第1話 『幼馴染』
二人は並んで草原を歩き始めた。
春人の足元では、柔らかな草が風に揺れている。
スリッパに伝わる感触は、現実と変わらない。むしろ、現実よりも鮮明に感じるほどだった。
ユウは軽やかに歩いていた。
細身の体に似合わず、足取りはしっかりしている。
時折、春人の方を振り返っては、にこっと笑う。
その笑顔には、どこか懐かしさと、年齢以上の落ち着きがあった。
「ハルって、旅人なの?」
ユウがふいに尋ねた。
声は穏やかだったが、どこか探るような響きがあった。
「いや……たぶん違う。気づいたら、ここにいたんだ。記憶が曖昧でさ」
春人は、嘘をついているわけではなかった。
この世界に来た理由を説明する術がない。
“ゲームの中に入った”などと言っても、通じるはずがない。
「そっか……でも、なんだか不思議だね。ハルの服、見たことない形だし」
ユウは春人のパーカーを指さす。
この世界には存在しない素材なのだろう。
春人は苦笑しながら、肩をすくめた。
「俺も、君の服は初めて見るよ。麻布って言ったっけ?」
「うん。村の織り手さんが作ってくれた。丈夫で、風通しもいいし、動きやすいんだ」
ユウは誇らしげに胸を張った。
その姿が微笑ましくて、春人は少しだけ心が和らいだ。
*
草原の向こうに、木々が密集した小さな森が見えてきた。
その先に、村があるらしい。
「リクヴィル村って、どんなところなんだ?」
春人が尋ねると、ユウは少し考えてから答えた。
「小さな村だけど、静かで落ち着いてる。畑を耕す人もいれば、薬草を採る人もいる。みんなそれぞれの役割を持ってる。ミナも、よく森で花を摘んでたよ」
「ミナ?」
「僕の幼馴染。今は……病気で寝たきりなんだ」
ユウの声が少し沈んだ。
その瞳に、憂いが差す。
「ミナは、小さい頃からずっと一緒だった。笑ったり、喧嘩したり、くだらないことで競い合ったり……でも、いつも隣にいてくれた」
春人は黙って聞いていた。
ユウの言葉は、まるで本物の人間の記憶のようだった。
「ある日、突然倒れて……村の人たちは“封印の病”だって言った。王都から“封記騎士団”が来る前に、どうにかしないとって思ったけど……」
ユウは言葉を切った。
その瞳は、迷いと焦りの色を帯びていた。
「僕、ずっと悩んでた。どうすればミナを助けられるのか、何をすればいいのか……でも、村の外に出るのは怖かった。誰も行ったことがないし、魔物も出るって言われてるし……」
春人は、ユウの横顔を見つめた。
その表情は、NPCのものではなかった。
人間のように、いや、人間以上に繊細な葛藤が滲んでいた。




