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番外編 宰相王の見た滅亡

 なんだこれは。

 王城に届けられた首なしの死体を前に私も他の貴族達も言葉を失っていた、

 首から上こそないものの、その体つきも特徴的な鎧も見間違うはずがない。

 これはつい先日まで盃を酌み交わしていた魔王軍の将軍の亡骸だ。


 「間違いないのか」

 「は、はい。先ほど宮廷魔術師に鑑定させましたが、間違いなく獣将軍ゴレアス殿の体であるとのことでした」


 議員と文官のやり取りを聞いて頭が痛くなってくる。

 これは一体どういうことなのか。


 「これを城に届けたのは誰だ」

 「わかりません。今朝ほど謁見の間の中央に置かれているのを掃除メイドが見つけたのです」

 「何かわかっていることはあるのか?」

 「…申し訳ありません。現状なにもわかっておりません」

 「良い。君を責めている訳ではない。とりあえず調べられることは調べておいてくれ」

 「はい」


 わかっているのは獣将軍ゴレアスを誰かが殺して首を刎ね、体をわざわざ我が国に届けたということ。

 これを見せつける意味とは何か。

 我が国と魔王との和平を妨害しようとする何者かの仕業なのか。

 だが勇者ほどの力があろうともゴレアスを殺すことはできなかった。

 ならばこれは魔王軍の内部に和平を良しとしない勢力があるということではないだろうか。

 それは恐ろしいことだ。

 せっかく表向きは対等な形で和平を結べたというのに蒸し返されてはたまったものではない。

 なんのために聖女を差し出したと思っているのだ。

 これは魔王の指示ではない。

 こちらから魔王に連絡を入れ、内部の引き締めを依頼するのがよかろう。


 王城でメイドとして働いている魔王軍の諜報員を執務室に呼びつけてこちら側の対応を伝える。

 魔族の不思議な連絡法によって数日のうちに魔王からの返答があるだろう。

 獣将軍からこのメイドが実は魔族で諜報員だったと聞かされた時、私は何もかもが魔王軍の手の内に握られていたことを知った。

 このメイドは古くから陛下のお手付きになっており、私も幾度となく執務室に呼びつけ、陛下のお気に入りを寝取ったつもりでいい気になっていた。

 儚く泣いてみせたあの涙も、だんだんと私の色に染まり恥じらっていた様子も、全てが演技だと知った時には美しいメイドの笑顔が心底恐ろしいものに見えた。

 私の言いつけでメイドにさりげなく陛下の思考を誘導するように仕向けてさえいたのだ。

 その全てが魔族に筒抜けだったとは、我ながら間抜けさに悶絶するほかない。

 それもこれも和平がなったら全て闇に消えるのだ。

 そうせねばならない。


 諜報員のメイドは慇懃かつ妖艶に、私の伝言を魔王軍に伝えると言い残して退出した。

 全てを明かした上でなおも私を籠絡できると踏んでいるのが腹立たしい。

 メイドからの返答が寄越されるよりも早く、再び魔王軍の将軍の首なし死体が王城に届けられた。

 メイドを呼びつけてどうなっているのだと問いただした時、メイドは明らかに動揺した様子で姿を消した。

 その後メイドの姿を王城で見ることはなく、続々と届けられる将軍の体に我々もそれどころではなかった。


 先ぶれから一日とおかずにやってきたのは魔王の右腕とされる魔界の公爵だった。

 全権を持たされ、一日も早い和平を実現するべく訪れた公爵との協議で対等な和平を即時締結し、停戦の勅命を持たせた男爵を勇者の元へ派遣した。

 その男爵は首だけとなって王城に戻ってきた。

 そして従者の証言により、勇者パーティー全員がアンデッドになっており、死んだはずの聖女アルカディアもアンデッドとして復活していることを知った。


