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パトリック②~愚か者達~

 謁見の間にて。


 「勇者さまあああ!!」


 一人の男が絶叫しながら勇者の前に跪いた。

 宰相王マルヌス。

 愚かな前王を言葉巧みに操り傀儡としていた男だ。

 宰相の身でありながら影では自らを王と呼ばせていた不心得者である。


 「私が愚かだったのです!私が愚かだったのです!どうか我が妻子だけは!何卒命だけはご容赦ください!我が命をもってお詫び申し上げます!どうか……!」


 あの宰相ですら自らが助かる道理はないと弁えている。


 「勇者さまあああ!!」


 また一人、男がひれ伏した。

 オールドワーズ王国評議会の議長シモンズ。


 「すべてはこの宰相と前王が決めたのです!我々は知らされておりませんでした!知っていればあのようなことを許すはずがありません!どうかお慈悲を……!」


 この期に及んで醜い責任逃れを始めた議長に向けられるのは軽蔑と、それでもなんとか勇者の気を引けないかという期待の視線だ。

 私はどちらの視線で議長を見ているのだろうか。


□■□■□


 三年に及んだ魔王軍との戦いの最中に、援助を求めて一時帰国した聖女アルカディアを捕らえたのは宰相マルヌスの指示である。

 そして聖女を引き取りに来た魔王軍幹部のゴレアスを三日三晩歓待したのは国民だ。

 無残な骸となった聖女を見たあとの勇者は凄まじかった。

 自ら不死化の魔術を用いてアンデッドとなり、食事や休眠を必要としない人外に成り果てた。

 そして激戦の末に魔王を討ち取った。

 同行していた勇者パーティーは全員が自らアンデッドになったという。

 そこまでして使命を果たした勇者達。

 だが我が国はもはや勇者にとって庇護の対象ではなく、魔王の次に滅ぼすべき仇敵となっていた。


 剣聖の称号を持つ勇者ライアン。

 拳聖バーバリー。

 魔術師エメラルダ。

 弓術士ミネアリア。

 死霊術師ハンニバル。

 そして聖女アルカディア。


 一人で一国の軍隊と渡り合える英雄をもってしても魔王軍に勝利する可能性は五分五分であった。

 強大な力を持つ魔王と、その配下の七つの軍団。

 熾烈を極めた戦いは時に人間側に、時に魔族側に天秤を傾けながら、三年の間続いた。

 戦いの趨勢が魔族側に傾きつつあると感じた我が国は秘密裏に魔王へと和平の打診をした。

 事実上の降伏であるが、それでも国民の支配者たる地位を保っておきたい貴族は和平を強く望んだ。

 魔王は人間を滅ぼすつもりはなく、人間を支配して魔族の領地を拡大し、ゆくゆくは世界を手に入れる野望を持っていた。

 そして勇者達が倒れればその未来は確定する。


 我が国に誕生した勇者と聖女のために世界中から英雄達が集結し、勇者パーティーが結成された。

 国をあげての出征式典で勇者パーティーを送り出し、惜しまぬ支援で彼らをサポートした。

 しかし三年も戦争が続くうちに勇者への期待は不安や不満へと変化していった。

 華々しい戦果をあげることもあれば、敗走して立て直しを余儀なくされることもある。

 それほど魔王軍も精強だったのだ。


 常勝不敗の勇者などおとぎ話にすぎないということを国民は受け入れられなかった。

 国民の不満は吟遊詩人の口によって浸透していった。

 今にして思えば吟遊詩人の中に魔族に通じている者がいたに違いない。

 国民も貴族も王家も、勇者への期待と不満に揺れ、疲弊していった。

 教会の式典出席にあわせて、支援への感謝と継続の要請をするために聖女アルカディアが帰国したとき、宰相マルヌスは魔族との密約に従って聖女を捕らえた。

 そして魔族との和平が成ったと国民に喧伝し、魔王軍ナンバー3の獣将軍ゴレアスが虜囚となった聖女を引き取りにやってきた。

 勇者パーティーは負け犬と蔑まれ、聖女アルカディアはボロボロに辱めを受けたのちゴレアスに引き渡された。

 その一部始終を国民は大歓声で見守った。


 何も知らない勇者達が最前線で聖女アルカディアの亡骸と対面した時、勇者は幼な子のように泣いたという。

 そして獣将軍の苛烈な攻撃に敗走した。

 その様子を伝え聞いた国民は揃って勇者パーティーを嘲り、勇者が生まれた村は焼き討ちに遭って村人は散り散りに逃げたという。

 国民は勇者達を嘲笑しながら酒を飲み、魔族の風下に立たされた不安から目を逸らしていた。


 その数日後、獣将軍ゴレアスの首が魔王城に、体が我が国の王城に届けられた。

 ゴレアスが率いていた軍団はほぼ壊滅したが、わずかな生き残りの証言から勇者パーティーによる蹂躙を受けたことがわかった。

 聖女アルカディアの死に泣き崩れ、ゴレアスになすすべなく敗れて敗走してからわずか数日でのことであった。

 我が国も魔王軍も、何が起こったのか全くわからなかった。

