ライアン②~アンデッド転生~
「魔法陣、できたぞ」
疲れた顔のハンニバルの言葉に俺は目を開けた。
心はびっくりするほど静かだった。
アルカディアの体を丁寧に横たえて毛布をかける。
拠点の屋上に魔法陣は描かれていた。
俺はハンニバルの指示に従ってその中央に立つ。
アルカディアの前にまずは俺からアンデッドになることにした。
万が一にもアルカディアの時に失敗してほしくなかったし、ハンニバルに余裕と自信を持ってほしかったからだ。
ハンニバルが長い詠唱を唱え始める。
魔法陣に月の光が溶け込んで、変換された月の魔力が俺に染み込んでくる。
魂以外の部分が作り変えられていくのがわかる。
少し怖かったけど、アルカディアに近しい存在に生まれ変わるのが嬉しくてその変化を受け入れていた。
ふとハンニバルが魔法陣の内側に入ってきた。
詠唱を続けながら俺の隣に立つ。
同じ気持ちでいてくれたことが嬉しくて思わず口元が緩む。
するとミネアリアが、エメラルダが、バーバリーが魔法陣に入ってきた。
自然と円陣を組む形で立ち、隣のヤツと手を繋ぐ。
ハンニバルの詠唱が熱を帯びてきて、いよいよ術の完了が近いと分かった。
魔法陣から立ち上った光が暗い夜空に消えていったとき、自分の中の体力とか魔力とかそういうのが有限から無限になったのを感じた。
それと同時に無限の渇望みたいなものが自分の中にあった。
「うわー」
「これがアンデッド…ということなのですね」
「なんつーか、衝動がやべえな」
「ああー殺したい」
「完璧に成功した」
それぞれ自分の中の変化に驚いていたけど、耐え難いほどの衝動ではなかった。
ゴレアスとか魔王とか王国とか、明確な目標があったからだと思う。
もしもろくな目的もなくアンデッドになっていたら、自分の中の殺人衝動が頭の中を埋め尽くしていた気がする。
とにかく俺達は無事アンデッドになった。
有限だと思ってた自分の力が無限になったのがわかった。
走ったら疲れるのが普通だけど今はいくらでも走れるし、魔術を使い続けても多分魔力切れにはならない。
二重三重に魔術を起動してもなんの不足もない。
「これチートすぎねえ?」
思わず漏れた言葉は誰も聞いていなかったけど、俺はこの時この戦争に勝利したのを知った。
そしてもっと大事なことに思いを巡らせた。
「アルカディアの術は?」
「問題ない。これからやる」
俺の問いにハンニバルはニヤリと笑った。
アンデッドがやるとめちゃくちゃ悪そうに見えた。
「あっ見て見てキバ生えてる」
ミネアリアがハンニバルの口元を指差して言った。
「おおーほんとだ」
「え?なになに私も?」
「生えてますね。ということは私も」
「おおーなんか格好いい感じがする」
あーと口を開けて自分の牙をエメラルダに確認してもらうミネアリア。
バーバリーも珍しくテンションが高い。
俺も口を開けて「どう?生えてる?」と聞いたらみんなして「生えてる生えてる」と笑った。
ようやくいつもの調子が戻ってきた。
もともと俺達はこんな感じのユルいノリのパーティーだったんだ。
これでアルカディアが復活したらもうそれだけでいい。
アンデッドとか誤差みたいなもんだろ。
ハンニバルが術式を起動する。
魔法陣の中央に寝かされたアルカディアが月の光に包まれる。
魔法陣の外から見ていると、月の魔力がどれほど強い不死性を持っているのかよくわかる。
闇精霊さんとやらにゴレアスの魂を供物として捧げる旨の誓約をして、ついでだから他の将軍や魔王の魂も捧げちゃうぜって追加で誓約して、そうしたら月の光がいよいよ強くなって、光が落ち着いた時にはアルカディアの体が俺と同じモノになっているのが分かった。
「成功した。完璧に完全に寸分の間違いもなく成功した」
ハンニバルの言葉を聞くまでもなくアルカディアが無事リッチになったことは確信できた。
「てことは私達の時は寸分の間違いがあったってこと?」
ミネアリアが突っ込む。
「んなわけあるか。お前だけならともかく俺が自分に術をかけるのに間違いなんかするわけねーだろ」
「うわ。これだからナルシーは」
キャイキャイはしゃぐ二人をよそに俺はアルカディアに近寄った。
ゆっくりとアルカディアの目が開けられる。
「おはよう」
なぜだかそんな言葉が出た。
「ん。おはようございます」
アルカディアも寝ぼけているのか、現状を理解しないままにそう言った。
そして周りが夜であることに不思議そうな顔をしている。
エメラルダが駆け寄ってアルカディアに抱きついた。