 「宰相、あなたと獣将軍との密約によってこのような事態になったのですぞ」


 そう言われた時、私は一も二もなく猛然と反論してその相手である議長を黙らせた。

 だが貴族達の怯えた瞳は、勇者の怒りをぶつける対象として私を差し出すと決意していた。


 「貴様らだって全面的に賛同していたではないか。密書に認めた連名に貴様らの名も入っているのを忘れるな」


 その言葉でどうにかその場は収まったが、このままではいつまた蒸し返されて責任を追及されるかわかったものではない。

 誰かを生贄にするなら最も相応しい存在である陛下をどう扱うべきか考えていたところに、魔王城陥落の報が飛び込んできた。


 「馬鹿な!」


 思わず声が荒くなった、

 早すぎる。

 最後の将軍が討ち取られてから1週間も経っていない。

 そんなわずかな間に勇者は魔王城を攻め落としたというのか。

 呆然とする中で最も優先すべき陛下の説得を行うべく、謁見の間にて陛下と全貴族の話し合いが行われた。


 「なんだあれは…」


 誰かのつぶやきに目をやると、ひとかかえほどもある生首を抱えた一体のスケルトンが謁見の間に立っていた。

 衛兵が動き出すよりも早く、抱えられた首が喋りだした。


 「オールドワーズ王国の諸君だな。よもやこのような姿で我が身を晒すことになろうとは」


 首だけで生きる魔物かと思ったが、その顔に浮かんだ苦渋を見て違うと確信する。


 「我は魔王ガイザードである。勇者に敗れ首を刎ねられたがなぜかこのように生きている」


 魔王と名乗ったその首は、深いため息をついた。


 「勇者からの言葉を伝える。我が首を落とし使命は果たした。次はこの国を攻め滅ぼすとのことだ。せいぜいあがくが良い」


 ざわめきが謁見の間に広まった。


 「アンデッドとなった勇者は凄まじいの一言だ。この我が手も足も出ぬどころか遊ばれておった。あの者らに武力で並ぶ者は古今東西おるまい」


 淡々と語られる魔王の言葉にさらなるざわめきが満ちる。


 「勇者達は今、我が国の外交資料や記録を読んでいる。つまり、この戦争が諸君らオールドワーズ王国からの侵略戦争であったことを勇者はすでに知っている」


 何人かの貴族がうめき声をあげた。


 「戦争を仕掛けておいて、劣勢と見るや密約を結び自分達を裏切ったこの国をどうやって攻め滅ぼすか、我も意見を求められたぞ。国民のひとりたりとも逃さぬが良いと進言しておいたわ」


 最後にかっかっかと笑ってから魔王はため息をついた。


 「どうやら我を使い走りにした勇者も満足したようだ。これにて我はお役御免である。さらばだ、愚かなる者達よ」


 魔王が言い終えると、スケルトンは魔王の首を高く掲げた。

 そして勢いよく魔王の首を床に叩きつけた。

 どんな力で叩きつけられたのか、魔王の首は地に落ちたトマトのように潰れた。


 カタカタカタカタ


 スケルトンがまるで笑うかのように歯を鳴らして魔王の頭だったものを踏み躙る。

 そしてその場で崩れ落ちてただの骨となった。


 ぐうううという誰かのうめき声が聞こえた。

 そして悲鳴のような嘆きの声が爆発した。


 「うわああああ!!!」

 「なんだこれは!なんなのだこれは!!」

 「宰相を捕らえろ!密約に関わった者もだ!」

 「それは貴公のことではないか!私は違う!」

 「貴公がゴレアス歓待の宴に一番に駆けつけたのを皆が見ているのだぞ!」

 「もう終わりだあああ!!!!」


 「…………」


 私は逆に言葉が出なかった。

 どうすればこの局面を乗り切ることができる?

 亡命か?

 身分を捨てて逃げ出せばあるいは。

 それとも勇者を迎え撃つか?

