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6話 サンセット・スワン


 イレヴンが本当の意味で戦ったのはこれが初めてだった。

今までのシミュレーションでは、あくまでコンピュータ内に構築された世界でタスクをこなしていただけ。ティニア岬基地急襲の際も実際には違ったが、そう思い込んでいた。

そこには、生きた人間と命の奪い合いをしているという自覚も、何かの為に自分の全てを賭ける覚悟も存在しない。

 しかし、今日は自分から機体に乗り込み、自分で機動し、自分の意思で空を駆けた。敵を蹴る震動、着地する感触、火器を放つ反動、弾丸を受ける衝撃……それと知って感じれば、何もかもが重い。

特に、ジョン・ファットマンからグレネード弾を受けた際、彼は本物の死の恐怖を味わった。

「いかに効率良く敵を掃討するか」だけを考えて来たイレヴンが抱いたその感覚こそが、彼の「先生」が訴えかけていた人間らしさ(・・・・・)なのかも知れない。皮肉にも実戦の中でそれが芽生えたということになるが……


 今日という日がイレヴンにもたらした影響は計り知れないだろう。

だが、一つ確かなことがあるとするならば、それはイレヴンが自らの命を賭して顔も知らないネストの仲間を救ったという事実である。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 被害を受けた第二拠点の復興作業を進めたり、イレヴンが蹴散らした数々の兵器を回収したりするネストのメンバーたち。

一方で、イレヴンは丘に11号機を()め、その掌に座って風景を眺めていた。

戦闘が行われたのは午前中だったというのに、既に日は西に傾いている。


「お、居た!」


皆の手伝いに回っていたアンリだが、仕事を大方済ませたのか彼のもとにやって来た。

彼女も11号機の掌によじ登り、持っていたボトルのうち一本をイレヴンに差し出す。


「何?」


イレヴンは恐る恐る受け取り、色々と観察している。


「ジュース。甘い飲み物だよ」


アンリは彼の質問に答えつつ、蓋を開けるのに手間取っているのを助けてやった。


「プシュッって言った」

「あら、炭酸をご存知ない? まぁ、飲んでみ。飛ぶよ」


イレヴンは小さな口にそれを含んだ途端身震いをして、髪の毛を逆立たせる。

目を丸くする彼の横で、アンリはオッサンのように


「ブハァ~ッ!」


と豪快に飲んで見せた。

また、彼女はイレヴンと同じ遠くの方を眺めて口を開いた。


「改めてさ……ありがとう、イレヴン」

「えっと……どーたしいました」


アンリはくすりと笑った。


「外部声帯って『えっと』まで出力するんだね」

「これ、思ったこと全部音で出すから少し困る」

「アッハハ! それはマズいね。またニコルに調整してもらおう……あいつに貸しを作るのは癪だけどさ」


またニコルを頼るというのは、ネストに所属することが前提の風の吹き回しだ。イレヴンはアンリの方を向く。


「じゃあ……僕はネスト(ここ)、居ていい?」

「当たり前じゃん! 君は昨日、私の命の恩人になった。そして今日、皆の命の恩人になった。皆絶対認めるよ」


イレヴンは膝を抱え込んで遠くに視線を戻した。


「照れてるの? 可愛いなぁ!」


彼の頭を撫でるアンリは、改めて11号機に目をやった。


「そうだ、この機体に名前はあるの?」

「……知らない」

「なら付けてあげなよ。私だって自分のは自分で命名したよ」


彼女は後ろに駐めてあるパラポネラを指差しながら言った。

すると、イレヴンはその逆……夕日の空を飛ぶ鳥を指差した。


「あれ何?」

「ん、鳥? あれは……何だろう」


アンリもとい、ドナート(この星)で育った人間というのは生物に詳しくない。

地球から連れてこられた一部のものと在来するもの、それぞれ情報不足であり、教養として身に着けようとする者が少ないのだ。

代わりに、フレディが2人に答えを示した。


「あれは【白鳥】という生物のようです」

「見た目のまんまやん!」


先人のネーミングセンスに不満を洩らすアンリの傍らで、イレヴンは呟いた。


「……夕暮れの白鳥(サンセット・スワン)


場に少しの静寂が訪れる。

が、アンリが満面の笑みで沈黙を破った。


「いいじゃん! めっちゃカッコイイ! 皆にも教えよ?」


アンリはイレヴンの手を引っ張り、11号機――いや、【サンセット・スワン】で拠点に帰ろうと促す。

彼は「仕方無いな」という様子で趾行式の足を持ち上げるのだった。

……イレヴンはほんの少し、笑っていた。



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