ついに初めての公務です
今回カミーユはあまりしゃべりません。
マイン王室属領の実際の統治は、王家が任命した名代によって行われている。馬車が館の前に到着すると、実際の統治を任されている代理人が出迎えた。
「姫殿下、ようこそいらっしゃいました。本日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
ニコルは代理人とともに鉱山へ向かう。その道中、彼はこの鉱山について簡単に説明し始めた。
「鉱山で取れるのは上質な金属鉱石。主に金でございます」
「金はこの町で加工されて、貨幣やアクセサリーなどになったり、外国と貿易したりするのよね」
「さすが姫様。博学であらせられる。また、上質なラピスラズリなども産出しています」
「この国では、伝統的にラピスラズリが重要視されているものね」
そんな話をしているうちに鉱山へとついた。鉱山では、作業員たちがツルハシを使って鉱山資源を掘り出していた。
「あ、姫さま」
作業していた作業員たちが一斉に集まってくる。ニコルは彼らに笑顔で応対した。
「ここでの仕事は楽しいですか?」
「まあ、つらいこともありますが、それなりには」
「ほんとですよ。僕はここで働くようになってあら、嫁や子供に腹一杯食わせてやれるようになりましたから」
「それならよかったです。これからも、安全に留意して仕事してくださいね」
作業員たちはニコルに対して好意的な態度で接する。
「あ、おい、どういうことだ!!」
その時、別のところで作業していた人が、彼女に向かって声を張り上げて突撃してきた。
「危ない!」
とっさにカミーユが彼女をかばう。その人はしばらく何かをわめいていたものの、ここのリーダーらしき作業員にたしなめられ、やがて少し落ち着きを取り戻した。
「どうかなさいましたか?」
「実はよう、数日前に鉱山作業員の給料を減らせって上から命令が来たそうなんだ」
「上から……ですか?」
「そうそう。よくよく聞いたら、王家から正式な書類が来たって聞いてるぜ。どういうことなんだ」
「これ、やめなさい。給料が減った分、領主さまがいろいろ補助してくださってるじゃないか」
「その話、詳しくお聞かせ願えますか?」
ニコルは真剣な顔をして作業員の方を向く。彼は頭をかいて答えた。
「詳しくって言っても……、突然領主さまが謝りながら、俺たちの給料をかなり減らすことになってしまったって言いだして。どいうことなんだって詰め寄ったら、何でも王家からお達しが来たって言ってよう」
「少なくともわたくしはそんな話を聞いておりません」
ニコルはそう言って代理人の方を見る。彼女の視線は、「どういうことだ」と説明を求めていた。彼は「しかし……」と呟いて言った。
「一週間前にいきなり鉱山作業員の給料を減らせと書かれた、玉璽が押された書類が届きまして。私はどういうことだと確認したのですが、書類の通りだと説明もしてもらえませんでした」
「その書類を見せてもらえる?」
ニコルはなおも真剣な表情を崩さずに言う。代理人は頷いてその書類を取りに行かせた。
「姫さま、なんでそんな怖い顔してるんだ?」
「実は、わたくしは城で尚書の仕事をしております。ところが、尚書ではその書類を作成した覚えがございません」
「尚書以外の部署が作成したとか?」
「それが問題なのです。玉璽は尚書以外では使われておりませんから」
ニコルがそう説明した時、書類をもって代理人の使用人が走ってきた。彼女は書類を受け取ると、じっと観察した。
「カミーユ、申し訳ないんだけどわたくしの鞄を持ってきてもらえる?」
「かしこまりました」
カミーユはお辞儀をしてから走り出す。十分もしないうちに彼はニコルの鞄を持って戻ってきた。ニコルは鞄から本物の玉璽が押された書類を取り出し、二つを見比べる。
「間違いない。この書類は偽物です」
「ど、どういうことですか?」
「ここです。わずかですがここの図案が違います」
彼女は〝玉璽〟の一部分を指し示す。言われてみれば、わずかな意匠が違っていた。
「つまり、俺たちの給料は……」
「通常通り支払われることになります。……こちらの書類はどなたから?」
「ホイットマイア伯爵から届けられました」
「情報提供ありがとうございます」
「なあ姫さま、どうしてそんな顔をしているんだ?」
なおも厳しい顔をしているニコルに、作業員の一人が声をかける。彼女は「申し訳ございません」と微笑みを浮かべた後言った。
「玉璽が押された書類は、国王陛下の言葉ということになりますから。これはれっきとした王族騙りなんです。それに……」
彼女は一度言葉を止めて、深く深呼吸した。
「この国のために一生懸命働いている方々に、とんでもない仕打ちをしようとしたのです。許せるはずがありません」
しばらく静寂が場を包む。その後、拍手や喝さいがあたりに鳴り響いた。「俺たちも、姫様や王様のために頑張ります!!」と決意を新たにする作業員もいた。ニコルはその言葉を聞いて、「ありがとうございます」と深く頭を下げた。
今晩ニコルたちは代理人が使っている屋敷に滞在することになっている。鉱山から屋敷に向かう途中、カミーユはニコルに声をかけた。
「ニコル、立派だったわよ」
「えへへ、ありがとう。書類を持ってきてたのが功を奏したよ」
「本来はあんまり褒められた行為じゃないけどね」
カミーユは苦笑しながら続ける。彼に褒められて、ニコルはうれしそうにはにかんだ。やがて一行は、屋敷に到着した。
屋敷では周辺の特産物を使った食事がふるまわれた。美味しい食事に舌鼓を打った後、部屋に戻ったニコルは寝支度を整える。
(少しだけ外の様子を見てみようかな)
彼女はそう呟いて小さなテラスへと出る。マイン王室属領は鉱山の町なので、夜でも明かりがついていた。
「まだまだ知らないことがたくさん。もっと見聞を広めていかないと」
ぼんやりしながらそう呟いていると、ガサガサと何かが動く音が聞こえてきた。彼女は動物だろうかと思いながら何となくそちらを向く。そこにいたのは黒づくめの男だった。
「何者?」
「第二王女、ニコル・ラピスラズリ。一緒に来てもらおうか」
男はそう言って、ニコルの口にハンカチをかぶせた。
「え……?」
薬をかがされ、ニコルは意識を失ってその場に倒れた。
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