 教会に金を積んで各国に軍を出すよう号令を…いや無理だ。

 聖女を差し出したことを最も強く非難したのが教会だ。

 どうすれば、どうすれば、どうすれば…。


 「余は今日をもって退位するゆえ、全てのことは宰相と議長に任せる!」


 信じられない声が玉座から聞こえたので顔を向けると、慌ただしく侍女と共に退席していく陛下の姿があった。


 「…………」


 この危局に際していの一番で逃げ出すのか。

 傀儡としての役目すら放棄して逃げ出す愚か者の姿を見て、私はこの時点で自分の命を諦めるしかなかった。

 もはや真っ先に差し出されるのはこの首しかない。

 なんとしても家族は、そして国そのものは守らねばならない。

 他人になんと言われようが力ずくで黙らせ、この国を我が物のように支配してきた私とて、国の亡びを望むものではない。

 権勢を求めたのも我が身だけではなく家族や親族にも上級国民として贅沢させられるようにするためだった。

 そしてそれを成した私の名を一族の歴史に刻むことこそ我が誉れと思っていた。

 その国が消えては元も子もない。


 「…………」


 私は失敗したのだ。

 勇者を率先して裏切った私が生き延びる道はないだろう。

 明日にもこの首を求めて王城へやってくるに違いない。

 ならばせめて国と家族は守れるよう手を尽くさねば。

 胃の奥に重くのしかかる現実を前に、私は呆然と陛下の消えた扉を眺めていた。


□■□■□■


 「宰相!」


 耳障りな声に振り返る。

 まだうら若い女子の、しかし年長者であり宰相の私に一切の敬意を感じない生意気な声。

 この国で私にこんな呼び方をするのはただ一人だけだ。


 「これはこれはベヨネッタ姫。どうしましたかな?」


 いつもなら生意気な小娘相手にも愛想を向けるところだが、命をあきらめた以上もはや笑顔を取り繕うつもりはない。


 「わたくしがアンデッドと結婚などという噂が民の間で流行っているのをご存じ?」

 「ええ。存じております」


 巷で流行しているという勇者列伝なる演劇の話は私も聞いている。

 獣将軍ゴレアスに媚びるための宴を三日三晩も開いておいて、今さら勇者におもねろうとする醜悪さは我が身を顧みてもなお見苦しいものだ。


 「ではなぜ何も手を打たないのですか!」


 甲高い声でキイと叫ぶ王女。


 「今すぐおかしな演劇などやめさせなさい!」


 目前で発せられる高音が耳に刺さる。


 「大衆の娯楽でしょう。王族がいちいち口を挟むなど品格を疑われますぞ」

 「なんですって!?」


 柳眉を逆立て私の頬を打とうと扇を振り上げる。

 腕が振り降ろされるタイミングで一歩進んでその手を掴む。


 「民とて必死なのです。勇者の(あだ)となった自覚がそうさせているのでしょう。愚かだとは思いますが放っておきなさい。心配せずともあなたが勇者と婚姻するなどありえない。なぜなら」


