第1話 Sランクパーティー追放
この世界では、生まれたときに神から“スキル”が与えられる。
【雷撃】や【剣聖】、【治癒】に【精霊交信】……
派手で強力なスキルを授かった者は、周囲に称賛され、特別扱いされる。
そして十五の歳、成人の儀式で正式に“固有スキル”が刻まれる。
俺も、ずっと夢見てた。
誰もが憧れるような、かっこよくて、強いスキルを。
親父は村の剣士だった。母さんは回復のスキル持ちで、村では尊敬されていた。
だから、きっと俺も――そう信じてた。
でも、結果はこうだった。
【運】
たったそれだけの、意味すらわからないスキルだった。
スキル一覧にも説明はなく、戦闘にも使えない。目に見える効果もない。
先生は「珍しいスキルだな」としか言わなかった。
親父は「まあ、きっと何かの役に立つさ」と言った。
母さんだけが、少し寂しそうな顔をした。
その日から、俺の人生は、どこかズレた場所を歩き始めた気がする。
訓練では誰よりも努力した。剣も魔法も練習した。でも、スキルを持つ奴らとの差は歴然だった。
【火球】を操る少年は才能と呼ばれ、【剣速】を持つ少女は剣術大会で優勝した。
そして俺は、「なんかツイてる奴」として、微妙な笑いの対象になった。
火の玉が俺だけに当たらなかったとか、罠を踏んでも発動しなかったとか。
そんなことが何度か続いて、周囲は次第に「なんか不気味だな」と言い出した。
幸運ってのは、羨ましがられるくせに、信用されない。
それが、“俺のスキル”だった。
――それでも、信じたかった。
これはきっと、特別な力なんだと。
いつか何かを変えられる“鍵”なんだと。
……だけど、今こうして、S級パーティーから追い出されて、笑われて、独りになって――
どうやら、あの日の期待はただの幻想だったらしい。
【運】
俺の人生を変えた、たった一つのスキル。
それが、すべての始まりであり、すべての終わりだった。
******
「――リオ、お前は、今日で《黎明の牙》を抜けろ」
グランの言葉が、刃のように突き刺さった。
一瞬、耳がおかしくなったのかと思った。何度も頭の中で反芻する。けれど、現実は何度繰り返しても変わらなかった。
「……冗談、だよな?」
俺は笑おうとした。でも、誰も笑わなかった。
「冗談に聞こえるか?」
グランは冷たい目で俺を見据えた。五年、一緒に戦ってきた仲間の目じゃない。ただの“戦力外”を見る目だった。
「……どうしてだよ。何か、俺がミスしたか? 足を引っ張ったか? ――俺、何かやったか?」
自分でも情けない声だった。だけど、止まらなかった。言葉が、必死に縋りつこうと喉をついて出た。
「何もやってねぇからだ」
グランのその言葉が、一番痛かった。
「お前のスキルは“運”。それだけだ。剣も魔法も使えねぇ。あらゆる戦闘で、俺たちのフォローに回ることすらできてない」
「だけど――」
「お前が生きてるのは運がいいからだろ? それだけだ。そこに“実力”はねぇんだよ」
わかってた。誰よりも俺自身が、わかってた。
俺には攻撃スキルもなければ、防御も回復もできない。
【運】――ただそれだけ。地味で、戦闘にも影響があるのかさえ怪しいスキル。
それでも、ここまでやってこれたと思ってた。
何度も死にかけた。だけど、そのたびに、仲間と支え合って乗り越えてきた。
俺が偶然見つけた裏道で罠を回避できた時もあった。
戦いの最中、敵の致命打が俺だけに当たらなかったことも、あった。
それを、みんな“たまたま”“運がいいな”で済ませて笑ってたじゃないか。
信じてたんだ。それでも一緒に歩いてるって、そう思ってたんだ。
「ミリア……お前まで、なにも言わないのかよ……?」
唯一、俺に優しく接してくれた魔術師のミリアに視線を向けた。けど、彼女は俯いたまま、小さく震えていた。
「……ごめん、リオ……私、言い出せなかった」
裏切られた、とは思いたくなかった。でも、そうだったんだろう。
俺は、とっくに“いらない存在”だった。ただ、誰も口にしなかっただけ。
「は、はは……そうか。俺、今まで――勘違いしてたんだな」
笑った。笑うしかなかった。悔しくて、惨めで、情けなくて、涙がこぼれそうだった。
「……荷物は、後で送る」
グランが言い捨てるように言って、背を向けた。
それで終わりだった。俺の、五年間が、終わった。
******
ギルドの扉を開けた瞬間、街の喧騒が耳に飛び込んできた。
光が眩しかった。どこまでも晴れ渡る空が、ひどく遠く感じた。
通りを歩く人々の目が、ちらちらとこっちを見ているのがわかる。
聞こえる声がある。
「あいつ……追い出されたらしいぞ」「やっぱ運だけじゃな」「S級のくせに役立たずだったんだってよ」
耳を塞ぎたかった。けど、それすら、格好悪くてできなかった。
歩くたび、地面が沈むような気がした。今まで誇りだったギルドバッジが、鉛のように重かった。
仲間の声が、笑顔が、昨日までの景色が、頭の中に浮かんでは消える。
手を差し伸べたとき、背中を守ったとき、笑い合った酒場の夜――
全部、幻だったんだろうか。
俺は、最初から、誰にも必要とされていなかったのか?
******
気づけば、街の外れの丘に立っていた。
ここは、初めて冒険者になったとき、一人で空を眺めた場所だった。
同じ空を見てるのに、まるで違って見える。
こんなに、広くて、冷たい世界だったなんて。
「……俺は、なんだったんだろうな」
呟いても、答える者はいなかった。
風だけが吹いていた。
涙が、知らぬ間に頬を伝っていた。
仲間のためにって思ってた。役に立ちたいって、ずっともがいてた。
スキルが地味でも、戦えなくても、誰かの力になれるって、信じてた。
それが、全部独りよがりだったんだ。
俺は、ただの荷物だった。
みんなが気づいてて、俺だけが気づいてなかった
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