「アルカディア!ああ!よかった!」
グスグスと泣き出したエメラルダの背中に手を回してアルカディアは首を傾げている。
俺も近寄って膝をつき、アルカディアとエメラルダを包み込むように抱く。
「え?な、なんですの?」
俺の奇行に取り乱すアルカディア。
ミネアリアが俺をさらに抱き込む形でアルカディアに頬を寄せる。
ハンニバルとバーバリーがそれぞれアルカディアの頭を撫でる。
「なんですの?みなさんどうしました…の……」
そう言ったアルカディアの体が小刻みに震え出した。
「あ…ああ…」
アルカディアの震えが大きくなる。
「わたくし…みなさん…ごめ…ごめんなさい…ああ…わたくしのせいで…ごめんなさい…ごめんなさい!」
俺達がアンデッドだということに気づいたのだろう。
そして自分の体の変化に気づいて、そこから何があったのかを思い出した。
王国の裏切りにあって捕えられて、拷問の末に殺されたことを思い出した。
それで自分がアンデッドとして復活して、俺達がアルカディアを一人にさせないためにアンデッドになったことを理解した。
考えが進むにつれて罪悪感が湧き起こってアルカディアは泣き出した。
そして繰り返し謝罪の言葉を口にする。
自分が殺されてアンデッドになったことを嘆くよりも、俺達が自分の後を追ったことに傷ついて泣いている。
アルカディアが全く変わらず優しい女であることが嬉しくて俺も泣いた。
みんなでひとしきり泣いて、落ち着いた頃には空が白み始めていた。
アンデッドになったから眠らなくてもいいんだけど、その日は精神的な疲れを取ろうってことで一旦寝床に入った。
そしてそれぞれ寝れるだけ寝て、それぞれのタイミングで起き出してきて拠点のリビングに集まった。
俺は一日中ぶっ通しで寝て、起きた時にはアンデッド一日目おめでとうと自分に呟いた。
リビングに行くとすでにみんな起きていて、アルカディアが俺におはようと言って笑った。
それからしばらく俺はちょっとおかしくて、四六時中アルカディアの姿が目に映っていないと落ち着かなかった。
拠点の周囲を見回りする時も、娯楽のための食事を作る時も、そのための狩をする時も、常にアルカディアの側を離れるのが怖くなった。
アルカディアはそんな俺を笑って一緒にいてくれるのだが、俺はとにかくアルカディアの側から離れたくなくてずっとウロウロとアルカディアの後をついて回った。
アルカディアから目を離すとゴレアスに持ち上げられたマネキンの姿が頭にチラついて不安になった。
そしてアルカディアの姿を確認して安心する。
そんな状態がしばらく続いた。
アルカディアは俺の状態をわかってくれていて、嫌な顔せずにそばに居させてくれた。
そしてアンデッドになって三日目の夜に、アルカディアは俺を屋上に誘った。
月の光を浴びると気持ちがいい。
別に太陽が嫌いなわけじゃないけど、月光浴みたいな感じで月の光を体で感じるのが心地よかった。
屋上で二人してまったりしていたら、アルカディアが喋り始めた。
「わたくしがご迷惑をおかけしたことで、ライアン、あなたを不安にさせてしまっていますわね」
いや、そんなことない。
俺は君がこうしてそばにいてくれるだけで。
「ライアン。わたくしはもうあなたにも、みなさんにも、謝ることはやめますわ。これからはありがとうと、それだけをあなたにもみなさんにも伝えたいの」
アルカディアが目の前に立つ。
「わたくしはずっとこうしてあなたの前にいますわ」
そう言って俺の顔を下から覗き込んでくる。
アルカディアの瞳に映り込んだ月が淡く滲んだ。
「わたくしを確かめてくださいな。あなたを不安にさせるものはわたくしが取り除いてみせますわ」
鼻と鼻が触れ合い、アルカディアの吐息が顎を撫でる。
お互いの呼吸が感じられる距離で、俺達は見つめあった。
そして最後は多分俺からだと思うけど、俺達は唇を重ねあった。
学園にいた頃から両思いなのはなんとなくわかってはいた。
でも手を繋いだりとか、口づけしたりとか、そういうのはまだ踏み込んでいなかった。
俺がヘタレだったのもあるけど、学園とか国とか、隠れて俺達を見張ってる奴らがいたからお互いに恥ずかしかったのだと思う。
でも今は月の光しか俺達を見ていない。
情けない俺を安心させるために踏み込んできてくれたアルカディアの肩に恐る恐る手を乗せて、それでは足りないと身を寄せてくるアルカディアの背中を抱きしめて、俺達は長い間ずっと重なり合っていた。