 ただ勇者パーティーによって獣軍団が壊滅し、将軍ゴレアスが殺されたという事実に困惑した。


 そしてそれから数日おきに、魔王軍幹部の首と胴体が届くようになった。

 日に日に軍団が消滅していく危機に魔王は和平を求めて我が国に使者を送ってきた。

 思わぬ形で対等な和平を結べることを喜んで前王は和平を快諾した。


 勇者パーティーに停戦を伝えるために国から遣わされた勅使は首だけとなって王城へ戻ってきた。

 勇者の元へと赴いた勅使は三名。

 男爵位の文官とその従者である。

 前王からの勅命を聞いた勇者はその場で男爵の首を刎ね、従者に首を持って帰れと命じた。

 その従者の証言によって、勇者パーティー全員がアンデッドとなっていることが判明した。

 そしてその場には死んだはずの聖女アルカディアもいたという。

 おそらく死霊術師ハンニバルが聖女アルカディアをアンデッドとして復活させ、さらに自らを含む勇者パーティー全員をアンデッド化させて強大な力を得たのだろう。


 その報告を受けて王城は揉めに揉めた。

 勅使はなぜ殺されたのか。

 アンデッドとなった勇者は味方なのか敵なのか。

 そもそもなぜ勇者を裏切ったのか。

 誰もが責任回避の論争に明け暮れているうちに数日が過ぎて、魔王城が焼け落ちた報を聞いたことで前王は退位を宣言して離宮に閉じこもってしまった。


 魔王城陥落の知らせを伝えたのは魔王自身の首を持って現れた一体のスケルトンだった。

 なぜか首だけになってもまだ生き続けていた魔王は、自らが勇者パーティーに敗れたことを告白した。

 そして次はこの国を攻め滅ぼすという勇者の言葉を伝えたのち、首を抱えていたスケルトンによって床へ叩きつけられて、ようやく魔王は死んだ。

 謁見の間でカタカタと笑いながら魔王の首を踏みつけたスケルトンは、役目を終えると崩れ落ちてただの骨となった。

 聖女アルカディアの死から2ヶ月もたたず魔王軍は壊滅。

 魔王は死んで人類は勝利した。


 それから数日とたたぬうちに近隣の国々から同盟破棄の書状が届き始めた。

 その文書には勇者を裏切ったことへの非難が記されており、要約すると『自業自得だから助けないぞ』ということだった。

 魔王軍が勝利しそうな時は静観していた国々だが、決着がついたと見るや勇者側に立って我が国を非難しはじめたのだ。


 それからは狂ったように勇者パーティーを褒め称える行事が立て続けに催された。

 王家より国宝の下賜が行われることが宣言され、我が国の教会は聖女アルカディアを聖人、勇者パーティー全員を準聖人として列聖させた。

 アンデッドが聖人など教義に照らせばあり得ない暴挙であったが、諸外国や教皇庁の抗議を無視して強引に手続きが進められ、あっという間に聖人認定された。

 このことで教皇庁では、我が国の教会を異端認定するかどうか話し合われているようだ。

 もっとも現教皇こそ聖女アルカディアの曾祖父にあたる人物なのだから、教皇の怒りの凄まじさは考えるべくもないだろう。

 我が国は教会をも侮っていたのだ。

 あまりにも不遜な国だったのだと今さらに思い知る。


 勇者列伝なる演劇が国中で披露され、なぜか最後は王女と勇者が結婚することでハッピーエンドとなる。

 当の王女である我が妹はアンデッドと結婚なんてあり得ないとヒステリーを起こしている。

 つい先日まで勇者パーティーを嘲って悦に浸っていた国民は、まるでそのことを忘れたかのように勇者を称え、勇者パーティーは素晴らしいと笑顔で語り合った。

 勇者パーティーそれぞれを主人公にした絵物語が大流行し、子供達は純粋に勇者パーティーに憧れたが、大人達は気が気ではなかった。


 そんな一連の狂乱を第一王子であり王位継承者の私パトリックは絶望を以て眺めていた。

 水面下で魔王軍と交渉し、劣勢とみるや聖女を捕らえて引き渡すなどという外道を極めた宰相や貴族達、それの傀儡となって頷くことしかしなかった愚かな父王、贅沢のことしか頭にない母王妃。

 そしてそれらを見下し嘲るのみで何もしなかった私自身。

 国民は愚かだが純粋だ。

 勇者を讃えるのも貶めるのも国が範を示さなければあそこまで加熱することはなかっただろう。

 故に責任を取らなければならないのは我々なのだ。

 国民感情に従って勇者パーティーを裏切ったなどと弁明できるはずもない。

 勇者パーティー万歳の馬鹿騒ぎがひと段落する頃には、王城の中にもある種の諦めや覚悟が広まりつつあった。


 続々と届けられる各国からの批難声明と同盟破棄の書状。

 宰相マルヌスと獣将軍ゴレアスとの密約を暴露したゴシップ記事。

 三日三晩の宴で獣将軍を歓待した国民の愚かさを嘲笑する怪文書。

 それらが国のあちこちでばら撒かれ、自分達が勇者の仇敵となった事実が国全体に重くのしかかっていた。

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