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エメラルダ②~滅ぼすということ~

 目の前に跪く殿下と目が合わせられない。

 武力によって国を滅ぼした私達が旧王家の血を入れるために、無理やり婚姻を結ぼうとしているとしか思えない要求にも殿下は応えてくれようとしている。

 そもそも私達はアンデッドであり、婚姻によって血が混ざることなど形式上以外の意味はない。

 なんでこんなことになってしまったのか。


□■□■□


 昨日の夜、殿下達が去った後のこと。


 「まさか王印まで持ってくるとはねえ」

 「完全に戦闘する意思がないってことだよね」

 「無血開城だな」

 「ムケツ…?なんですの?」

 「いやなんでもない。無抵抗ってこと」


 んー、とライアンが唸る。


 「多分だけどさ、明日王都に行ったら、どうぞどうぞって王城まで迎え入れられちゃう感じになると思うんだよね」

 「王印を渡したということは、そういうことですわね」

 「それだとさあ、貴族のオッサンどもは俺達の機嫌を取ろうとしてくるわけだ」

 「だろうねー。死にたくないからね」

 「それを俺達はバッサリ切り捨てて、ハイお前ら死になさいみたいな感じになるじゃん」

 「なるね」

 「その場にいる貴族は皆殺し。王都に出て行って民衆も虐殺」

 「そのつもりでいたわけじゃん?なにが問題なの?」

 「めんどくさい」

 「は?」

 「子供は免除とかさ、俺らにケンカ売らなかったヤツは免除とかさ、いろいろ言っちゃったじゃん」

 「言いましたわね」

 「それをどうやって選別すんのって話なわけですよ」

 「…………」


 ライアンの言葉に一瞬沈黙する。


 「なにか…秘策があったのではないんですの?こう…勇者のスキルで」

 「ないんだなこれが」

 「…何も考えずに約束しましたの?」

 「はい」

 「………」


 あまりにも無策な答えに私達は言葉を無くすしかない。


 「王都民30万人。子供と大人でざっくり分けても数万人とそれ以外」

 「わたくし達ではとても無理ですわね」

 「『俺らがやれば一日で終わるから』ってのはなんだったんだ?」


 バーバリーの言葉に一瞬言葉に詰まるライアン。


 「…そのためのお役所なわけだし、どうにかそれを使えたらなあと」


 バーバリーのツッコミを無視して会話を続けている。

 都合の悪いことは聞こえないというのもなかなかにオールドワーズ仕草というか、まあやはりあの国の生まれだなと思ってしまった。


 「あなた達を殺すために使うから住人台帳を見せなさいとは言えないよねー」

 「死霊術、いっとくか?」

 「どういうこと?」

 「役所の連中とか官僚とか、そういうのをリッチにしちまえば役所の機能を使うことはできるだろうな」

 「おっナイスー」


 ハンニバルの提案にライアンが瞬発的に賛同する。

 その決断の早さが彼の長所ではあるのだけれど、もうちょっと考えてくれてもと思わないでもない。


 「…………」


 でもまあ、よくよく考えてみてもハンニバルの意見は理にかなっているように思う。

 結果的にライアンと同じ意見なのがちょっと業腹ではある。


 「国の運営をリッチに置き換える。それで起こりそうな問題は?」


 悔しいので話を前に進める質問をする。


 「ない。というより既存の問題の大半は起こり得なくなる。なんせ完全な命令服従の組織だからな。不眠不休で働くしリッチなら思考も意思疎通もできる。不正はしないし給金も必要ない。なぜどこの国もこんな素晴らしい運営をしないのか疑問なほどに素晴らしい」