 掴んだ手をグイと引き寄せて顔を近づけ睨みつける。


 「あなたも勇者によって殺されるからです」

 「…な…に……」

 「なにもおかしいことなどないでしょう。あなたは王族なのですから」


 可能ならばこの身ひとつで溜飲を下げてほしいものだが、どう考えても陛下と王妃は見逃されることはないだろう。

 存在感のない王太子やこの王女は見逃されるかもしれないが、今はこの娘を黙らせるために脅しておく。


 「あなたやお父様がしたことでしょう。わたくしを恨むのは筋違いではなくて?」


 王女はなおも不機嫌そうに顎を上げ私を睨みつけてくる。

 愚かな王女の戯言に笑い声が漏れる。


 「勇者が宣戦布告したのはこの国です。そしてこの王都の民も全て殺すと宣言しています。なぜにベヨネッタ姫だけが許されるとお思いに?」


 私の言葉に王女は心底意外そうに目を丸くして身を引いた。


  「そ、そんなことは知りません!あなたが蒔いた種なのですからわたくしに迷惑をかけるのはやめなさい。いいですね!?」


 そう言って踵を返し早足で私から離れていく。

 お供の侍女が私を一瞥してそれに従う。

 この国で私以上に傲岸不遜な王女とその従者の後ろ姿にため息をつく。


 「…………」


 国が滅ぶという時にすら無知で無思慮な馬鹿者。

 関わるだけ疲れるのだから最後の時まで放置することに決めた。


□■□■□■


 「勇者さまああああ!!」


 外聞などかなぐり捨てて勇者の前に平伏する。

 周りの貴族議員達は突然の私の奇行に言葉を失っているようだ。


 「私が愚かだったのです!私が愚かだったのです!どうか我が妻子だけは!何卒命だけはご容赦ください!我が命をもってお詫び申し上げます!どうか……!」


 勇者に切り捨てられるかと思ったがどうやら完全に無視されている。

 周りの愚かな貴族達を無視して私は全力で勇者に慈悲を乞い願う。


 「何卒、何卒ご容赦をおおおお!!」


 私の命はもうない。

 これは仕方ない。

 だがせめて家族は見逃してもらえるよう勇者の足に縋り付く。

 勇者に蹴り飛ばすように足を振られ無様に転がる。


 「勇者さまあああ!!」


 同じように議長が勇者の前に跪いて前王と私に全ての責任をなすりつけようと喚くが、同様に勇者は一顧だにせず議長を無視している。

 私と議長の行動が奇行なわけではないと気づいた貴族議員達が次々に跪いて赦しを請う中で、勇者達は玉座に座る王太子と話し始める。

 王太子の降伏宣言すらにべもなく切り捨て、三日後に戦争を仕掛けると言い残して勇者達は去っていった。

 その後に起きた衛兵のグール化によって謁見の間は阿鼻叫喚の地獄と化し、完全に心を折られた我が国は何を差し出してでも勇者に服従することを決めた。

 降伏の使者として再び王太子が勇者の元へと向かうことになり、以前とは見違えたように目に光を宿した王太子と打ち合わせをする。

 この危局に際して王太子も愚か者のままではいられなかったのだろう。

 今の王太子となら国の行く末を議論できたろうにと皮肉に思う。

 わずかな側近達と共に王城を出ていく王太子を見送って、私は傀儡であり友でもある前王の私室へと向かった。


 「本当にもう何もするつもりがないのですかな?」


 直前までベッドで女と睦み合っていたのだろう、半裸の状態で酒を煽っている前王に先ほどの惨劇と王太子の行動を報告する。

 そして自らは何もしないと言って譲らない前王自身の今後を問う。


 「今さら私に何をさせようと言うのだ?お飾りとして死ぬ以外の選択肢はなく、それで勇者の機嫌が取れる目算も立たぬと言うのに?」


 前王はハッと笑ってから私を睨みつけて吐き捨てる。


 「いいざまだなマルヌス。いや宰相王だったか?さんざん我がもの顔で国を牛耳った挙句に国そのものを滅亡させるとは、魔王以上の災厄だよお前は。お前ら貴族は」


 あの弱気な陛下とは思えない言葉の辛辣さに面食らうが、さもありなんと腑に落ちる気もする。


 「国王ごっこは楽しかったか?一代で国を滅ぼし民を皆殺しにする気分はどうだ?お前さえいなければ数十万の国民は明日も生きられたのにお前のせいですべてなくなる。お前のせいでな!」