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翌日、気力がみなぎりすぎてギンギンになった俺はゴレアスを殺すと皆の前で宣言した。
「いてらー」
「もう余裕でしょうからお一人でどうぞ」
「俺はもう少しこの体を研究したい」
「わたくしは一緒に行きますわ。ね?そんな顔しないの」
「俺も行く」
鼻息の荒い俺を茶化したいミネアリアやハンニバルの反応は理解できるが、エメラルダが意外にも冷めている。
なぜだ、と憤慨したものの、結局のところみんなでゴレアス討伐に行くことになった。
俺がボロカスにやられて撤退した二つ先の拠点まではアンデッドの体ではひとっ走りで到達した。
エメラルダの制限なしの大魔術で城門を破壊して砦の中に侵入。
目についた魔族を片っ端から殺して砦の最奥まで最短ルートで駆け抜ける。
待ち構えていたゴレアスが何か言っていたようだが聞く耳は持たず一気に肉薄して光の剣で右腕をゲット。
返す刀で左足を切り落としてバランス悪くなったところでバーバリーの鉄拳が雨あられとゴレアスに降り注いでゴレアスの意識を刈り取った。
「私やることないー」というミネアリアの文句を聞き流しつつ、ハンニバルが死霊術でゴレアスの魂に楔を打ち込む。
しばらくそのまま放置して、気がついたゴレアスに現状を理解させ、もう魔王軍は終わりだと告げる。
なすすべなく右腕と左足を切り落とされ、意識を失うまで殴られたことを理解したゴレアスが謝罪と命乞いするのを鼻で笑い飛ばして、魔王サマに言い残すことがあれば聞いてやると言って絶望させた。
ゴレアスが命を諦めたのを確認してから首を切り落とし、魂を回収したハンニバルが闇精霊さんにゴレアスの魂を献上する儀式を行なってミッション達成。
残った獣軍団を掃討しつつエメラルダの魔術によって魔王城にゴレアスの首を転移させる。
同じようにオールドワーズ城にゴレアスの体を転移させて、次に攻めるべき魔将軍が守護する砦を選別する。
それからは作業のように魔将軍を殺して首と胴体をそれぞれ魔王城とオールドワーズ城へ送り付け、目についた魔族は皆殺しにした。
中には人型の魔族もいたし、なんだったら魔族と通じている人間もいたが、アンデッドとなったことで同族っぽい感情は無くなって良心の呵責的なものは感じなかった。
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唐突だが今の戦力を評価してみる。
暗闇を見通せるようになって、さらに生物特有の匂いとか気配を完全に遮断できるようになったミネアリアは、ハンターとしてえげつない性能を発揮するようになった。
魔将軍でさえ知覚できない死角から気配無しの狙撃を連発し、さらに矢には即死級の毒が塗ってある。
ミネアリアの姿を常に視界に入れておかないと不安だから、魔将軍クラスとの戦いでもこちらの思う通りに配置をコントロールできた。
もともと体力オバケだったバーバリーは無尽蔵の体力でさらに化け物じみた強さになっていた。
アルカディアはアンデッドになって聖なる力が使えなくなったかといえば全然そんなことなかった。
むしろ闇精霊さんから聖なる力がバンバン飛んできて過剰気味らしい。
これはアルカディア限定なのか、アンデッドでもアークリッチとか上位種になると信仰心を持てるからなのか、そこら辺はハンニバルが今後研究するらしい。
ハンニバルは使役できるアンデッドの上限が魔力的に無くなったことで、人海戦術では最凶の大魔王みたいな感じになっている。
やらないけど本気で世界滅亡とか考えたら多分ハンニバルが一番早い。
一番やばいのはエメラルダだ。
異論は認めない、あるはずがない。
無尽蔵の魔力というのは魔術師には反則級のチートだ。
「めちゃくちゃ高火力だけど魔力使い切ります」みたいな魔術を制限なしで使えるんだから、出会ったら終わり系の裏ボスみたいな存在になっちゃった。
俺は全体的に底上げされたけど特に目新しい変化とかないから、新生勇者パーティーの中では一番地味というか、バーバリーと「俺達地味だよな」的な会話をよくしている。
そんなこんなでアンデッド化した俺達は魔王ですら本気でやれば楽々倒せるくらいには強くなった。
まあ本気でやらないと倒せないあたり魔王もぶっ壊れ性能なんだけどな。
魔王を倒して王国に宣戦布告し、今日がいよいよ開戦日。
意気揚々とやってきたわけだが、ひれ伏す貴族や民衆を見てややゲンナリしている。
同情心とかないんだけどね。
さてどうすっかなー。