オサメの転生
キーコーキーコー。
「あ〜、あちぃー」
俺は自転車を漕ぎながら、そんなことを呟く。
なにせ季節は夏。
しかも温度計を確認したら、36度ときた。
おかしな気温だ。
だが、ここまで暑いと自転車で出掛ける奴の方がおかしいと思ってしまう俺がいる。
どうしてだろう。
まぁ、そんなこと今は置いておいて、だ。
俺は、急いでさっき買ったこのキュウリを家に届けなくてはならない。
今日、8月13日。お盆初日。
あろうことか、キュウリに棒を刺すやつを作ろうとしたら、なんとキュウリが無かったのだ。
それで、スーパーにキュウリを買いに出掛け、今に至る。
とにかく、俺は死んでしまった妹のために、このキュウリを家に届けなくてはならないのだ。
赤から青に運良く変わった信号に感謝しつつ、横断歩道を渡り、地味に登り坂みたいになっている橋を渡る。
キーコーキーコー。
暑い。やはり暑い。
どうせなら、どこか適当に涼しい店で休んでいきたい。
だが、そんなこと言ってられない今の現状がつらい。
今度からは、ちゃんと下準備を整えてから、こういう行事に臨もう。
もうこんな大変な思い、当分したくない。
「ちきしょー」
そもそも、なんでキュウリ買うだけでこんなに苦労しなきゃならないんだ。
もう自転車漕ぎたくないぞ。
俺は十字路を左折する。
あっ、ちょうど信号が青だ。運がいい。
しかも、あの横断歩道さえ渡れば家に着いたようなもんだ。
俺は全力で自転車を漕ぎ、横断歩道を渡りに行く。
ファァァァァァン!!!
ん、あぁなんだ、クラクションか。
分かりづらい音だな。
…………………………クラク、ッ!
あ〜、あれ?
どこだ、ここ?
俺のいる空間はとても不思議な雰囲気を漂わせる場所だった。
辺り一面、青白く優しい色で、空の青色や雲の白色はどこにも見受けられない。
俺の立っている場所も青白い色で優しく光り…………てか、床のようなものがない。
マジでどこだ、ここ。
俺は辺りをキョロキョロと見渡す。
ん? なんだあれは?
そこには、たった4段ほどの階段があり、その階段を登った先には、なにやら大きな椅子のようなものが見えた。
そして、そこに………
人だ!
人影のようなものがあった。
あそこに行けば、なにか分かるかもしれない!
そう思い、早速あそこに行ってみることにする。
カッカッカッカッ
階段を上がり、そこにいたのは………
全体的に白い服で身をまとっている女神のような人物が椅子に腰掛けていた。
その女神のような人は、優しく微笑み
「どうも、こんにちは」
挨拶をしてきた。
まぁ、こういうの普通自分から言わない方がいいが、冷静だった俺は
「どうも」
上手く挨拶を返せた。
それでしばらく、場に沈黙が流れ……
「あなたは転生希望ですか?」
へっ? て、転生?
何を言ってるんだ。そんなこと現実でできるわけ………
だが、今のこの状況でその言葉に対しての反論ができない。
…………本当に何なんだよ、これは夢か? それとも幻か?
一体全体どうなってるんだよ。
俺はこんな所に来た覚えは……
「ああ、なるほど、もしかして何も知らない、そして覚えてないのですか?」
いや、なんとなく分かってしまった。
思い出してしまった。
「あの、もしかしてここって………」
俺は祈る。
頼む、新手のドッキリだと言ってくれ…………
「ええ、天界ですよ。分かりやすくいえば、天国です」
……………………まじか。
「じ、じゃあ俺って……」
「もう、死んじゃってます」
ウソ………だろ………
マジで言ってるのか?
……………俺、死んだのか……
死んでしまったのか?
