現場の下見
夜更け、トモコが淹れてくれたミントティーを鉢で飲みながら。
「ねえ、ベッド、代わらない?」
「ぼくとトモで?」
「そう」
「いいの? 助かるけど」
「いいわよ」
ぼくがマサの上に行き、トモがトヨとエコの上へ。
こっちならすぐに降りられるので、正直助かる。
マスクを掛け、破れズボンで顔や上半身を覆っていても、明朝は今朝よりは自由だと思うと、安心して眠れた。
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三日目。
こんなに寒さも渇きもなしに目覚めたのは、生まれて初めてかもしれない。
暗い。
顔と首筋を覆っているズボンを、その上に落ちている筈の土埃が落ちないように、そっと包み込むようにまとめてから左手に握る。
なんとなく仄かに赤みを感じる目の前の焦がした丸太天井から、視線を少しずつ下げていき、落ちないように気をつけながらそっと下を覗けば、まだ皆寝ている。
炉の火は埋火のみ。
外は、戸口の嵌め戸の隙間を見るに、もう夜明け前か。
そっと、あくまでもそっと、足を延ばして、壁に掘った凹みを使って、下へ降りる。
マサは炉の反対側に簡易寝台を寄せてくれているから、とても降りやすい。
炉の下に置いてある焚き付けをとり、マサのコットの下に置かれてる皿を取り出すと、そこに炉の灰を掻き出す。
これはあとで焼き物に使える。
炉の下に置いてある柴と焚き付けを炉にくべると、熾火から火を移して、炉の火を熾し直した。
戸口の嵌め戸の覗き窓から外を見れば、薄暗く、晴れていた。
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早朝に食事を終え、今日も作業が始まる。
ぼくは盾を今日のうちに男の子三人分揃えてしまおう、あと二枚作ろう、そう思ってる。
エイコは今日も別のお花摘みに行きたいと思ってるけど、収蔵場所に頭を悩ませている。
「トモちゃーん、蓋つき壺をもっと頂戴」
「じゃあ、また粘土採って来て作らないと。トヨ、手伝って」
「おー、わかった」
エイコは今日は腰巻を作るらしい。
マサは籠を編んでくれるようだ。
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この日は、順調に無事に捗った。
ぼくは盾を二枚、マサは籠を幾つか、エイコは自分とトモコの腰巻を作り上げた。
トモトヨも荷物置き場の中に土器乾燥スペースを設け、新たな土器を幾つも練り上げた。
一日の疲労を、夕暮れの早くも薄暗い小川で洗い落とし、エイコの入れてくれるミントティーで憩い、夜はのんびり早く眠り、そしてまた翌朝へ……。
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数日が経過した。
割と天気の良い日が多くて、色々作るのが捗ったが、肝心の本拠建設にはまだ着手できていない。
それでも、以前よりはちゃんと下見して、本当に其処で良いのかは確かめて、このまま行けると判断した。
小川に三方をΩ状に囲まれた小丘で、岸辺というものがなく、小川には降りづらい。
むしろ崖と云っても良いような急斜面で、だからこそ防御に適しているのだが、もしも崩落したら大変だから、少し気になっていた。
観た感じ、下部は安山岩質っぽい安定な岩盤で、亀裂も表面には視認はできないし、地層も水平、増水にも充分に耐え続けそう。
更に上の粘土層は分厚く竪穴が掘れるだけの深さがあり、緊密に締まり、表土層は薄い。
これならどうやらそうそう崩れる地盤ではないだろう、とまあ素人判断だが。
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下見して、盛り上がった小丘の天辺の何処に竪穴を掘るか、決める。
「この辺りでいいだろ、根も酷くなさそうだし」
「こっちの斜面のが良くない?」
「斜面だと、水が奥で出て来ねえか?」
「天辺だって出るでしょう?」
「排水溝で外に出せば、少し湿り気あっても問題ないんじゃないか」
「やだ、湿気あると虫が来るもん」
「あーー、そうだなあ、たしかに厭だなそりゃ」
「天辺だと排水できないな……」
「じゃあ斜面の場所でい~よ~!」
「ふ~、それでいっかぁ……」
そうして、結局小丘の崖側、つまり山でなく小部落に近い方の斜面に作ると決まる。
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建設の計画を立てる。
最初に、作業を安全に行う為に、逃げ道を確保する。
「どうやって?」
「丸木橋をだな、こう、島の現場から、小川に掛けて……」
「やだー、丸木橋怖いよー」
「じゃあ、手摺……は無理か、じゃ、せめて紐で網を編んで、手摺代わりに横に掛けてやる」
「作るのはエイコだけど」
「あと、丸くて滑りやすくてエイコが実際落ちたわけだから、平らに削りたい」
「鑿で削るのか」
「そう。できればちょうなを準備したいけど、まあ鑿だけでも作るの大変なんで、鑿だけでいい」
「エイコも橋の表面を平らにすればいいだろ?
「うん、多分」
「平らにったって、結構難しいと思うけど。そんな上手く削れねェだろ」
「まあね。でも、或る程度は平らっぽくできるし、一番端っこの方は少し高く……削らないでおけばいいか、端っこは。そうすりゃ、足が横に滑ってもさ、高くなってるとこで止まりやすいから、少し安全でしょ」
「端っこ高くして、横に紐網もつけるんなら、その二つでかなり安全に渡れそう」
「じゃあ、その丸木橋を作るってことで」
「はーい」
「いいよ~」
「ただし、オレたちはそんな太い木が伐れないよな?」
「うん、だから細い木しか使えないけど、二層にして組めば、充分な強度になるだろうと思う」
「苔がつくのは?」
「いや、付く暇もないよ。毎日現場に行って仕事するのに何人も橋を渡るんだから。心配なら毎日掃除してもいい。あ、箒作らないとな」
ところで、本当に「島」まで渡せるのか、長さは足りるのか。
必要な長さは、最も狭い場所で約4m。
それについては、4m級の低木を根本から伐り、二本の幹を上下逆さまで組み合わせて必要な強度を出す。
最低限の退路はこれで確定。
固定の為の杭とか色々あるが、粗い工作精度でも割とどうにでも思いつくので省略。
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拙作をお読み頂き、実に有難うございます。