エイコのお花摘み
「駄目ね」
勢い込んで皆に説明したら、トモコに却下されてしまった。
もうやるものと思ってあれこれ考えていたのに。
驚きで胸がぎゅっと痛くなる。
「ええっ、どうして?」
「遣り過ぎなの。寝る場所すら切り詰めてるのに、わざわざそこまで手を掛けたりするのは流石に無駄よ」
「……っ」
「私たちは、こんな場所でぐずぐずしてるヒマは無いのよ。本当の私達の住まうべき場所を造る為に、多少の不便は今は我慢するの。違う?」
「……違わない、でも」
「いずれ本拠は少し奥に造るのに、こんなところに動かす事も出来ないものを作るのに、なけなしの資源を浪費するのは、無駄。でしょ?」
「……うん、その通りだ」
「うん、そうだな」
「けど、意気込みは良かったゼ!」
背中をバンバン叩くトヨの慰めが有難い。
「ああ……せっかくお爺さんにも訊いて来たんだけどなぁ……」
「いや、それは無駄じゃねえよ」
「じゃ~、今日はお花摘みぃ!」
嬉しそうにエイコが声を挙げた。
ああ、そう言えば、昨夜の炉辺のお喋りで云っていたな。
今はカミッレの花が咲いてる、とか奥に群生地があった、とか。
「ああっと、なあ、今日はオレとトモは浄水筒を作るのに少し時間かけるから、エイコたちは三人で摘んで来いよ」
「ん、浄水筒?」
「土器でちゃちゃっと作っておく。さっきの濾過装置の説明で、どうすればいいかもわかった。ありがとよ。いつも通り、乾く迄には十日かそこらかかるけど、作業時間自体はそれほどは掛からない、だろ、トモコ?」
「そうね、壺の応用だもの、大して手を掛けずに作れるでしょ、それなら、でもトヨ、エコと一緒にお花を摘んでからでいいんじゃない?」
「あ、そう? じゃあそうすッかァ」
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それで、その日は朝のうちはお花摘みと決まり、すぐに出かけた。
ただ、エイコが目敏く見つけていた場所は、未開の谷川の奥で、未だ行ったことが無い場所だった。
どのくらい危険なのかも分からない。
そこで一応、まだ盾が無いので、代用品として携行柵をぼくとマサが一枚ずつ、頭に円座を当てた上に載せていった。
不安定な足場を行くので、他にはほとんど持ち物を持たないで。
「こんなことなら、真ん中に手を掛ける穴を作っておくべきだった」
「仕方ないだろ、あの時には土を運ぶ担架代わりに使う前提だったんだからさ」
ぼやくぼくとマサは、大き目の畳のような大きさの湾曲した編み込み板を、左右の手で交互に支えつつ、道の無い岸辺を歩いていた。
未整備の不安定な足元なので、転ばぬようにゆっくり進む。
いつものように、ズボンは履いてない。
いつ何が現れるか分からず、警戒して進む。
隊列は、トヨキが先頭、エイコが二番手、ぼく、トモコが続き、最後尾はマサノリ。
エイコとトモコはできるだけぼくとマサノリが頭に載せた編み込み板の下に入るようにしている。
頭上に潜んでいるかもしれない大山猫の奇襲による死を免れる為に。
トヨは木の槍を杖代わりにしつつ、松明を掲げて、先頭で辺りの様子を探りつつ進んでいる。
エイコとトモコは左手の杖と右手の杭で杖をついている。
目的のカミッレの群生地への途中でも、時々エイコが薬草や食用の草花を摘む。
それでもそれほどは掛からずに、無事に目標地点についた。
一分間の安全確認が済むまで、警戒態勢を取り続け、それからぼくもマサも頭上から下ろした柵を立てて、女の子の持って来た杭を借りて左右で警備に就いた。
トヨはぼくらの真ん中で警戒を続け、トモとエコが二人でお花を摘んだ。
大体全体の三分の二も摘んだ頃、
「もういいよ~」
「もう籠一杯よ」
「それじゃ、帰るか。し残してる事は無いか?」
「あ、待ってねー」
エイコが周囲を観察し、トモコと色々喋っていたが、暫くして
「もういいよ~」
「じゃあ、帰るか」
そこでぼくらもまた編み込み板を頭上に載せて、帰路に就いて、また一歩一歩気をつけて、無事に戻った。
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帰ってからは、エイコが摘んできた籠のお花を穴蔵で陰干しするのをぼくとマサで手伝った。
トヨトモはその間、先に木蔭の簡易寝台で休んでいて、ぼくらが作業を終えて休憩に入ると、起き上がった。
籠を背負い、杭を握って、浄水筒を作る為に小川の方へ行くようだ。
仮小屋の辺りには土器作りに適した作業場所が無いので、水にきれいに磨かれた適当に大きな平面をもつ石のある場所で、粘土を灰と捏ねて成型してくるらしい。
ぼくも場所は知っていて、割と近いから何かあれば叫んでもらえれば聞こえると思い、あまり心配はせずに見送る。
ぼくらも小川で洗面したあとで、木陰でコットにひっくり返って休んだ。
エイコは穴蔵で一人で休憩した。
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休憩からぼく一人、先に起き上がると、木の下で枝に結わえてある丸太メモを取り出して読み返し、優先的に作るものを考える。
ふむ、まずは籠かな。それから紐、縄。
とにかく使う事が多く、既に現状足りてなくて、行動に支障をきたすんだ。
優先して作るべきなのは間違いない。
ただ、今日みたいに危険度不明な場所に行くには、やはり盾が欲しい。
今はお花摘みシーズンらしいので、また近日中にもエイコを護衛して行くかもしれない。
そうなると盾も優先度が高くなる。
編み込み板をもう少し小さくして、真ん中に穴を開けて編み込み、あと把手つける。
籠と紐と縄は誰でも作れるし、先ずはぼくは盾からとりかかるか。
今回は前回とは異なり、灌木を採ったら現地ですぐ作るのではなく、この穴蔵周りで作るべきだろうな。
だったら、エコマサを待って、三人でそれぞれが作る物──紐や籠や編み込み板──の材料を一緒に集めて来て、一緒に持ち帰るのが良いだろう。
なら、とりあえず木の槍を持って行って、それで帰りは天秤棒みたいにすればいいかな。
荷物を蔓で束ねたところへ、木の槍を突き通して、あとは棒軸の前後の縦揺れで荷物を落っことさないようにバランス取りながら持ち帰る。
今日これからの作業について、考えが纏まったところで、マサとエイコに声を掛ける。
拙作をお読み頂き、実に有難うございます。