俺、まだキュウリ届けられてないのに。
やらなきゃいけなかったこと、まだ残ってるのに。
それに………
「それで、あなたは転生希望ですか? それとも天国行き希望ですか?」
女神(多分そうなのでそう呼ぶことを確定する)が俺に話しかけてきた。
そうだよな。俺だってもう青年だし、こんな所でずっとくよくよしてる場合じゃないな。
「あの、一つ質問いいですか?」
「いいですよ」
俺は意を決して
「俺の死因って」
「事故死です、トラックに轢かれて」
ですよね。だって、ついさっき思い出したんですもん。
「ですが、安心してください、トラックの信号無視であなたは死んだので」
ああ、そうなんだ。
………トラック運転手、今度会ったら覚えてろよ。
「それで…………」
「ああ、どうせまた質問でしょう? もう、私が分かりやすく1から説明しますよ」
あっ、ありがたい。
「おほん、それではまず、あなたはなぜここにいるのか、それは簡単な理由で、不慮の事故で死んでしまったから」
「それで、ここに俺がいるってわけですか」
「ええ、その通りです、そして次はあなたの選択肢について」
その選択肢がさっき言ってた………
「それが転生するか、天国に行くか、です、あなたの死因は本来あってはならないものです、寿命や病気ならまだしも、あなたは第三者の介入によって死亡した、そのためあなたには選択肢があります」
「よく分かりませんが、その選択肢が……」
「ええ、ひとつは転生、あなたを異世界にとばします、ふたつ目はあまりオススメしませんが、天国での生活です、と言っても………」
女神が一旦言葉を止め、
「あなたという存在が無に帰るだけですが」
…………怖っ。俺、天国に行ったら消えるんですか。怖い怖い。
…………じゃあまさかッ…!
「あ、あの! 俺の妹は、天国にいるんですか!」
もし、もし本当に天国=存在が消えるという話が本当だったら………
「………妹さんの死因はなんですか?」
「び、病死…………です」
「では、残念ながらもう…………」
……………。
そうか、もう俺は妹に会えないのか。
……………なら、もう天国行っても………いや、ダメだ。俺は妹の分まで生きるって決めたんだ。そんな簡単にあの時の決意を破るわけにはいかない。
「すいません、話を変えてしまって……」
「いえ、いいですよ、別れというのは寂しいものです、それで、私の説明を聞いて、あなたはどちらを選択しますか?」
俺は、はっきりと
「転生したいです」
そう伝えた。
それを聞いて、女神が安堵したような、不安があるような顔をしたのち
「それでは、早速準備をして転生するとしますか!」
そう言い、女神が立ち上がり、右手を上げる。
それから、数秒後
「……………あの、なにが起こってるんです?」
「もうすぐですよ」
もうすぐ何が起こるんですか? そのくらい教えて下さいよ。
そんなことを考えているうちに
「どうぞ、後ろを見てみてください」
言われて俺は後ろに振り向く。
「…………………すごいですね、これ」
そこには、青白い光を放つ魔法陣があった。
現実離れしてきたな。今頃って感じだけど。
「事前にあなたの転生先の世界について伝えておきます、これからあなたが行くのは、分かりやすく言えば異世界、あなたの住んでいた国とはまったく違う世界です」
でも、異世界についての解説を聞いてなぜだろうか、楽しくなってきた。
「あの! じゃあ俺って魔法とか使えるようになるんですか?」
叶うはずがないと思っていた小さな夢。でも、もしかしたら………
「おそらく、というか、確実に無理です」
女神は、はっきりと言った。
俺の夢は、簡単に砕け散った。
「まぁ、魔法を扱う人は現地にいるので、それに………」
女神が、一拍あけ
「あとで、魔法っぽいことできるようにしてあげますから、そんなに落ち込まないでください」
おー! やった! これで俺も魔法使いモドキになれる。
…………言ってて若干悲しくなってきた。
「説明、続けますね、これからのあなたの人生はおそらくとても過酷な道になります、そのため、言えることは限られているので抽象的にアドバイスすると、まずは己を鍛え、知識を蓄えてください、そうすれば上手く生活していくことが出来ます……………おそらくは」
とりあえず、筋トレとお勉強すればいいってことか。おそらくは。
「あまり細かく説明すると私が消されるので、説明はそれだけです」
「本当に抽象的でしたね」
やべっ、口が滑った。
「ええ、すいません、でもあなたなら異世界でも上手く生活できますよ」
そうですか。やっぱり内心怖いですけどね。俺。
「あと、これあげます」
女神が謎空間からなにか大きなものを取り出し、俺のほうにそれを投げる。
って投げるんですか!?
