一人での小部落訪問
濾過装置の肝心の理屈や仕組みについて、よく知らなかったぼくは、仲間に訊いてみたかったのだが、穴蔵を覗き込んでも、マサエコ二人が寝てるだけで、知識のありそうなトモコもトヨキ同様何処かに行ってしまってるらしく見当たらない。
ぼく一人で会いに行くのは、少しドキドキしたが、小部落へ行く事にした。
と云っても小さな凸地の脇を一つ廻って起伏を越えるだけで、ほとんど目と鼻の先だ。
人に会うのだから、と今まで履いていなかったズボンを履く。
これも貰って早々に破いてしまったのを、これまで繕い繕いしながら使ってきたが、もう裾も擦り切れてきたので、どうにかしたいなあ……
いつも通り、庭先にお爺さんが居たので、垣根越しに、まずはこんにちはと挨拶するんだと思いながら、ぼくが前に出て声を掛けるのは初めてだから少し緊張して、声をかけようとする先から、
「おう、こんにちは」
と声を掛けられて、慌てて
「こ、こここんにちは、良いお天気ですね」
どもりつつ何とか挨拶したが、どうしてそうなるのか、途端にぱらぱらぱらっと雨が降って来た。
えっ、と見上げると、通り雨だ。
大方は青空なのに、いつの間にか少し斜め上に黒い雲がちょっと広がって来ていて、そのうえに明るい白雲が見えてる。
そこから降って来ているらしい。
どうにも間が悪い思いをしたので、
「すいません、また今度!」
と逃げ出そうとしたが、
「まあ、待ちなさい。どれ、ちょっとお入り」
と垣根の戸を開けられてしまっては、もう招じ入れられるが儘に、お宅へお邪魔するしかない。
「すいません、お邪魔します……」
戸口の間を抜けて段々を下ると、広めの土間だった。
そうだ、ぼくが本拠に造りたい竪穴住居はこういう感じだ……。
「あらあら、いらっしゃい」
声の主は奥さん、じゃなかった、たしかお爺さんの息子さんの奥さんだ。
「まあ、まあ、とりあえず、そこへでも腰掛けて」
「は、はいっ、失礼します」
清潔に掃き清められた竪穴の土間に、小さな竈があった。
その周囲に、ぼくたちの粗末なのとは比べ物にならないような良い出来の円座が数枚積まれていて、一枚は既に場に出ていた。
材料からして吟味されてるねえ、これは。
ぼくはその円座を両手で拝借して、出来に感嘆すると、とても勿体なくて、使わせて頂く気になれず、出口近くに跪いて、爪先を立てた正座姿勢をとった。
「おいおい、子供が遠慮なんかせんでいいよ」
そう言われては、遠慮し続けるのも失礼、と場所はそのまま、円座をお借りして、恐る恐る坐った。
円座を使わせてもらうのが恐縮であるのと同時に、胡坐で坐るからズボンの股が裂けないかとも心配していた。
無事に腰を落ち着けて、面を上げて眺めれば、奥の方には、土壁で仕切られた先に別の小部屋があるようだ。
頭上は、奥側の何処かに隙間があるらしく、外光が射しこんでいて、意外と閉塞感が無い。
「それで、急ぎの用だったのかな?」
「いえ、そういう訳では……」
「それなら、まあ一杯行こうか」
すると手びねりの茶碗に、近くの小さ目の甕から柄杓で液体を汲み出して、こちらへ勧めてきたので、頂いて口にした。
爽やかなハーブティーだった。
「はあ、これは結構なものを頂きまして……」
「いやいや。緊張すると喉も乾いて声も通らん。ただの通しだ。どれ、わしも……んっんっ、うん美味い」
「ええ、本当に」
云ううちに、ざーっと雨音が強くなってきた。
あれ、通り雨じゃなかったのか?
「何だか、本降りになってしまいましたね」
「いや、通り雨だろう。よくあるよ」
かなり薄暗くなった。
まあ、帰りにまだ降っていたって、近いからさほどの事もないけれども……。
心配していると
「少しすれば、じきにまた晴れ上がるだろう」
と更に言ってくれたので、それならと、もうあまり心配しないことにして、お茶を味わう。
落ち着いたところで、濾過装置の件を言うと、色々説明して呉れた。
結構色々と勘違いしていたというか、全く理屈が分ってなかったのをあらためて知らされて、いや、それは違うとお爺さんに指摘される度に恥ずかしかったが、とても役に立つ知識なので、その都度、ならばこれでいいのかと確認して、きっちり覚え込んだ。
用が済んだので、お礼を申し上げて、退去した。
たしかに、帰りにはもう晴れ上がって、涼しい風が気持ちよく吹いていた。
助言と雨宿りのお礼に、雨に濡れずに済んだ薪を一束抱えて、後で持って行った。
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社交と勉強と力仕事とで、いい加減疲れを覚えたので、そろそろぼくも休もうと思い、その前に軽く水で身を清めに小川へ行くと、トモトヨが先に清めていた。
「お、戻ってたのか」
「ええ、この辺りの様子をまた色々見てたわ」
「お前こそ何処行ッてたンだ?」
「ちょっとね、水のことで色々考えててさ、分らない事があったけど誰にも訊けなかったんで、ちょっとお爺さんとこ行ってたんだよ」
「あら、そうだったの」
「爺さん、元気だったか?」
「相変わらずピンピンしてたよ」
「水のこと?」
「ああ、飲み水をさ、ほら、ここって増水すると濁るでしょ」
「そうそう」
そんな風に駄弁りつつ、手早く清めて彼らに少し遅れてあがり、外に置いてある薪の山から一掴みとると、石斧で割って穴蔵へ持ち帰った。
転寝して、皆の小声で喋る声と薪のぱちっと爆ぜる音、それに煙とミントの香りの中で目覚めた。
暗くなってから起きてもその場で手仕事ができる嬉しさを味わい、でもやっぱり狭いなあと皆で云い合い、それからまた安眠した。
拙作をお読み頂き、実に有難うございます。