 ガンっと顔に衝撃を受けて思わずよろめく。

 どうやら知らぬ間に目をつぶっていたようだ。

 前王が投げつけたらしい銀のグラスが床に転がり、私はワインで真っ赤に染まっている。

 初めて経験する惨めな己の姿に驚くが憤慨する気持ちは湧いてこない。

 目の前で泣き喚き私を責める前王の姿に、我が身を棚に上げて哀れを感じる。


 「お前のせいだ…お前の……私の…責任だ…お前に国を取られた私が……もっとも愚かだ……」


 膝をついて両手で顔を覆う前王に頭を下げる。


 「陛下のおっしゃる通りです……申し訳ありません」


 この男に国を背負って立つ気概などない。

 そのつもりもない。

 生まれた時から傀儡として育てられてきた生粋の無能だ。

 私に恨み言を言う資格は充分にある。

 泣き続ける前王にこれ以上かける言葉が見つからず、私自身も前王に突きつけられた言葉が痛恨すぎていたたまれなくなり、その場から逃げた。


 私が国民を皆殺しにする。

 その言葉に心臓を止められるかのような恐怖を覚える。

 どうしてこんなことに。

 何度目かもわからない問いを胸の中で繰り返すことしかできない。

 神よ憐れみたまえ。

 今まで一度として本気で祈ったことのない私がそう祈り続けている。

 民を救いたまえ。

 聞かれるはずのない祈りを呟くことしかできない己が憎い。

 これほどに愚かで無力な男に滅ぼされる国民のことを思う。

 家族の顔が浮かんで、最後まで足掻くしかないと思考を放棄するのだった。


 王太子達が戻ってきて、二日後に我が国が滅亡することが告げられた。

 そして頭を下げに行ったことが評価され王太子と側近達は命を長らえることを許されたと。


 「なるほどなるほど。いやあ上手くやりましたな殿下」


 いまだ状況が理解できていない貴族が王太子に絡むが、その直後グールと化した衛兵に食われて死んだ。

 無能どもが狂乱してから沈黙したので、二日後に国を明け渡す手順を決めていく。

 国を滅ぼした張本人が最後まで場を仕切るのに不満もあるようだったが、他に意味のある言葉を吐ける人間がいないのだからやるしかない。

 王太子もそれがわかっているようで、仇敵であるはずの私とも粛々と打ち合わせる。

 翌日になって前王が私室で死んでいるのが発見された。

 王女は昨日私に脅された後に王城を脱出しようとして、グールに食い殺されていたらしい。

 生きていても死んでいても役立たずの王妃はもはやどうでも良い。

 王都では暴動が起きているようだが鎮圧に向かう様子はない。

 二日後を迎えるまでもなく、もうすでにこの国は滅びているのだ。

 私のせいでこうなった。

 国だったものの後始末をつけながら私は、二日後に迫る家族と国民の命の期日を眺めていた。


 「なぜあなたは生きているのですか?」


 前王を殺害した侍女から事情を聞いている時に質問された。

 おそらくこの侍女は前王を愛しているのだろう。

 その目に宿る憎しみが他の貴族や官僚達の比ではない。


 「お前には関係のないことだ」


 私はそれだけ答えて侍女を解放させた。

 なぜ生きているのかなど自明のことだろうに。

 私とて死にたくないとは思うが生きていられるはずがないのは分かり切っている。

 私が死んだところで事態は変わらないし、勇者達の心情を考えれば自分達の手で制裁を加えることを望むだろう。

 死に逃げした前王への苛立ちを思えば、私が自害することは事態を悪化させるだけだとすぐ分かろうものだが、前王を愛しているあの侍女だからこそ気づかないのかもしれない。

 久しぶりに有意義な考え事で逃避することができたことを喜びつつ、滅亡中の国にまつわる事務を淡々とこなし続けた。


  戻ってきた王太子は苦悩も恐怖もない顔で「一切の交渉はしなかった」と言った。

 家族の命を繋ぐための最後の交渉を放棄されたことは許せなかったが、次世代の命を繋ぎ止めてくれたことには感謝しているので、王太子の判断は尊重すると決めていた。


 「…………」


 家族の命も助からない。

 数十万の王都民が明日、命を失う。

 私のせいで。

 ため息をつける立場ではないが、それでもため息しか出ない。

 我が名は稀代の悪臣として歴史に残り、永遠に忘れられることはないだろう。


 「…………」


 これが私の人生か。

 なんのために生きてきたのか。

 もはや思考しているのかもわからぬ疑問を頭の中でグルグルと回していると、勇者達を出迎える時刻となった。

 王太子を筆頭に西側の城門前広場に整列して勇者達を待つ。

 居並ぶ貴族の中には、自分が交渉して私と私の一族を処刑するだけで済ませて見せると豪語する者もいる。

 ピシッと音がして城門に亀裂が入ってゆき、やがて轟音と共に城門は崩れ落ちた。

 現れた勇者達に平伏して降伏と謝罪を行い、王太子が勇者と言葉を交わす。


 「とりあえずお前らは全員死ね」


 唐突に投げかけられた言葉を理解する間もなく、私は自分の心臓が動きを止める音を聞いた。


□■□■□■


 「グールども、出てこい」


