冬の到来
BGM: "It's Me, Cathy" by Hubert Kah
トン、さく、トん、さく、と石鑿を振う。
粘土層も次第に残りが減ってきたか……。
「おっと、ヤバい」
うっかり安山岩層まで露出させてしまっては、風化侵蝕が進んでしまい、最悪の場合、岩盤崩落の危険を自ら招いてしまう。
ここまでだ。
本拠の足元をぐるりと廻る小川は、川沿いに少し下れば川辺まで降りる岸辺があり、そこなら洗濯に便利だ。
ただ、ちょっと水を汲みたい時など、本拠を出ずに利用したかった。
新たにトヨキとトモコが把手をつけた壺を焼いてくれて、枝きれなどに引っ掛けるだけで、水面まで下ろして容易に水汲みができるようになったので、川面に近づけるように、今日、斜面を掘り削って石段を刻んだ。
早速上に上がり、
「おーい、水場ができたー」
ひょこっとトモコが作業小屋から首を出して、
「はーい」
トヨキも出て来て、
「これな、今行くぜ」
と釣瓶──把手つき水汲み壺と木の枝を削った吊鈎──を持って出てきた。
「オレにやらせてくれ」
「ああ、じゃあぼくは向こう岸に行って観てる」
今では『家』と呼んでいる住居にトモが首を突っ込み
「マサー、ちょっと手伝ってー」
「いいって……」
とトヨは苦笑するが、マサノリが急いで出て来て、
「何すればいいんだ?」
「念の為、万一に備えて……」
まあ、トヨでなくても、別に……と思う。
トモコが心配性になってる気がする。
下流の岸辺で待機準備できたマサが、
「いいぞーー!」
と叫び、トモが
「いいわよ」
とGOサインを出して、トヨが
「水汲むだけだってーの」
と顔を顰めながら、冷たく澄んでる小川の水へ吊鈎に下げた釣瓶を沈めると、ぼこぼこ言いながら水を満杯にする。
曲げてた体をひょいと伸ばし、壺を持ち上げて、自分の立っている足元へゴトッと置く。
「オラ、上がれ」
「はいはい」
しゃがんで壺を持ち上げたトヨが、先に上るトモの後にスタスタと尾いて上がっていく。
「マサー、もういいぞ」
「おー」
マサも戻って来る。
実用上、問題ないな。
ま、手摺や排水溝がないと、雨の日はちょっと滑りやすいかも。
せめて安全索をつけてもらうとか、工夫の余地はある。
でも、それは来年。
まだ先にやる事がある。
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秋に入って、屋根は仮設とは言え、一応は作業小屋と住居も作り、保存食糧を掻き集め、その後、住居だけだが耐雪屋根化した。
燻し場は作業小屋が出来た時に直ちに設けてあり、以後毎日のように頻繁に使っている。
特に秋の食糧採集期には、干し魚づくりで常時使っていた。
お蔭で、かちんかちんに硬くなった干し魚が多数、冬に備えて複数の蓋つき壺に収まっている。
やっぱり何と言っても食糧を得るのが最優先だ。
でも、そろそろ食糧採集の成果が、著しく乏しくなってきている。
この前は遂に雪が降った。
作業小屋の屋根はまだ薄いままだったから、駄目だろうなあ、と思いつつ、時々家の戸口から出て見ていた。
出ると寒く、防寒具が欲しくなった。
そして、まあ、作業小屋の屋根はまだ、菰挿みとか二重とか言っても、所詮は葭簀張りでしか無いから、積雪の重みであっさり落ちそうなので、まだ垂木が耐えているうちに、時々レーキで掻き落とした。
落とした雪は次第に積み上がる。
雪を綺麗なまま採れれば、良質の水なので、空いてる壺(あんまりもう無かったのだが)に詰め込むことにした。
しもやけになりそうなので、あかぎれ体質でしもやけにはなかなかならないぼくが、素手でどんどん詰め込んだ。
そんなこともあって、愈々冬が到来したようだ。
短い秋だった。
本拠内は雪を掻いて小川や防御壁の脇へ捨てる事が出来るが、周囲は山も道も白一色に。
また雪目防止の遮光板の出番だ。
できれば、また雪が降る前に、作業小屋の屋根も何とかしたいが……今はその場凌ぎで何か軽い工夫をするしかできないだろう。
次第に日々の食事にも事欠きつつあるのだから。
果たしてこの冬を乗り越えられるのか。
今のうちに、厳冬期の食糧をいかに得るのか、それを考えて準備していかねばなるまい。
