の村人が作業をしており、遠くから子どもたちの笑い声が聞こえる。
村の中央には、古びた井戸と一本の大きな木が立っていた。
「ここが、リクヴィル村だよ」
ユウが振り返って言った。
その顔には、誇らしさと少しの緊張が混ざっていた。
春人は、村の景色を見渡しながら、胸の奥に奇妙な感覚を覚えていた。
どこか懐かしく、でも確かに“現実とは違う”世界。
空の色も、空気の匂いも、微妙に異なる。
「……静かで、いい村だな」
「うん。みんな優しいよ。ちょっと変わった人もいるけど、それも含めてこの村らしさかな」
ユウは笑いながら、村の奥へと歩き出す。
春人もその後を追った。
スリッパの底に、石畳の感触がじわりと伝わってくる。
*
村の通りを歩いていると、何人かの村人がユウに手を振った。
「おかえり、ユウ」
「今日は森に行ってたのかい?」
そんな声が飛び交う中、春人の姿に気づいた村人たちは、少しだけ驚いたような顔をした。
「……旅人かい? 珍しいね、この村に来るなんて」
「うん、ハルは道に迷ってたんだ。僕が見つけたんだよ」
ユウの説明に、村人たちは納得したように頷いた。
だが、春人の服装――パーカーとジーンズ、そしてスリッパ――には、やはり視線が集まる。
「変わった服だね。どこの織り手のものだい?」
「えっと……ちょっと遠くの村で」
春人は苦笑しながら、曖昧に答えた。
それでも、村人たちは深く詮索することなく、穏やかな笑みを返してくれた。
*
「まずは、僕の家に来て。ミナのこと、話したいから」
ユウの言葉に、春人は頷いた。
彼の背中には、何かを背負っているような重みがあった。
ユウの家は、村の端にある小さな石造りの家だった。
屋根には乾いた藁が敷かれ、壁には手作りの飾りが吊るされている。
扉を開けると、木の香りと、煮炊きの残り香がふわりと漂った。
「ただいま」
ユウの声が家の中に響く。
春人は、そっとスリッパのまま上がり、軋む床板の音に耳を澄ませた。
奥の部屋から、柔らかな足音が聞こえてきた。
現れたのは、優しげな雰囲気をまとった女性だった。
肩までの栗色の髪を布でまとめ、エプロン姿の彼女は、ユウに微笑みかける。
「おかえり、ユウ。あら……その方は?」
「森で倒れてたんだ。ハルっていうんだ。道に迷ってたみたい」
春人は軽く頭を下げた。
「母さん、ハルを少し休ませてあげてもいい?」
「もちろんよ。大変だったでしょう。どうぞ、遠慮なく」
彼女の声は穏やかで、どこか疲れが滲んでいた。
春人はその理由を、すぐに知ることになる。
*
「こっちがミナの部屋」
ユウが奥の扉を指さすと、母親がそっと言葉を添えた。
「ミナちゃんは、今も眠ったままなの。もう何日も……。村では“封印の病”だって言われてるけど、私にはただ、苦しんでるようにしか見えない」
彼女は扉の前で立ち止まり、静かに言った。
「ユウが小さい頃から、ミナちゃんはずっと家族のような存在だったの。ご両親が亡くなってからは、私が面倒を見てきたのよ。だから、ここにいてもらうのがいいかなって思って……」
春人は頷いた。
その言葉には、深い愛情と責任が込められていた。
ユウは扉をそっと開ける。
そこには、小さなベッドがあり、ミナが静かに横たわっていた。
ミナは、まるで眠っているだけのようだった。
明るい茶髪が枕に広がり、顔は穏やかで、白いワンピースを着ている。
胸元には、小さな花飾りが添えられていた。
春人は、彼女の顔を見つめながら、胸の奥がざわつくのを感じた。
この世界に来た理由はわからない。
でも、ここにいる意味は、少しずつ形になり始めている。




