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第2話目 運命の日④



 

「すみませんでした。貴方様が仰っていた通りにできなくて。花ですが、僕では代わりを手配することができなくて、献上する方には僕の責任だと謝ったのですが、その、上手く伝わらず、事の経緯を知られてしまって……」


「献上する方って、ディオクス様でしょ?もう言わなくていいわ。分かってるから」


「は、はい」


 不格好な辞儀が癪に触ったため、私は「顔を上げなさい」と少年に言った。


「ねえ」


 素直に顔を上げた少年に向かい、体の前で腕を組みながら鋭い目を向ける。


「ディオクス様にお金を渡したのは、あなた?」


「あ、はい。あのような大金を僕が貰うわけにはいきませんでしたし、持ち主にお渡ししたいと伝えたら、ディオクス様が預かると」

 

「そう……」


 ギリっと腕組みされた手に力がこもる。

 やはり、あなただったのね。

 この事態を引き起こした張本人はーー

 

「~ふざけるんじゃないわよっ。なんで、王太子にお金を渡すなんて馬鹿なことをしたの?!私が花を踏んだことがバレてしまったとしても、あなたがお金を渡さなければ、まだ事態はよかったはずで、私への悪印象だってなんとかできたのよ!」


「す、すみません。でも、僕は、お金を落とされた方がいるからっていう話で伝えましたし、お金は僕が直接持ち主様に返したいと言ったのですが」


「あの王太子なら、それで事を理解してしまうわよっ。あなたのせいで事態が最悪な結果になってしまったじゃないの!」


バンッ。

 衝動的に、私は目の前の机を思い切り叩いた。

 が、向き合う少年はただポカンとした顔でこちらを見ている。


「~っ!」


 何よ、その間抜け顔っ。

 少年を見た事で苛立ちを覚えた私は、ソファに備え付けてあったクッションを持って立ち上がる。

 そうして、勢いよく、腹立たしい顔面に向かって投げつけてやった。

 

「そもそもの話、あなたが道端に花籠を置いておいたのがいけないんじゃない!そのせいで私が籠につまづいて、花が散らばって、その花の香りが忌々しい者どもを思い出させるから、その原因を消したくなっただけよっ。それを、献上する花だっていうから、金貨を渡してなんとかするように手配してあげたじゃない!」


 そうよ、私は悪くない。

 悪くないのに、籠を道に置いておいた庭師を責めず、お金を渡し、黙っているだけで大金が手に入るという慈善事業までやってのけた。

 なのに。


「このままじゃ、お父様に叱られてしまうわ。王太子妃になることのできないお前など価値がないと、強く頬や背を打たれてしまうのよっ!?あなたのような、何も持ってない、礼儀もなってない格下の、プロレタリアートのせいでっ!!一体、どうしてくれるのよっ!!!」


 はぁはぁという私の息遣いが、静かな室内に響く。

 感情のまま、湧き出るものをその場に放った私の目から、ポロりと涙が零れた。

 もう嫌だ。

 色々グチャグチャだ。

 今もこの先もどうしたらいいかわからないし、それに、こんな格下庭師の前で泣くだなんて。

 

「……大変なんですね」


 溢れ出た涙を手で拭い去っていた私の耳に、少年の穏やかな声が入ってきた。

 視線が自ずと少年に向く。


「貴族様の暮らしのことは僕にはわからないけど、貴方様が大変な状況にいて、それがとても辛いのだということが伝わりました」


「大変?辛い?」


「はい。貴方様の心が、泣いています」


 少年の言葉を聞き、私の両目がぱちくりする。

 心が泣いている?

 何、それ。

 意味がわからない。


「僕は何も、貴方様をお助けすることができないですが……あ、ポプリ!」


 そう言った少年は、慣れない手つきで胸ポケットを探り始めた。

 何をするのか様子を伺っていると、ポケットから白い布切れでできた手のひらサイズの何かを、取り戻してきた。

 それを両手のひらに乗せ、こちらに見せてくる。


「リラックスできるように調合したポプリです。こういう、貴族様が居る慣れない場所に来る時に持つようにしていまして。僕の私物なんですが、よかったらどうぞ」


 ずいっと、お手製のポプリとやらを私に向かって差し出してくる少年。

 「さあ、どうぞ」という眩しいばかりの笑顔に押された私の、無意識に動いた手がそれを受け取ってしまった。

 受け取った私に対して少年は、


「ご令嬢様が癒されますように」


 教会の牧師が言いそうな言葉と、天使が描かれた絵画でしか見た事がないような輝かしい表情を向ける。


「………………」


 私は何もリアクションできなかった。

 よくわからない行動をしたかと思えば、追い討ちをかけるように、よくわからない言動までしてきたではないか。

 なんなの、この子。

 意味がわからなすぎる。


 呆気に取られていた私の意識。それをここに戻してくれたのは、間もなくして聞こえたノック音だった。

 私の帰宅を促す道案内人が、ドアの前から挨拶をすると、

 

「あ、では、僕はそろそろ」


 目の前の少年は、ペコりと頭を下げ、気まずそうな様子でササッとその場から去っていく。

 

 輝かしい笑顔を向けられながらポプリを渡され、慈悲の言葉をかけられる。

 今まで誰からもされた事の無い、衝撃的な対応の残像。

 それが残っていたことや、案内人の無駄がない動きにより、私はそのまま、流れに従い帰宅する形になってしまった。


 今回、離宮に登城したことで私が得たもの。

 それは、見窄らしい長方形の袋。

 庭師の少年から渡されたポプリ、だった。


 

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