「おっとと」
なんとかキャッチし、何をもらえたのか確認する。
えーと、深緑色のコート、ってこれ裾短くないですか?ま、まぁいいとして次はまんまるなリュックサック、あと…………
……………妹からもらった………帽子
「あ、あの………これって」
「ええ、あなたの大切なものをちょっとお取り寄せしてみました」
女神が俺の声に被せるようにして、微笑みながら話す。
「…………感謝……します」
なぜだか泣きそうなのを必死に堪え、俺は帽子をかぶる。
コートを羽織って、リュックを背負う。
………とてもダサい。
「準備ができたら、あの魔法陣に飛び込んでください」
俺はこくりと頷き、魔法陣に向かって歩き出す。
……………ダメだ。これじゃあ俺はダメだ。
俺は泣かない。俺は泣かない。俺は泣かない!
よし!
俺は振り向き
「俺、行ってきます、それと俺にここまでしてくださって、感謝します!………ではまた」
最後の言葉は絶対いらなかった気がするが、今更遅いだろう。
後悔なんて無い。
俺はしっかりとした足取りで、今度こそ魔法陣に向かう。
…………………。
正直言って、得体の知れない魔法陣に飛び込むのは怖い。
でも、俺にとっては恐怖より、未来への期待の方が大きい!
「ちょっと待ってください!」
なんですか! 今いいシーンだっただろ! 魔法陣に飛び込ませろよ!
さすがにそんなこと女神の前では言えないので黙っておく。
女神が階段を降り、俺の方に来る。
「最後にひとつだけ、質問していいですか?」
「えっ? あっ、はい、いいですよ」
「あなたは、誰かの幸せの為に、自らの命をかけられますか?」
……………。正直になった方がいいのだろうか。
……………………………俺はしばしの間考え
「無理です、けど…………」
「俺はもう何も失いたくない、だから、場合によってはこの命、かけます」
女神は優しく微笑み
「………そうですか、ではあなたにはこれをあげます」
女神がそう言って、俺の背負っているリュックの中に何かを入れる。
うおっ、意外と重いぞ。何を入れたんだ?
「あの、なにを………」
俺が聞こうとした瞬間、
「えいっ」
魔法陣に向かって、押された。しかも、結構強く。
ん? ここどこだ?
気づけば俺は、どこかの草原で横になっていた。
…………………。風がちょうどいい具合に吹いていて気持ちいい。
なんて、言ってる場合じゃない!
俺はその場によいしょと座り、今に至るまでの経緯を思い出す。
えーと、確かキュウリを買いに行って、それで死んで、それで…………………。
…………思い出した。思い出したぞ! あの女神が………
「あっ、起きた!」
へっ?
俺の元に一人の少女が走ってくる。
俺と同じくらい、おそらく16、17歳くらいの容姿で、体の所々に体を守る為か、鉄のプロテクターのようなものを付けている。
そして、何よりその少女は…………
腰に剣を付けていた。
本当に、来たんだなぁ〜。異世界。
さて。
私は少年を吸い込んでいった魔法陣を消し、椅子に戻る。
カッカッカッ。
私の足音がこの空間に木霊する。
この空間には、私とあの子以外今はいない。
「もう出てきていいよ」
私は優しく声を掛ける。
すると、私の座っていた椅子の奥から
「あ〜あ、やっちゃいましたね、先輩」
私の後輩が出てきた。
そして、私の方に歩み寄り
「それにしても良かったんすか? あんな奴で」
「そうね、もしかしたらあの子じゃ無理かもしれない、でも………」
「でも………」
私はただただ正直な心を伝える。
「あの子なら、きっとやってくれる、そして、信頼できる」
「はぁ〜、ホント先輩はそーゆーとこありますよね」
こんなありふれた展開で始まるお話、オサメの異世界冒険旅。これからもっと、面白くなります! …………………多分!