第1話目 出会い②
「はあ?!!」
目線を下げながら否定の言葉を呟いた少年に、私は驚きの声を上げた。
この私がここまでしてあげたというのに、なんたる愚行。
ワナワナと震え出した私が口を開こうとした矢先、少年の真剣な眼差しがこちらを捉えてきた。
「同じ花というのは、ありません。花も人と同じく生きものだから、一つとして同じものはないし、この花の代わりもないんです。それにこの子は、年に数回、夜にだけしか咲かない貴重な花で、そして…………」
「なんだというの?」
「献上することを約束していた花でした」
何か想い返すような表情をしながら、花を見つめる少年。
その様子と返された言葉を前に、私は焦燥感を覚える。
献上を約束していた花、ですって?
「……献上するって、誰によ」
「その方との約束上、僕からは言えません」
「私が財務大臣の娘で、王太子妃になる者かもしれなくても?」
「誰にも言わないという約束ですから、誰であっても言えません。それから、僕は身分や権力には疎いので、すみませんが、財務大臣の娘といわれてもご貴族様なんだということしかわかりません」
「……ちっ」
真剣な眼差しで怯むことなく意見をいい、こちらの身分を出しても動じない。
そんな少年の様子に押されてしまい、返す言葉を失った私は、思わず舌打ちしてしまった。
話が通じなさすぎて嫌になる。
しかし、悪いのは明らかにこの少年だ。
私という人間の価値や発する言葉の意味を全く理解できていないのだから。
奇人?偏物?
理解不能でしかないが、分かったことは、そんな者とは正常な会話は成立しない、不可能だと見限る必要があるということだ。
それよりも。
今懸念すべきは、奇人のいう献上する相手が誰かということ。
離宮の庭で咲く花、それを献上するということは、王族もしくはそれに近しい身分の者宛である可能性が高い。
もしも今回の事が王太子の耳に入ってしまったら、都合が悪すぎる。
たくさんの令嬢が参加した今宵のパーティで、話しかけやすいようにと、彼が座る席の横で待っていてあげた私に対し、失礼極まりない態度をとった彼のこと。
被害者側の私に非があると間違った解釈をするかもしれないし、そうなれば財務大臣であるお父様にも不都合が生じてしまうかもしれない。
「あの……」
「……なによ」
少年の不安気な声によって我に返った私は、不機嫌さを示してみせた。
私が真面目に考えていた中、遮るように声をかけてくるとは。奇人は空気を読むこともできないのか。
「急に黙られたので、なにかあったのかと心配になりまして……」
「ええ。あなたが意味深な態度で献上する花だなんていうから、この先どうしたらいいかわからないでいるの」
「ええと、それは「黙りなさいっ」
話の通じない相手、奇人なんかと話をしたら事がややこしくなるだけ。
今までのやりとりを含めそう思った私は、身につけていた絹製のオーモニエールから小さな白い袋を取り出し、少年に向かって投げつけた。
「いいこと?その金貨をあげるから、どこかで買うなり譲ってもらうなりして花を用意しなさい。貴重だかなんだか知らないけれど、それだけのお金があればなんでもできるわ。もし見つからなかったり、献上する相手からなにか言われたならば、自分のミスで花を駄目にしてしまったのだと謝罪なさい」
「えっ、あの」
「金貨が多いのは、口止め量も入っているからよ。わかる?私と関わったことを口にしないだけで、大金が手に入るの。黙っていれば大金を得られるなんて、あなたのような身分のお子様にはまず有り得ないわ。私に感謝することね」
「えっ、これは」
「~話は以上っ。礼儀も何も知らない不躾な奇人が、これ以上私に関わらないでちょうだい!」
軽蔑の眼差しを向けながら、怒りに満ちた言葉を言い放った私は、踵を返しその場を後にする。
「~なんなの?!」
あの煮え切らない態度。
私の完璧で慈悲深い対応に、二つ返事と感謝をしないなんて。
無礼すぎるプロレタリアートの少年め。
数々の不躾な振る舞いをされた挙句、何も悪くない私が大金を渡してやったというのに!
怒りに任せ、庭道を早足で進んだ私は、程なくして離宮の裏門に辿り着いた。
門の先には、我がエンヴァイロ公爵家の家紋が入った馬車と、その前に立つメイドの姿が見える。
「お帰りなさいませ。ロサ様」
綺麗にお辞儀してみせた専属メイドのカリナに、私は履いていた靴を脱ぎ取って投げつけた。
「誰が馬車の前で待っていろと言ったのよ。指定した場所に馬車をつけたなら、さっさと私を迎えに来なさい!」
「申し訳ございません。こちらの門を使用するには主催者様の許可が必要でして、その手配に時間を要しておりました」
「あなたが手配に戸惑っただけでしょう?そうやってちゃんと仕事をしないから、私が散々な目にあったじゃないっ。道でつまずきそうになって右足がカゴに打当るし、お気に入りの靴は汚れたのよ?それから、小汚い最下層の庭師に物申されたわ。話が通じない奇人で、私が悪者扱いされるし、大金は奪われてっ。気分は最低最悪よ!一体どうしてくれるの?!」
「……申し訳ございません」
「罰として、明日の休みを返上しなさい。今履いていた靴と同じものを用意するのよ。隣国の一流靴職人の最高品だから移動費と靴代は高価だけど、カリナの資金から出しなさいね。それで許してあげるわ。カリナは本当に出来損ないのメイドだから、それ以上求めても上手くできないし、そうして私の足を引っ張るんだから。本当、溜まったもんじゃないわ 」
「……はい。お恥ずかしながら、その通りでございます。ロサ様、寛大なお心をありがとうございます」
カリナの従順な受け答えを受け、私は微笑する。
そうよ。
私よりも格下の人間は、こうして私の話を素直に聞き入れるものなのよ。
国一番の令嬢である私は、こうあって然るべきだわ。
いつもの流れに満足した私は、馬車の近くに待機していた護衛者を使い、裏門につけてあった馬車に乗り込んだ。
そうしてすぐさまカリナを呼び、ドレスについた汚れを落とせと命じれば、カリナは顔色を変えることなく二つ返事で引き受けた。
発車した馬車に揺られ始めた私が、カリナの仕事ぶりを見ていると、ドレス裾のレースに白い何かがついているのに気づく。
白い花弁だ。
『それは無理です』
先程向けられた言葉が思い起こされ、私は思わず唇を噛む。
あの少年、私に従い感謝せねばならなかったというのに。
少年が私に向けてきたものといえば、意味のわからないイライラさせる言動ばかりだった。
「『……愚かな格下の人間は、不快しか生まない』」
身分が底辺の人間と関わりあったのは初めてだったが、お父様が言っていた通り、不快ばかり感じさせる存在だった。
「まあ、もう2度と関わり合うことなんてないでしょうけれど」
孤児院出身の庭師なんて、身分違いもいいところ。
普通ならば絶対に馴れ合わない相手であるし、仮に会うことがあっても私が少年に話しかけることはしない。
であれば、関わり合うことは不可能だ。
あの少年が高貴な私に話しかけることなど、本来許されないことなのだから。
庭師の少年は、私に盛大に感謝すべきだ。
人生で関わることなどないはずの高貴な公爵令嬢が、寛大に接してあげたことに。
「奇人に慈善事業をしたなんて、私ってば最高ね」
スカートの裾から指でつまみ出され、ゴミ袋に入れられていく白い花弁。
それを見る私は、誇らしい気持ちで満たされていった。