 その声に身体が勝手に動き出す。

 ああ腹が減った。

 たしか木っ端官僚だった男が檻の扉を開けて私達を見ている。

 この男、名前をなんと言ったか忘れたが、上位官僚リッチと呼ばれる支配階級のリッチの声には無条件に従わねばならない。

 死霊術師ハンニバルによってそう命じられているからだ。


 「お…ぉ……ぅぅ……」


 何を喋るつもりもないのに口からは呻きが漏れる。


 「ついてこい。人間を見ても食おうとは思うな。無視しろ」


 足が勝手に動いて、同室のグール達とひと塊になって檻から出る。

 喉が渇きすぎて引き裂かれたように痛い。

 ああ気が狂いそうだ。

 狂えないのはわかっている。


 「…ぅ…う……あぁああ……」


 男の後について地下牢から日の当たる場所へと出て、裏路地を通って歩く。

 太陽の光に焼かれて体中が燃えるように痛む。

 腹が減った。

 路地の角から我々を伺う人影が見えた。

 歩きながら見続けていると三人の子供が恐る恐る顔を出すのが見えた。


 「…おぉ……あ……うぅぅ…」


 食いたい。

 少年達のいる方に走り出そうと思った次の瞬間には目を逸らしていた。

 無視しろと命じられてしまったために美味しそうな肉を見ることができなくなったのだ。

 食いたい食いたい食いたい食いたい。

 少年達はまだ路地の角から頭だけを出してこちらを見ている。

 しばらく歩くと広場に出た。

 普段は固く閉じられているはずの城門が崩れているのが見える。

 ここは、西の大門前広場か。

 ああ何か食いたい。


 「女王エメラルダ様が破壊された城門の修復を行う。まずは瓦礫の撤去がお前たちの仕事だ。とりかかれ」


 その言葉に従って近くに転がっている瓦礫を持ち上げる。

 ヨタヨタと荷車へと歩みより瓦礫を積む。

 ああああああ気が狂いそうだ!

 腹が減って死にそうだ!

 私と同じように他のグール達も瓦礫を撤去し始める。

 他のグループも合流してきて人海戦術で瓦礫が次々に撤去されていく。


 「…………」


 しばらく瓦礫の撤去を続けていると、他のグループのグール達の中に見知った姿を見つけた。

 妻メルローだ。

 メルローもまた瓦礫を抱えてヨタヨタと歩いている。

 距離にして20メートルほど。

 見続けている私にメルローが気づいた。

 両目を見開いて私を見ている。

 頭を小刻みに振りながら、私に何かを伝えるように呻いている。


 「…ぉ…あ…マル……ヌ………」


 跪いて乞い願った妻子の命は助命されなかった。

 そのことに絶望するも体は命令されたとおりにしか動かない。

 妻には愛こそなかったものの、連れ合いとして長く接してきた者のグールになった姿など見たくない。

 妻は何かを伝えようと私を見ている。

 腹が減って死にそうだ。

 妻もこの飢えと渇きを体験しているのだろうか。

 そう思ったら、初めて他人のことを思って激しい後悔が沸き上がってきた。

 どうしてこんなことに。

 ああ食いたい!食いたい食いたい食いたい食いたい食いたい!

 命じられたとおりにしか動かない体が憎い。

 娘は…娘もどこかでグールになっているのか。

 息子もだ。

 愛する我が子が発狂するほどの飢餓感に苛まれていることが悲しくて勇者への憎悪が沸き上がってくる。

 妻が私を見ている。

 激しい後悔に涙があふれるが拭うことすらできない。


 「…お…ぉ…うぅぅ…あ……」


 私はなぜ勇者を裏切ったのか。

 水が飲みたい。

 もう嫌だ。

 また新たな瓦礫を持ち上げて荷車まで運ぶ。

 狂うことすらできず、私は泣きながら荷運びを続けるのだった。


□■□■□■


 あれから何年が経っただろうか。

 私は今も王都で働き続けている。

 あの時にすれ違った妻もその後は見かけることはない。

 たまに私は上位のリッチに縄をかけられ引き摺られていく。

 連行される先は大抵の場合が謁見の間だ。

 外国の使節団が訪れるたびに私は彼らの前に引き出され、亡国の宰相として見せ物にされる。

 女王エメラルダの横に立つ王配と目線が合うたびに激しい羨望と憎悪に頭を焼かれる。

 婚約者であったというだけで今もなお老いることなく安穏と王配の立場にいるかつての王太子への憎悪だけが、今の私の感情を揺さぶる唯一の刺激だ。

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― 新着の感想 ―
面白かったです!単に皆殺しで終わらず多少の温情や国の未来の為に行動できる所が良かったです。 皆アンデッドになりましたが人を人と足らしめるのはこういう心だと思いますしそれが登場人物を魅力的にしていると思…
[良い点] すごくおもしろかったです(≧▽≦)
[一言] 自分がグールになってみても、 そのアンデッドの憎悪を「人類滅亡」とかに使わなかった勇者一行の偉大さはわからなかったか…
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