4-3話 「ネスト」
イレヴンという呼び方はおよそ人の名前ではない。【中央技術管理局:CTMB】でのフォーキンシリーズ11号機専属パイロットの略称である。
今のイレヴンもその候補として養成されたクローンの1人でしかなく、以前まではイレヴンではなかったし、他の者がイレヴンとなる未来もあっただろう。
しかし、計画が進むにつれてイレヴン候補は徐々に数を減らし、最終選別の結果が今のイレヴンを残した。
まず、彼の趾行は先天性のものである。機体にパイロットの神経を接続して操縦する都合、機体とパイロットの身体構造が同じである必要がある。こちらは通常のアセラントにも言えることなのだが、フォーキン11号の脚は人間のものではなかったため、パイロットは生まれる前にあらかじめ遺伝子を操作され、不幸にも異形の身体に命を宿したのだ。
その後も肉体の成長に合わせて追加で改造手術を施されたり、過酷なシミュレーションで徹底的に鍛えられたり……
パイロットの為に機体が調整されるのではなく、むしろ機体の為にパイロットが調整される境遇に居たのである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌朝。
ニコルはイレヴンに外部声帯――脳波を読み取って言語を出力するデバイスを与えて、機体情報を詳しく教えてもらおうと考えていたのだが、期待外れにも彼は自分の機体のことをよく知らなかった。
自分が兵器を操縦して戦っている事は知っていても、コックピットから出て機体の姿を見たのは昨日が初めてだったくらいだ。上述のように、元居た施設ではあくまでも機体の1パーツとしてだけ機能することを望まれていたからだ。
ニコルはこれに落胆したものの、「ならば自分で解析するのみ!」と勇んで格納庫に向かう途中、眠気で倒れた。……大好きな機械のことに熱中すると、彼女はよくそうなる。
そうして、イレヴンにアンリの迎えが来たところだった。
「それ、ニコルが作ってくれたの?」
アンリはイレヴンが装着しているヘッドセット型の外部声帯デバイスを見ながら訊いた。
「……うん」
短い言葉ではあったが、このやり取りで問題無く機能していることが証明された。
変態気質なニコルではあるが、それ故に作変態気質なニコルではあるが、それ故にこだわりが強く、彼女が徹夜して調整した甲斐はあったらしい。
「くぅ~、仮にもイレヴンの声。私が最初に聞きたかったなぁ……」
「これからいくらでも聞けばいい」
イレヴンは相変わらず無表情ではあるが、アンリの方をじっと見詰めながら男前なセリフをサラリと言ってのけた。
アンリはそんな彼が愛おしくなって、ギュッと抱き締める。
「♡」
「……歩き難い。離れろ」
少々棘のある言い方だが、そこには悪意など無く、命令形の使い方が拙いだけ。アンリはそんなところが余計に愛おしく思った。
間もなく、四角い眼鏡を掛けた少年が駆けて来た――アンリの幼馴染、ユウスケである。
「あ! 君がイレヴンだな? やっぱり、アンリと一緒に居たか」
「ユウスケじゃん。おっは~」
「……はじめまして、オハヨウ」
「おぉ……こちらこそはじめまして、おはよう。今朝は大変なことになってるな」
一応挨拶を返すユウスケではあったが、どこか切羽詰まったような様子だった。
「どーしたの?」
「……見つかっちゃったんだよ、アセラント」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
3人は廊下を走り、シャルロッテの居る執務室の前まで急行した。すると、ユウスケの言った通り多くの人が押しかけていた。
「格納庫にあるのは本当にアセラントなんですか? だとしたらどんな考えで⁉」
「あんなものを保有するのは勘弁してくれ! また戦いに巻き込まれるのはごめんだ」
「シャルロッテさんに会わせてくれい、説明してもらわなくちゃ納得できんぞ!」
老若男女問わず、口々に叫んでいる。
「あちゃ~……これ、どうするよ」
「それが、シャル姉もまだ考えがまだまとまってないみたいで」
アンリとユウスケが困惑していると、イレヴンが呟いた。
「僕の、せい?」
彼の表情はいつもと同じだったけれど、不安と罪悪感を抱いているのは確か。
アンリは俯くイレヴンの肩を持った。
「大丈夫、私はイレヴンの味方だよ。絶対ここに居られるようにしてあげるから!」
そう言うと、アンリはイレヴンの手を引いてシャルロッテのもとへ向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
誰かが裏口のドアを叩いた。
「シャルロッテ、入るね」
断りを入れる声でアンリだと分かり、シャルロッテは少し緊張を緩めた。
開いたドアからはアンリに加えてユウスケやイレヴンも執務室に入って来る。
「何の用だい?」
「シャルロッテが悩んでるって聞いて。相談乗ろうか?」
アンリはネストの初期メンバーであるため、組織内では重要人物にあたる。こうしてシャルロッテの部屋に入ったり、ワーカーで単独行動をしたりすることが許されているのはそれが理由だ。
しかし、今の発言が真意でないことは目に見えている。
