#2
高校に入学して数ヶ月
僕はごく普通の高校生活を楽しんでいた。
恋愛とは無縁だが、部活に勉強、数人の友達とつるむ日々。
当時の僕は感じていなかったが、確かに僕は青春の最中にいた。
夏の終わりに逆らうかのように、セミがけたたましく鳴いている。
太陽がジリジリと地面を照らす、暑い日の昼下がり、
僕は実家から一時間ほどの場所に住む、祖母の家に向かっていた。
「夏休みで暇してるんだから、顔くらい見せてきなさい。」
母親の言葉に逆らう術など、あるはずもない。
両手に大量の荷物を持たされ、恨み言を呟きながら、電車に乗った。
人もまばらな電車の席に座り、両手の荷物を膝に抱える。
荷物を支える為に両手は塞がっている。外には変わりのない田んぼと山。
変わらない気色への退屈と、疲れもあって、僕は電車に乗って数分もしないうちに、眠りの世界に誘われていた。
カサリ
何かが擦れる音に目をあける。
ボンヤリとした視界に何かの影をとらえる。
その視界が鮮明になるとともに、僕は目を疑った。
僕のほんの目の前には、女の子の顔があった。
薄く茶色がかった瞳が驚いたように見開かれる。
数秒間、彼女の瞳に釘付けになって、時が止まったかのような錯覚に陥る。
そんな僕をよそに、緩く弧を描く彼女の口が開かれ、言葉を紡ぐ。
「私の方に転がってきたから、戻そうと思ったんだけど。起こしちゃいましたね。」
彼女の綺麗な眉毛の端が、困ったように下げられる。
目線を落とすと、彼女の白い手には紙袋の一番上に乗せられたはずの夏蜜柑が握られていた。
あっっ、、
「すみません、ありがとうございます。」
急いで、お礼を言い、蜜柑を受け取る。
「大丈夫だよ。じゃあここで降りるから。」
そう微笑んで、彼女は僕に手を振る
「またね」
後ろを向いた彼女は、そのまま電車を降りた。
ボンヤリとした頭で彼女を見送る。
桜色のワンピースに茶色がかった肩まである髪の毛を揺らす後ろ姿と、彼女の美しい薄茶色の瞳、鮮やかなオレンジ色の夏蜜柑を握る白くスラリとした手。
彼女の纏う色彩が、やたら鮮明に僕の記憶に残った。
ひと夏の美しい思い出、その記憶は季節外れの桜色をしていた。