パトリック③~勇者の帰還~
「何卒!何卒お許しをぉぉ…!」
魔王討伐の報告にわざわざやってきた勇者パーティーの前にひれ伏す宰相と議長。
次々に跪いて許しを請う他の議員や貴族達。
その中で前王に代わって勇者から報告を受ける私は玉座に座っている。
戴冠式を行っていない現状ではまだ次期国王であるのだが、謁見の体裁を取り繕うために玉座に座ることとなった。
高い位置から勇者パーティーを見下ろす形になり生きた心地がしない。
私はこれから勇者達に許しを請い、前王の処刑と引き換えに王家の存続を願う立場なのだ。
おそらくは玉座に座った私と跪く自分達という構図を勇者に示すことで、勇者の怒りを王家に集中させたい意図があるのだろう。
勇者パーティーは停戦の勅命を伝えた男爵を殺しはしたものの、明確にこの国と対立するとまでは明言していなかった。
だから任務達成の報告のために登城すると聞いて公式な謁見の場を設けた。
男爵の首ひとつで溜飲を下げてくれていることを願って。
謁見の場に現れた勇者は言った。
「勇者ライアン以下六名。前王陛下の勅命に従い魔王軍及び魔王ガイザードを討伐いたした。我々はこれより所定の手続をもって国籍を離脱し、我々を裏切ったオールドワーズ王国に対して宣戦を布告する。開戦は三日後。せめてもの戦争の流儀に則って城壁内ではなく王都の外より侵攻を開始する」
誰もが予想していたものの信じたくなかった言葉を突きつけられ、謁見の間はざわめきに満ちた。
私は用意していた返答の中からもっとも適当と思われる言葉を発する。
「降伏する」
「では滅ぼす」
私の返答を知っていたかのように即座に返す勇者。
これも予想はできている。
「前王と前王妃の処刑を行う。魔族との密約に関わった者も全て処刑する。それでどうか怒りをおさめてくれないか?」
私の言葉に各大臣や貴族達が絶望の呻きをこぼすのが聞こえた。
「我々はアンデッドだ。本能に従い生ある者を襲うだけのこと」
勇者の表情は変わらない。
「こうして話している君や後ろの仲間達には理性があるように見えるが?本能のままに人間を食らうモンスターとは違うだろう」
「確かに思考することはできるがアンデッドの本能にも忠実でありたい。今は自制しているに過ぎない。人を食いたいとは思わないが殺したいとは思う。この国の人間なら尚更だ」
「罪なき者も殺すというのか?」
「アンデッドなのだから当然だ」
勇者の表情は変わらない。
会話こそしているものの問答無用ということだ。
「…………」
表面上の体裁を保ちつつも内心でため息をつく。
そうなのだ。
アンデッドとなったからには生あるものを憎み襲撃するという本能が芽生えるのは当然だ。
歴代の勇者や英雄達が魔王軍に対抗するために不死化を選ばなかったのにはそういう理由がある。
まあ教会の教義に反しているわけだから、たとえ本能を抑制できたとしても、教会から討伐対象と見られるのも大きな要因だが。
こうして会話が成立しているというのがそもそも勇者なりのケジメというか、ある種の温情であるわけだ。
会話できるからと言って慣れ合える存在ではないのだと改めて認識して、私は内心で再度ため息をついた。
次の言葉を吐けない私に代わり、ひれ伏した貴族が声を上げた。
「勇者さまああ!!…どうか…どうかお慈悲を!…………」
宰相マルヌスは自らの命は諦め、家族の助命を求めて跪き泣き叫ぶように勇者に懇願している。
勇者は一瞬チラッとマルヌスを見下ろしたもののすぐに視線を私に戻す。
「これ以上の問答は不要だ。逃げ出す者は見逃すが、議員や貴族・王族の逃亡は認めない。以上だ」
そう言って勇者は踵を返し仲間達と歩き出す。
本来なら王の代理である私の言葉に従って退出するのであるが、もはやこの国の王に敬意を表すことはないという意思表示なのだろう。
「お、王に対してなんたる態度だ!あの無礼者どもを捕らえよ!」
勇者にひれ伏さず無様に懇願していなかった軍務大臣が震える声で叫んだ。
頭に脳の代わりに筋肉が詰まっている彼は宰相達の謀略とは無縁の立場だったのだろう。
軍務大臣の命令に反応した哀れな衛兵達が勇者パーティーを取り囲む。
衛兵達の目には恐れが見て取れるが、長年の忠勤の結果として彼らの体は命令に即応してしまった。
拳聖バーバリーの体が揺らめくように消えたと思ったら、次の瞬間には衛兵達は叩き伏せられ、物言わぬ骸と化していた。
10人以上いたはずの衛兵が瞬きするほどの間に全滅した。
そのことを瞬時に理解できた者はいなかった。
ひと呼吸ふた呼吸して誰かが叫び声をあげ、それは瞬く間に謁見の間を埋め尽くした。
勇者は振り返ることもせずに出ていった。
勇者パーティーが消えた謁見の間。
誰もが呆然とする中でソレは起こった。
ガチャガチャと鎧の立てる音に気がついて目を向けると、床に倒れていた衛兵達が起き上がるところだった。
生きていたのかと安堵したのは一瞬のことで、起き上がった衛兵がヨタヨタと手近な者に歩み寄り、抱きつくようにして首筋に噛みついた。
絶叫を上げ見る見るうちに血まみれになる被害者。
私は何が起きたのかわからないまま呆然とその光景を見ていた。
衛兵達は誰かれ構わずに抱きつき、その人間を食い始めた。
「死霊術か!」
誰かが叫んだ。
そうか。
あれが死霊術によって生み出された食人鬼か。
ということは死霊術師ハンニバルによるものだろう。
目の前で繰り広げられる信じられない光景を、私は妙に冷静に観察していた。
単に現実を受け入れられなかったというだけだ。
「衛兵全員で囲んであの者らを殲滅しろ!」
衛兵隊長が生き残った衛兵に指示を出す。
「近衛隊は殿下の前に並べ!」
近衛隊長の号令に従い、私を守るために近衛が私の前に立つ。
「私は大丈夫だ。スワラン、近衛も行かせてよい。衛兵を援護しろ」
近衛隊長のスワランに命ずる。
私を守るための最低限の近衛を残してスワランもグール鎮圧に加わる。
城で何度も見かけた衛兵が恐ろしい形相で仲間に食いかかる様子に怖気が走る。
つい先ほどまで仲間だった者を切らねばならぬ衛兵達の無念を思う。
「…………」
あんなことが起きるというのか。
三日後に、この王都で、軍人や民間人の区別なく。
今更になって体が震え始めた。
目の前で繰り広げられる地獄のような光景がこの王都のあちこちで起きる。
目にも止まらぬ技で衛兵を全滅させた拳聖バーバリー。
なんら術の気配なく死霊術を使い衛兵をグールに変えた死霊術師ハンニバル。
一国の軍隊と渡り合える英雄とはあれほどの者達なのか。
体の震えが大きくなる。
なんとか、しなければ。
近衛と衛兵がグールを殲滅し終えるまで、私は只々震えていた。