常に日常的にせねばならない事がある。
熱と光を与えてくれる薪炭などの採取が必要なのは言うまでもない。
副産物として樹皮の紐や木酢液、灰なども得られる。
食用、薬用の他にも、紐や縄を綯い、菰その他を作る為の草を採る。
塗り直しや緩んだり切れたりした紐縄の締め直しなど、家の内外の手入れも必要になった。
そうしたことを冬にも続ける、その為だけにも、備えが必要だ。
冷たく濡れたままでは良くないので、湿り気を吸い取る何かが必要だ。
雪の中でも、冷たさから身を護って行動を可能にする被服類を作ろう。
それと、ぼくらは栄養不良の所為で極めてゆっくりとだが、それでも成長している。
寝台や肌着もそれに合わせて、作り直しが必要だ。
肌着は繊維製品なので難しいかもしれないが……。
更に、もしも新たに食糧を求めて、雪上に獲物を求めて追跡し、狩る心算ならば、狩猟具が必要になる。
またもしも他の猛獣、或いは飢えて盗賊に身を堕とした輩と遭遇したりすれば、退治するか生存するか、いずれにせよ、それを可能にする武具も必要になる事だろう。
ここは堀と土塁、それに防御壁を設けてあるので、防御力もそこそこある。
ただ、架橋部は未だにそのままだ。
それでは盗賊にそこから入ってきてくださいと云っているようなものだ。
近々どうにかせねばなるまい。
とりあえず、今はエイコと見張りを代わってやろう。
「おーい、エイコ~!」
「な~に~?」
緊張感のない返事と山から降りて来る冷気に、一つ大きく肩と首を竦めると、ぼくは彼女の立っている見張り台に向かって、ゆっくりと歩きはじめた。
~ 第三章 完 ~
拙作などをお読み頂き、実に有難うございました。
曲がりなりにも、やっと彼らを自身の拠点へ入れさせてやることができて、ほっとしています。
もう、始める前にしこしこ書いていたメモからは、全く違う展開になってしまっていて、どうにもメモが使えなくなってしまって、本当にこの第三章の第六話辺りからは、メモ書きすらせずにぶっつけで書き続けていました。
拠点にしても拠点づくりにしても、全然──相当──当初とは違ってしまって、メモが勿体なくて泣けてくる。
折角あれだけいっぱい書いていたのに!! という想いで、どうにかしてやりたいけれど、もうパラレルワールド展開になってしまってるから、どうにも活かせない。
なんて、なんてもったいない……。
まあメモ時点で既に何パターンも書いてて、その時点で勿体なかったから、
「もういいっ、とにかく書き始める、これ以上『ど~れ~に~し~よ~う~か~な~』してるのは厭だっ」
と思いきることにして、見切り発車にしたんだけど、まさかここまで別物になるとは……あの要素も、この要素も、何処かでおねんねしてるよ、そのまま出番なくなりそうだよ、あーなんてこったい……しかもそれだからどんどん話は薄っぺらくなってくる、この虚しさ。
メモのままでは登場人物の顔が見えないから、場面作って台詞入れるじゃん?
するとモデルとなった実在人物の性格に沿って動き出してさ、しょうがないからそっちに話をもってくじゃん?
するともうどんどんズレてくんだ……
メモ書きが纏まりがない所為かも。
その場面で頭に入ってなければならない事がわかりやすく一覧になってなんか居ない物だから、そして書いて暫く経ってるものだから、頭から抜けてしまっていて、後で物凄い長いメモ書きをなんとなくぼんやり読み返していて、ああ、こんな事も書いてたんだって気がついても後の祭りなんだ。
「やらかしたと思ったら、遡って大改稿するかも」
とか書いたのは、そういうのを何となく自覚していたからだろうけど、大改稿するのって、それはそれで、今まで書いた方の物語を消してしまうことだからなあ……
まあ、そんな感じで、ここまで来ました。
次章からは、また幾らかでもメモに引き戻して始められたらなぁ、とか虫の良い事を考えていますが、どうなることやら……。
今回、最後はあからさまに某『温帯』の、ぼくが大好きな作品のオマージュ──というより単なるつまらないパロディ──になってます。
以前、もっとずっと上手にオマージュできたのがあったのですが、ちょっと人には言えないような場所で使ったので、お目に懸けられず残念無念。