「大方、イレヴンを正式にネストに迎えたいって言うんだろう?」
「えへへ、バレちゃってるか」
「どれだけ一緒にいると思っているんだい。それくらいは分かるよ」
明朗でお人好しなアンリは、今までも多くの困窮者を見つけ出し、保護してきた。誰にでも親切に寄り添おうとする彼女を慕うものも多い。
イレヴンも例に漏れず、既に彼女に懐いているようで、今もアンリの隣に立っている。
「だって、ここで私たちが拒絶したら、イレヴンはどこでどう生きるの? 普通と違う改造人間だし、世間知らずだし、喋ることもできないんだよ?」
「……今は喋れるが?」
「拠り所がなくなったらバッテリーが切れて終わりだよ。とにかく! こうやって一度でもネストを訪れた子を突き放すなんて、私にはできない。そうでしょ、シャルロッテ?」
アンリの意見は尤もとは言え、その人間としての情だけで判断を下せるほど事態は単純でない。下に多くの者を抱える組織の長となれば尚更だ。
「……君が連れてきたのはイレヴンだけじゃないだろう?」
「……アセラントのこと?」
「ネストがあんなものを手に入れたら、どうなるか。分からない訳じゃないだろう?」
「……じゃあアセラントだけどこかに放棄すればいいんじゃない?」
「それは最悪の手だ。どこの勢力の手に渡るか、私たちにどんな危害が及ぶか……知れたものじゃない」
「だったら! あのアセラントと――イレヴンと上手くやっていく道を探すべきじゃないの⁉」
アンリが机を叩いて大声で言い放つと、シャルロッテも同じくらい声を大にして言った。
「私だってそうしたいさ!」
彼女の口元からとっくに火の消えた煙草が落ちる。
「でも――」
シャルロッテが普段の態度に似つかわしくない弱音を零しかけたときだった。
押しかける人々を警備員が抑え切れなくなり、ついに執務室のドアがこじ開けられたのだ。
アセラント保有に反対する者たちが一斉になだれ込んで来た……が、存外落ち着いている。皆、アセラントが運んで来る火種を恐れる心は同じで、シャルロッテに何を問い、何を訴えるのかは決めて来ているようだった。
むしろ、事態がこの程度に収まっているのは、普段から積み重ねたシャルロッテの信用の賜物だろうか。
代表して話すのは、居住区を管理するワレンバーグという男だ。
「こんな物々しい訴えになって済まない、シャルロッテさん。だが、俺たちは皆あんたの賢明な判断を待っている……頼む」
これに対し、シャルロッテは苦い顔で俯く。
長として、なるべく多くの者を救わなくてはならない。しかし、自分にも以前から大切にして来た人情というものがあり、少数の声に耳を貸さないのも違う。
激しい葛藤がシャルロッテの唇を重くしていた。
そうして沈黙の時間が流れるうちに、不満の矛先をアセラントだけに留めることができない者が現れ始める。
「クソッ、あの忌々しい子供さえ出て行ってくれれば……」
ワレンバーグの後ろでそう呟く青年は、明らかにイレヴンへガンを飛ばしていた。
誰が情報を洩らしたかは分からないが、アセラントのパイロットとしてイレヴンの姿・名前も既に割れているらしい。
勿論、アンリはその影口を見逃さず、
「ちょい、今の言い方は無いでしょ! イレヴンに謝って」
と言うのだが、今度は彼女自身が反撃を喰らう目に。
「うるせぇ! 謝るならアンリの方だろ!」
「へ?」
「厄介事を持ち込んで来たのはあなただって言ってるんです!」
「そ、それは……」
他の者も加わって、アンリがアセラントを持ち帰った犯人だという事を突き始める。これには狼狽えるアンリであったが、
「大体、そこまでその子にこだわるんだ? 俺たちの害になる存在なのに」
この問いかけに対しては返答がはっきりとしていた。
「害じゃないもん! イレヴンは私の命の恩人なの!」
水を打ったように、皆が静まった……イレヴンただ一人を除いて。
「そうなのか?」
これには一同総ズッコケ。
「アンリを追い詰めていたプロエリウスをイレヴンが撃破し、窮地を救った」のは確かだが、当の本人は「通りすがりの敵機に一発レールガンを撃っただけ」という認識だったのだ。
この行き違いを説明しようとアンリが口を開いたと同時だった――ユウスケの腕に付いていたデバイスに着信が入った。見ると、資源回収用の中継地点である第2拠点からである。彼は唇に指をかざして周りに
「シーッ!」
と合図をしてから、ボタンを押して回線を開く。
「こちらネスト第1拠点のユウスケだ――」
彼が報告を受け取る際の決まり文句を言い終わらないうちに、叫び声のようなものが聞こえて来た。
『緊急事態だ、奴らだ……こんな事これまで無かったのに!』
「落ち着け。奴らっていうのはテレストリス軍でいいのか?」
『あぁ、その大部隊がすぐそこまで迫ってる! とにかく急いで――』
爆発音のような音とともに回線が切断された。執務室にいた全員がその一部始終を聞き届け、場には不気味な静寂が残る。
が、皆がざわつき始めるより先に、閉じられていたドアが開く音が一つ響いた。また、ついさっきまで居たイレヴンの姿が見えない。
「まさか今の――」
アンリも開いているドアから外へ飛び出して行った。