 「そりゃアンデッドだからな」

 「なんかお城が臭くなりそうだよね」


 ライアンとミネアリアがそれぞれ感想を口にするけれど、特に反対というわけではなさそうだ。


 「問題が起きないなら、現在の国家運営をそのままリッチに入れ替えれば国そのものは丸々使えるようになると。けど」


 思いついた疑問を聞いてみる。


 「それでは今と変わらないのではないですか?」


 私達の復讐とはなんなのか。


 「消えない殺人衝動や飢餓感を抱えながら不眠不休で永久に無償奉仕するんだ。殺しちまうよりはつらい人生だろうな」

 「なるほど」


 それならば私に異論はない。


 「私はそれで良いと思います」

 「俺もー」

 「私もー」

 「わたくしも賛成ですわね」

 「俺もだ」


 というわけで私達は、オールドワーズ王国を消し去るのではなくそのままいただくことにした。


 「新しい国名決めないとね」

 「おっそうだな」


 ミネアリアとライアンは楽しそうだ。


 「とりあえず王様はエメラルダね」

 「は?」

 「エメラルダ女王」

 「……なぜ?」

 「適任じゃん?」


 ライアンはあっけらかんと言った。


 「あなたが言い出したのですからあなたが王になるべきでは?」

 「田舎者の地味勇者が王様だったら格好つかないって」


 そう言って笑う。


 「あなたが国王になってアルカディアが王妃。それが一番妥当だと思うのですが」

 「わたくし教会に所属していますので政治をすると政教分離に反することになってしまいますわ」


 教会は神を頂点とする宗教国家以外の国に政教分離を求めている。

 王や皇帝が国の統治に信仰心を利用することを許さない。


 「それじゃあ宗教国家にするか」

 「えっ?アンデッドなのに?」

 「アンデッドと言っても別に神様と敵対したいわけじゃないだろ?」

 「私達はね」

 「命じればグールどもに宗教を信仰させることもできる…いやさすがにそれはできないか」

 「俺達は教会と敵対しないってことを押し出す上でも、神聖ナントカ王国とかにしちゃうの良くない?」

 「アンデッドなのに神聖国家って面白いかも」

 「ではその方針で決めましょうか。そうなるとアルカディアが王妃ということでよろしいのでは?」


 私の言葉にアルカディアが慌てる。


 「そうなりますが、やっぱりわたくしは王妃なんて務まりませんわ。わたくしは教会でひっそりと…その…ライアンと…」


 聞いたことがある。

 アルカディアの夢。

 小さな教会で愛する家族と暮らしたいと。

 アンデッドだから子供を持つことは叶わないけれど、アルカディアなら孤児院の院長なんかも似合うだろう。


 「わかりました」


 私にはそんな夢はない。

 アルカディアの邪魔をしてまで固辞したいわけでもない。


 「もともと王妃になるために勉強をしてきましたし、それを活かすのも私の務めですね」

 「おっわかってくれたか」


 ライアンの軽いノリは癪に障るけれど、こんな男に国王をやらせるなら私がやった方がストレスもないだろう。


 「女王エメラルダ。承りました」


 おおーという歓声と拍手が起きる。

 こんな軽い調子で決めてしまって、後世の歴史になんと書かれるか不安だけれど、これも私達らしいと言える。


 「じゃあ国名もエメラルダ?」

 「それは少し気恥ずかしいですね」

 「アルカディアでいいんじゃないか?勇者の国というよりは聖女の国という方が宗教っぽいだろう」


 バーバリーが珍しく意見を言った。


 「神聖アルカディア王国ね。私は賛成」

 「だめです!どうしてわたくしの名前なのですか!」

 「教皇サンも喜んでくれるんじゃないか?」

 「女王は私がやるのですから、アルカディアも名前くらい我慢してください」

 「うぅ。エメラルダに言われると困りますわね」


 そうして私は女王になることを受け入れた。

 国の統治機構をあれこれと話し合い、やはり貴族はともかく官僚はそのまま利用しようということになった。

 外交について話が及んだ時、ふと私は気になった。


 「パートナーは誰がやってくれるのでしょうか」

 「…えっ?」

 「女王の隣に立つ王配はどうするのですか?」

 「そりゃあ…」


 珍しくライアンが口籠る。

 どうせ何も考えていなかったのだろう。


 「まさかパーティーに参加するたびにその場でダンスのお相手を物色しろなんて言いませんよね?女王なのに壁の花になるのですか私?」

 「王太子か」

 「王太子だねー」

 「なぜそこで殿下が出てくるのですか」


 言いながら「悪い話ではない」と思った。

 征服した国が敗戦国の王家の血を入れるのはあり得ない話でもない。

 国民に新体制を納得させるのに効果があれば積極的にすべきだろう。

 だがこれでは私がねだったようではないか。


 「別に殿下が恋しくて王配を求めたのではありませんよ。そこは誤解のないようお願いします」

 「ふーん」

 「ふーん」


 ライアンとミネアリアがニヤニヤしながら言った。

 明らかに悪ノリしている。


 「この話は一旦保留にします!」


 茶化されるのが嫌で私は強引に打ち切った。

 そして国としてどう動いていくのかなどを延々と語り合った。


 「…………」


 私の気持ちとしてはどうなのか。

 幼い恋心があったとはいえ、学園での殿下の振る舞いですっかり冷めてしまった。

 そして一昨日の謝罪と縋るようなあの目。

 あのとき私は殿下との関係を切って捨てたのだ。

 次に会うときは自分から手を下すことになるかもしれないと考えてさえいた。

 そんな私が再び殿下を信頼できるのか。

 何より殿下が私を許せるのか。

 国を滅ぼした私達を。

 いつまでもぐるぐると殿下のことを考え続けているのに気がついて顔が少し熱くなった。


□■□■□


 そして今、目の前で跪く殿下に目を合わせられないでいる。


 「国の滅亡を目前にしてようやく愚かな反骨心を捨て去った私の目に、貴女は誰よりも輝いて見えた」


 この流れでこれは、つまりそういうことなのだろう。

 逃げ出したい心を押さえつけ、殿下の目を見つめる。


 「過去の貴女も、今の貴女も、私にはもったいないほどの輝きを持ったかけがえのない存在だ」


 まっすぐに私を見る目はかつてのものとは違う。

 殿下は私を許してくれている。

 私自身が殿下を許せるかと言われたら、ハンニバルが殿下の命を奪った時点でもう全ての過去は水に流した。

 そして今、殿下はもう一度と手を差し出してくれる。


 「今一度過去の行いを謝罪します。どうかもう一度だけ私に貴女の名を呼ぶチャンスをください」


 私の名を呼んでくれるという。


 「この身の全てを捧げて貴女を愛します。エメラルダ、どうか私と結婚してください」


 ぽろりと、涙がこぼれた。

 幼い日の私が、殿下のことが好きだと泣いている。

 今の私もきっと。

 また傷つくのが怖いという気持ちを、この人が好きだという気持ちが上回った。


 「はい。喜んで」


 差し出された手に自分の手を重ねる。

 仲間達が祝福してくれているのが聞こえる。

 途端に恥ずかしくなって顔が熱くなる。

 殿下の顔もみんなの顔も見れない。


 「お取込み中のところ悪いがグールの処置が終わったぞ」


 空気を読まないハンニバルの言葉に耐え切れず手を放し、アルカディアとミネアリアの元へ駆け寄り二人に抱き着いた。


 「おめでとう!クズ男にほだされちゃったかー。まあ、エメラルダらしいね!」

 「そんなこと言わないの。わたくしはとても素敵なプロポーズだと思いました。憧れてしまいますわね」


 ぐちゃぐちゃの頭で自分が笑っているのか泣いているのかもわからないけど、二人の言葉が嬉しかった。

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